第7話① 勇者の史話
==杏耶莉=ノービス教会エルリーン支部==
社交界での襲撃から翌日、私は講義へと出席するためにそれが行われる教会へと来ていた。
「……おはよう」
「うん、おはよう」
前回同様並べられた机の最後列に座ると、サフスから挨拶されたのでそれを返す。
新たにこの世界で調達した筆記用具を準備していると、彼は私の顔をじっと見ていた。
「…………」
「どうしたの?」
「……なんか、前より疲れてそう」
「あはは……、ここ数日で色々あったからね」
思えばこの世界に来てから、初日に闘技大会の観戦をして、翌日にチェルティーナと出会った。その次の日にここでサフスと勉強をしたあとに犯罪少女を助けてしまった。
さらに翌日にチェルティーナから社交界に出るように言われて一日半かけて準備して、夜にはあの騒動である。そう考えるとまだ一週間も経過していないのだ。
(激務すぎる……)
流石に疲労がたまっているのでゆっくりしたいな、と考えていると今日の講義が始まった。
「「貴方にノービスの加護があらんことを」」「――あらんこを……」
いまだになれないその口上を皮切りに、本日の議題である勇者の史話についての内容が話される。
――かつてこの世界では神よりもたらされた神玉たるドロップの力が利用され、人々の暮らしが豊かになっていった。
だが、やがてその力を悪用する者が現れ始める。最初は小さな火種だったが、その火は世界を覆いつくした戦となる。
そういった世界の混乱による恐怖や憎しみといった負の感情はいつか形を成して魔王と呼ばれる存在となり、その強大すぎる力によってそれは人類滅亡の危機に瀕する。
その危機に立ち上がった一人の若者がいた。のちの世で初代勇者と呼ばれるアヴァリア・ブレイサードその人であった。アヴァリアは人の手には負えない事態に上位の存在、神に助けを求めた。
たった一人で世界樹の根本へとたどり着いた彼は、十日間の断食でひたすら祈りを続けた。そんな彼に一柱の女神が舞い降りる。彼女は自らのことをノービスと名乗る。そして祈り続けたアヴァリアに感銘した彼女は一振りの聖剣を手渡した。
それを受け取ったアヴァリアの髪はピンク色に変色し、ありとあらゆるドロップへの適性を得る。そして災厄たる魔王へと戦いを挑んだ。
幾日にも渡る戦いの末についにアヴァリアは魔王を打ち倒すも、彼の体は限界を迎えて息絶えようとしていた。彼の戦いを見届けていた人々に彼は魔王は完全に滅んでいないこと。そしてやがては復活を果たすことを告げた。
だが、それと同時に彼の意思は、次世代へと引き継がれるとも語る。それは、勇者が亡くなればこの世界の新たな生命に勇者の力が継承されることを意味していた。
こうして勇者の継承は伝説となり、二代目の勇者であるロアンド・ノーヴィスタンがアヴァリアの功績を後世に伝えるためにノービス教を起こす。
そして今、今代の勇者として二十八代目の勇者である聖王様がノービス教の協会本部から、世界の平和を見守っている――
女神やら聖剣やらと初耳の単語こそあれこの話自体は難しい内容ではなく、勇者が魔王を倒した。ただそれだけの話だったので、私にも理解できた。
ここまでの話を聞き終えて、現勇者の聖王様の姿絵を見せられる。その姿は優しく聡明そうな青年だった。
(チェルティーナの話通り、勇者ってそこに居るんだ)
なんとなく、昨日出会ったカティという男の子が本物の勇者なのでは?と思い込んでいたが、勘違いだったらしい。
……
翻訳機を外した影響で単語の意味が補完されなくなっていた。講義は終了したが、それを一つひとつ書き込んでいると遠くに居た筈のサフスが、気が付くと近くに座っていた。
「……あ……。 えっと……アヤ、隣座っていい?」
既に座っているのだが。肯定すべく頷くと彼は安堵する。
「……今日も、文字の勉強する?」
「うん、お願いできるかな?」
控えめにサフスは頷く。年下なのもあるが、素直でどことなく小動物っぽさがあって可愛らしさがあった。
(それに引き換え、あのカティくんは……)
昨日のことを思い出して少し腹が立つ。彼はサフスを見習うべきだと思う。
「……? アヤ、どうしたの?」
「爪の垢を煎じて飲むべきだと思わない?」
「え……垢……?」
日本のことわざが伝わらなかったらしく、猟奇的な人間を見る目になったサフスに説明をする。
「――って意味で、本当にするわけじゃないから安心して」
「……アヤの世界の人って変な例え方だね。 ……こっちで似た意味の言葉に、同じ苗木のドロップという言葉があるよ」
「苗木……?」
そういえばドロップそのものがどういうものか疑問に考えてこなかった。それについて聞いてみたいが、それは目の前のサフスではなく適任者が居候先に居たことを思い出して、そのうち聞いてみることにした。
……
昼の鐘が鳴る時間までサフスから文字を教わって過ごしていた。
「そろそろ解散しよう」と告げると、名残惜しそうにしながらも頷いてくれた。
「……アヤ、前より頭悪くなってる?」
「あはは……」
翻訳機による補完機能は想像より優秀だったらしく、前回よりも覚えの悪い私に彼は眉をひそめていた。
「そうそうサフスくん。 私が異世界人ってことは内緒にしてくれない?」
「……良いけど、何で?」
王子との謁見時にそうお願いされたことを伝えた。
「……わかった。 そんな話ができる知り合いいないけど……」
「……」
さりげないボッチアピールに返す言葉が見つからない。沈んでしまったサフスに思考の末に出てきた元気づける言葉を答えた。
「わ、私が今は友達でしょ? なんか、つらいことあったら言ってね」
「え……」
その言葉に驚いた様子ではあったが、出会って初めての嬉しそうな顔で大きく頷いた。
「……うん」
その様子が愛おしかったので身長差を利用して頭を撫で回すと、その手を叩かれた。
前章まで日単位で進んでいた時間進行が、今章から飛び飛びになります。




