第47話⑥ 歪みの除去方針
==楓=風天の節・十週目=マクリルロ宅・リビング==
暫く話し込んでいたマークと伊捺莉だったが、その会話も程なくして終了する。
「あ、終わり……終わりましたか?』
『えぇと、はい宿理さん。 そうですね。 貴重なお話が出来ました』
『そうですか、それは幸いです。 それで、どの様な話をしていたのでしょうか?』
私が伊捺莉にそう質問すると、一度マークの方を見て彼が頷く。それを確認してから答える。
『どうしても秘匿事項がありますので、全部はお話しできません。 言える事はこの世界に関する概要と、私が調査しに来た時間渡航に関する部分ですかね。 結論から言えば、マクリルロさんは時間渡航については知らないそうです』
『そうでしたか』
『ですが、一応の情報は貰ってます。 その辺りを調べる予定です』
『よし!』と気合を入れる伊捺莉。そんな様子はどことなく春宮の面影を思わせる。世界が違えど、やはり彼女達は姉妹なのだろう。
そんな様子を見ていたらしいマークは、話は終わったとばかりに研究室へと戻って行く。
『それで伊捺莉さん。 その調査とやら、私にも協力させてもらえませんか?』
『それは願ったり叶ったりではありますが、良いのですか?』
『お知り合いが困っているなら助けたいと思ってますので……』
『ありがとうございます!』
(……ガードが甘い、ですよね)
私が協力を提案したのは、単に私の中にある知的好奇心故である。時間渡航の技術、そんなものがあれば世界の常識を覆させられる。
それを扱う彼女の任務は、気密性の高い内容だと思う。だが、協力を容易に受け入れてしまう部分は未熟と言わざるを得ない。今回が初めての単独任務だと言うのだから、致し方ない部分なのだろうが……。
そして、そんな甘い部分を顔色変えずに利用できる私という人間が、やはり嫌いだった。だが、私という人間としての欲には抗えず、笑顔で接する。
『私も、こっちの世界に居る間は協力しますよ?』
そんなやり取りを聞いていたメグミも、そんな提案をする。
『あれ、この子……こっちの世界の子ですよね? 日本語を喋れるのですか?』
『はい、喋れます。 メグミと申します』
『私が教えたんです。 他にも、色々な学習を施しています』
『そう、ですか。 ではメグミちゃんにもお願いするね』
『は、はいっ!』
メグミ様子からして黒い思惑を孕む私と違い、純粋に手伝いをしたいという事なのだろう。迷惑を掛けられているマークに対してを除けば素直で良い子である。
『それで、調査とはどの様に進めるのでしょうか?』
『マクリルロさんの進言によれば、その可能性として一番高いのはこの世界の特別な力のドロップ。 ですが、時間を操れるドロップという物は確認されていないとの話です。 ですので、ユニークドロップだろうとの見解でした』
『ユニークドロップですか。 確かにその可能性は高いですね。 その能力を持つ方を探すのですか?』
私のそんな質問に、彼女は首を横に振る。
『いや、別に原因を調べるのが一番の目的ではないんです。 原因を探すのも大事ですが、それよりも歪みを修正するのが第一です』
『歪みの修正……それはつまり、時間渡航によって変わってしまった出来事を戻すという意味でしょうか?』
『それも違います。 人の生き死にに関わっていたら戻しようがありませんし、それ自体はそのままです。 ですが、歪みそのものがこの世界と……向こうの世界にも発生している可能性があります。 それをこの端末でデリートしていくのが任務です』
『成程……』
分かったような分からないような説明を受ける。彼女が指し示す、その端末でそれを消せるらしい。
『あの、その原因の人って探さなくて大丈夫なのですか?』
『探したい、というのが本音だよメグミちゃん。 だけど、マクリルロさんの見解では多分その人、もう居ない可能性が高いんだよね』
『居ないんですか?』
メグミの質問に答える伊捺莉の会話を聞いていた私は横から答える。
『……ユニークドロップは託宣のドロップを使う。 それはつまり、その現象を起こすのに生命エネルギーを消耗している。 そして大規模な時間渡航によって、その人は絶命している……という可能性が高いのでしょう。 合っていますか?』
『その通りです宿理さん。 今後、この世界で同じ適性を持つ方が現れる可能性はありますが、大した影響はないだろうというのがマクリルロさんの見解でした』
「……」
マークの説明を受けた伊捺莉は納得している。だが、どこか言語化出来ない違和感を感じる。しかし、その説明に私も納得していない事もないので、その考えは隅に置いた。
『理解はしました。 それでは、歪みを修正しにこれから回るのですね』
『そうですね。 反応はこの世界と向こうの世界……そしてもう一つ、フェアルプという世界からも僅かに感じます。 そっちにはリスピラさんという方に協力をお願いしようと思ってます』
『そっちもですか……』
異世界転移の制約に、伊捺莉は引っかからない。彼女だけなら向こうの世界にも行けるのだろう。
『それと、向こうの世界の歪みは一応適宜デリートしています。 残っている反応の多くはこの世界だけですね。 それも、この町からそう遠くにはないみたいです。 これならそこまでの日数は必要ありませんね』
『成程……』
それでも今日明日で終わる量でもないので、今週はこっちの世界に残ってメグミと回る事にしたらしい。その間にリスピラと連絡を取ってフェアルプのも済ませておくと言う。そうして片づけた後に日本へと戻って仕上げという日程を立てた。
(それまでに、私が感じている違和感を明確にしておきましょう)
別に私は畜生ではないので、食い違っていそうな姉妹の仲を取り持ちたいとは思っている。その為には先ず、六笠と話をしなければならないだろう。
(……頑張りましょう)
出かける準備をするメグミを見ながら、不器用な彼女等の尻拭いをさせられそうな私は心の中で自分を励ました。




