第47話① 不審な少女の二度目の接触
==楓=風天の節・九週目=天桜市・通学路==
高校の三学期も半分を過ぎた頃、いつも通りに朝早くに学校へと向かう道すがらに声を掛けられる。
「……あの」
「――?!」
自惚れではなく客観的に見て、私は自らの容姿が優れている自覚があった。だからこそ人気のない場所を歩く際は警戒を強めていたりもする。だからこそ、不意な声に対しては『ビクッ』っと反応してしまうのだった。
だが声からして同性である事は分かったので、失礼にならない様に立ち止まって振り返る。
「……少々お時間良いですかね?」
「待ち伏せ、ですか」
その声の主は、二週間前に出会った謎の少女だった。
「登校中ですので、手短であれば構いません」
「……それで大丈夫です。 では――」
「その前に、私からも質問をしても宜しいでしょうか?」
「――え……」
先日、言いたい事だけ言って立ち去った彼女とのやり取りを落ち着いてから振り返ると、幾つもの疑問が噴き出して止まない。
私の気になる事は解消したいという悪癖もそうだが、そうでなくても聞いておくべき事柄はあった。
「私に、ですか……」
「寧ろ、一方的に質問はフェアではありません。 そう思いませんか?」
「……答えられる内容かどうか確認しなければいけないですね……」
想定外だと言わんばかりに『うーん』と唸る。一見しっかりした人物だと想像していたが、案外抜けている人物なのかもしれない。
考える仕草を解くと、この少女は私に尋ねる。
「……では質問を一つだけ先んじてさせてもらえますか?」
「承知しました。 どうぞ」
「貴方はこの世界とは別の、異世界への転移経験がある前提として……同じく転移している人物の知り合いは居ますか?」
何やら確証がありそうな素振りでそんな質問をされる。同じく転移している相手と言えば、春宮と六笠が該当するが、それを素直に話してしまって構わないかどうかを判断しなければならない。学友を売る訳にはいかないだろう。
「……それを回答するには、貴方も異世界転移に関する知識を有している。 もしくは異世界から来た人物という認識であるかどうかを聞かなければ答えられません」
「あ、はい。 そうなります、異世界から来たで合ってます。 ……あれ、これって言って良いやつだったよね?」
「……」
すっとぼけた態度の彼女に、私の中で警戒を一段階解く。これが演技なら大したものだが、そこまで計算して会話している様子はなさそうだった。
「……居る、とだけ回答しておきます」
「そうですか。 それなら全員を連れて来てもらえないですか? それと、落ち着いて話せる場所を教えてください」
「……」
「その際に、貴方の質問にも答えますし、聞きたいことを聞こうと思います。 それで大丈夫ですか?」
春宮達本人に相談した上で、許容するなら問題なさそうなお願いに内心胸を撫で下ろす。この少女が不審人物である事には変わりないが、知らない場所で動かれるよりは、彼女の行動を把握すべきだろう。
「その知り合いに、会っても構わないという答えを聞いてからであれば構いません」
「本当ですか? ……助かります」
「では、場所は駅前のカラオケボックス前に学校終わりの十八時半頃にお願いします」
「あそこですね、それでお願いします。 ……あ、でもお金がないですね……」
「……はぁ、そのぐらいであれば立て替えます」
「ありがとうございます……」
警戒こそ解かないまでも、やはり気を張って相手しなければならない程ではなさそうだなと感じた。
……
お二方より「構わない」という快い返事を受け取り、学校終わりの放課後に待ち合わせ場所へと向かっていた。
「(ねぇ、ちょっと良い?)」
人通りの多い駅前の街路を歩く途中で、春宮から小声で話し掛けられる。
「……? (はい)」
「(瑞紀の事なんだけど……)」
他人の後ろを歩くのを嫌う六笠が前を歩いて行くのを良い事に、彼女の話題を振られる。
「(最近元気なさそうに見えるんだけど、何か知らない?)」
「(……いえ、存じ上げません。 そも、私から見て元気がない様には見えませんが……。 普段からあの様な調子ではありませんか?)」
「(……私の勘違いなら良いんだけど、ね)」
「……」
付き合いの長いという彼女だからこそ気付ける、些細な違和感なのかもしれない。
「おい、逸れんなよ!」
「……あ、ごめん」
「今、行きます」
遠くから私達を呼ぶ六笠の声に答えつつ、あの少女が待っているであろう場所へと近づく。
「……にしても、異世界転移を知ってる奴か。 宿理、本当にあぶねぇ奴じゃねーんだよな?」
「はい。 あくまで私が感じたものと前置きさせてもらいますが、探っている事こそあれ、敵意はないと思いますよ?」
「ほーん……。 ま、あって見りゃ分かるか」
「……ですね」
そんな話をしながら、待ち合わせ場所へと到着する。
「あ、見えました。 あの方です」
「えぇと、どれだ……?」
「黄色い蛍光色の上着に、同じく黄色と緑のボーダを中に着ているあの方です」
「あー、あれか……。 てっきり異世界の奴ってんで、もっと宇宙人みてーな恰好なのかと思ったぞ」
「下手に目立つ格好はしないのではないでしょうか……?」
「……」
人の往来が多い道だけあって、他人と衝突しない様に気を付けつつ少女が待つ場所へと足を進める。
それなりに近づいた時点であの少女も私達に気が付いたらしく、体の向きを此方へと向ける。
「待ってました、その方達が残りの人で――っ!?」
この少女は、言葉を言い終える前に私の隣へと視線を留める。
「――え……嘘……なん、で――??!」
そして視線を向けられた彼女、春宮も驚きの声を上げた。
同じくして、六笠も「嘘だろ……?!」と困惑している。
「何で……。 何で生きているの?!! 伊捺莉!!!」
「……」
伊捺莉と呼ばれた異世界の少女は、無言で春宮を見つめていた。




