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第47話⑤ 管理官の邂逅・落ち込むアヤリ


==(かえで)=風天の節・十週目=マクリルロ宅・メグミの部屋==


「――とすれば、この曲率半径が求められます。 これで曲率も同時に求められる、という訳です。 っと、ついて来れていますか?」

「……概要をおおよそは理解できました。 ですが、これを求めてどうするんですか? あまり役立たない気がします」

「そうですね……。 まず、数字の基礎はあらゆるものを数字に置き換えるというのが根底にあります。 例えばですが、地図にしても、曲がった道を比較する際に値が分かれば――」

「わたしが来たぜー!」

「キ、キタゼー!」


 私がメグミに勉強を教えていると、玄関の方からそんな大声が聞こえる。


「……今日はこの辺りにしましょうか。 六笠(むかさ)さん達がいらしたみたいですので」

「はい。 私はお茶を用意して、マークを呼びに行きます。 出迎えはカエデにお願いします」

「承知しました」


 ノートを閉じて準備を始める。私はメグミに言われた通り、玄関前で騒いでいる二人を招き入れる。


伊捺莉(いおり)さん、ここを回ってどうでしたか?」

「マァマァダッタゼ」

「……あの、六笠(むかさ)さん。 これは?」


 先程別れた際はここの世界の言葉を話せなかった伊捺莉(いおり)が話せる様にはなっている。だが、なにやら口調が可笑しく片言だった。


「なはは! 面白いだろ? こいつなんとか喋れる様にはなったけど、インチキ外国人みてーなの」

「……ドウカシタノゼ?」

「ぶっ……。 駄目だっ、腹痛いっ……。 はははは!」

六笠(むかさ)さん……」

『……この人、人が喋る度に大笑いして……ゆっくり喋ってくれないと聞き取れないので何が面白いのか分からず……宿理(しゅくり)さん、説明を求めます』

「……」


 玄関先で長話もなんなので、一旦入る様に促した。


 ……


「……それで、ボクに合わせたいというのがキミかな?」

「はい。 伊捺莉(いおり)さんです」

「ヨロシクダゼ」

「……聞き取りづらい発音に、喋り方も変だね」

「ソレデ、ワタシハジカンヲトリアツカウゼ」

「……?」

『……宿理(しゅくり)さん、通訳をお願いします』


 本格的にこっちの世界の言葉を使うのを諦めた伊捺莉(いおり)に、そうお願いされる。


「えぇ、構いません」

『私は時空の管理を行っている機関に属しています。 是非、其方の話を聞かせてください、と伝えてください』


 私は、同様の内容をこの世界の言葉に直して伝える。


「時空の管理……第五世界の事かな?」

『……宿理(しゅくり)さん、何と言っていますか?』

『第五世界がどうとかと聞き返しています』

『第五世界……。 そういえば、以前どの世界にも数字を当てはめようとすると聞いた事がありますね。 そうです、と伝えてください』


 同じく通訳すると、マークは考える素振りを見せる。


「ふむ、あの連中か……。 それがどうかしたのかい?」

『……異世界転移に関して、知識不足がありそうなので、情報を共有したい、と伝えてください』


 今度は自分で聞き取ったらしいが、やはり喋る方は難しそうなので、また頼まれる。それを通訳すると、マークが奇妙な言葉を発する。


「■■■■■■■■■■■■■■■?」

「ん……。 ■■、■■■■■■■■■■■■■」


 私の知らない言語で話を始める。どうやら、マークと伊捺莉(いおり)とで、共通の言語があったらしい。


「■■■■■■。 ■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■?」

「■■。 ■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――」


 それから、二人はその言葉で会話を進める。


「……何か、知らねー言葉で話を始めちまって退屈だな」

「何の話をしているのでしょう?」


 私がそんな疑問を呟くと、ちらっと横目でマークが一瞬私を見る。彼にはこの言葉が通じているのだが、直ぐに伊捺莉(いおり)へと視線を戻してしまった。


「さーな。 なんかつまらんし、わたしはランケットに顔出してくるわ」

「え……あ、はい。 承知しました」


 何とも勝手な六笠(むかさ)だったが、引き留める理由もなかったのでそう送り出す。


「■■■、■■■■■■■■■■■■。 ■■■■■■■■■?」

「■■■■■■■■■」


 理解できない内容の会話を続ける二人から視線を外し、メグミと世間話をする事にした。




==カーティス=風天の節・十週目=カーティス宅・玄関==


 依頼である浮気の素行調査を終えて帰宅すると、僅かな違和感に気が付く。


(――ん、人の気配……。 アヤリか?)


 だが、外から見て部屋の明かりは付いていなかった。この家は立地の都合上、昼でも日が差し込まないので部屋は薄暗い。


(アヤリなら明かりを付ける筈……)


 俺はポーチからドロップを一つ取り出して、部屋の明かりへと手を掛ける。まだ普及しきっていない珍しいドロップによる照明のスイッチが玄関の方にあるのである。

 俺は、動く気配のないそれに注意しつつ、その明かりを付けた。明るくなった部屋には、蹲っている少女が一人が照らされた。


「……なんだ、アヤリか。 一体どうしたんだ……?」

「カ、カティ……」


 弱々しい声で僅かに顔を上げた彼女の目元は、僅かに赤くなっていた。


「どうした、アヤリ! 誰に何をされたんだ!」


 暗いこの部屋で一人泣いていた彼女に駆け寄り、肩に触れる。細く頼りない彼女の体は僅かに震えていた。


「違う、違うのカティ。 私が悪いだけだから……。 だから大丈夫」

「そうは見えないぞ。 何があったんだ?」

「うん、ちゃんと説明する。 実はね――」


 アヤリから、ここ何日かの話をされる。平行世界だの、死んだはずの妹だのと、にわかには信じられない話だが、アヤリが嘘を言う理由もない。事実なのだろう。


「そう、か……」

「だから多分、私が悪いだけなの」

「……別に、アヤリは悪くない。 どんなに強くても、常に誰だろうと救えるって訳じゃない。 全員を助けることは出来ない」

「……」

「それに、その時にその妹を助けてたら、アヤリは生きてないんだろ? 俺からすれば、アヤリがそこで死んでる方が嫌だ」

「……うん、ありがとう」

「どういたしまして。 それより、俺に何かやれる事はあるか?」

「……」


 短い沈黙の後、ちょっとだけ恥ずかしそうにアヤリは呟いた。


「じゃあ、ちょっとだけ甘えさせて。 何もしなくていいから、一緒に居て。 今は、カティと一緒に居たい」

「――っ! あ、あぁ……もちろんだ」


 思わず抱きしめそうになるも、それを思い止まる。俺の感情に関わらず、アヤリからすれば俺は大勢の友人の一人に過ぎない。下手に踏み込んでこの関係を壊すより、このまま一緒に過ごせる事が何よりも幸せだった。


「ありがとう、カティ」

「あぁ……」


 俺は彼女の隣に座る。そのまま暫く肩を寄せ合い、何もない二人だけの時間を過ごした。


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