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第46話⑤ 国境近辺の盗賊退治


==瑞紀(みずき)=風天の節・七週目=フォグレンの森近辺・馬車内==


 列車を経由した後に、馬車に揺られながら、わたしは同行している二名へと声を掛けた。


「改めて確認するが……今回の盗賊野郎共は殺さないって認識で間違いないか?」

「そうなるね。 てっきりあのアヤちゃんと同郷だというのもあって、その辺の抵抗はないと思ってたのに意外だ。 特に言動は彼女よりも乱暴だしね……」

「……ほっとけ」


(……寧ろ、日本で育ったアイツに躊躇がないのが可笑しいんだよ)


 そうわたしに言ったのはジャッベルという騎士団の奴だ。所属も言っていたが……忘れた。

 町中であれば捕縛権利を有しているランケットだが、郊外であれば話は変わる。だからこそ、今回の盗賊退治に際してその権限を有する騎士に同行してもらっているという訳である。

 盗賊を現行犯として捕まえて護送する事こそあるものの、予め盗賊退治に向かうとなれば騎士と一緒にというのが道理らしい。


 杏耶莉(あやり)と接点のある騎士なので、何かに付けてわたしとアイツを比較する。一緒に行動したのはまだ半日程度だが、もう四回はそれをされていた。


「具体的な人数こそわからないが少数でない事だけは分かる。 それを可能な限り殺さないってのは、相手の実力に関係なく厳しいだろ?」


 続けて口を開いたのはモーブンという男だった。闘技大会に参加すべくエルリーンに訪れた彼だが、殊の外居心地が良いという理由で滞在しているらしい。その間に日雇いという形でランケットの手伝いをして生活費を稼いでいるという。


「……わたしは人殺しなんて御免だ。 最初からそうして動くなら降りる」

「唯でさえ人数が少ないのにそんな風に言うなよ」

「オレの立場としても方針は変えられないね。 今回の盗賊らしき相手は生け捕りしたいという主旨は話しただろう?」

「……怪我でもしそうになったら躊躇はしないからな?」

「そうなった場合は仕方ないが……基本は頑張ってくれ」

「わかったよ……」

「……」


 ジャッベルの言葉にモーブンは渋々納得する。この遠征にて盗賊として捉えたい奴らには特殊な事情があった。

 恐らく、あの攻めて来た隣国ギルノーディアの兵士。その残党が行き先を失って野盗化したというのが状況証拠による見解だったからである。


「……そろそろ予定の地点です。 皆様準備をお願いします」

「あぁ」「承知した」「ん……」


 御者をしているオウストラ商会の男性が、緊張した様子で馬車内へと呼び掛ける。

 今回の作戦は、ランケットに出資しているオウストラ商会の協力にて行商を装った形で盗賊を誘き出す。それを逆に強襲するという、何とも力押しの方法だった。わたしに求められている役割は、初動の敵を極力無力化させるのと、逃げ出した相手の動きを止める事だった。どちらも正確な弓裁きと速射が求められる。


「止まれ! 苦しんで死にたくなかったら大人しくしやがれ!」


 馬車が襲われていた場所へと入ってそう経たずに、そう怒鳴り声を掛けられて行商馬車を止める。人を運ぶ護送馬車であれば速度を出して追っ手を振り切る事も可能かもしれないが、多くの商品を運んでいる行商馬車にはそこまで速度を出せない場合も多い。

 だが、実際にこの馬車に積まれているのは商品ではなくそれを装うための土嚢だった。不要になった土嚢はその辺に中身を捨ててしまって、帰りは捕らえた盗賊を運ぶ護送馬車になる予定である。


「(オレとモーブンで馬車に近寄る相手を倒すから、ミズちゃんは合図の後に取り囲んでいる盗賊を馬車の中から射撃を頼んだ)」

「(わかってる)」


 馬車の出入りをする背面に向かう二人。対するわたしはディートしてから、外から見えない様に気を付けつつ窓枠に弓を構えて待機した。


「抵抗しようなんて考えんなよ? そうすりゃあ苦しませずに殺してやる。 女は別だがな」

「お、お慈悲を……」


 外から唯一見える御者の迫真の演技で警戒心を緩めた盗賊達。それを好機と踏んだジャッベルが合図をした。


「今だ!」

「なっ――」


 彼の合図に会わせ、男性陣二人が外へと出る。ジャッベルは腰に差していた剣を抜き、モーブンは丸めていた鞭を解いた。


「くっ、罠か! お前等、殺っちまえ!」


 馬車を取り囲んでいた数名が、一気に距離を詰めて襲い掛かる。わたしはそんな盗賊の足を狙って矢を放つ。


「ぐっ!」

「ぬぉっ……」


 別の方角に散開した男性陣二人を見つつ、わたしは馬車内で反対方向の窓に移動して追加で弓を引いた。


「のわっ……」

「アーッ!」


 全部の矢を腿や脛、膝などの足に命中させる。戦いにおいて、片足の自由に動かせなくなった奴の戦力など大した事はない。

 その間に他二人も役割を果たしたらしく、怪我の程度こそあれ無力化させていた。

 わたしは馬車の外に出て、背を向けて逃げる奴の足を狙う。


「ひぇっ!」


 逃げながらも情けなく地に臥したのを最後に、盗賊の全員がまともに立っていない状態へとなった。


「後は作業かな」

「……だな。 正直お前を侮ってた」

「そりゃどーも……」


 モーブンにそう言われ、わたしは頭の後ろを掻く。


 他二人が倒した奴は兎も角、わたしが無力化させた相手は走り回ったりこそできないものの、倒したとは言えない状態である。特に、矢を自力で引き抜いて抵抗しようとしている奴はまだ居る。

 とはいえ、闘技大会の本戦に出場できる奴と、騎士団の中でも優秀とされる奴が手負いの盗賊に油断する事も手こずる事もなく、腕を折ったりして任務は完了した。


 ……


 抵抗する意思のありそうな奴は気絶させて、それ以外の奴は大人しく馬車へと乗せられる。


「くっ……頼む! 見逃してくれ!」


 そんな折、盗賊の内の一人がそう懇願する。それにジャッベルが答える。


「……悪いが、その判断を下せる人間はこの場に来ていないんだ。 お前らは先日の戦争に際し、他国から来た奴等であると断定しているからね。 事実関係の確認と情報収集を経て、国家間のやり取りにて返還されるか処刑だよ」

「あの国が、皇帝がおれ等を助ける為に金を積む筈がねぇ!」

「それなら、何故戦いの後に国に帰らなかった? 国境の平原は抑えていたが、山越えは出来ただろ?」

「あの山を越えるには、準備が必要だろ。 その為に、金が必要だったんだよ……」


 レスプディアとギルノーディアとの国境には絶壁の山が聳え立っている。


「頼む! おれには女房とガキが居るんだよ! 俺が帰らなきゃ、死んじまう――」

「お前は帰るために盗賊なんてしてた、って言ってんのか?」


 わたしはそんな言葉を聞いて、話に割り込む。


「う、嘘じゃねぇよ……」

「別にそこを疑ってるんじゃねぇよ。 別に帰るだけなら、他に方法があっただろ?」

「ねぇよ! あの山を登るのに準備なしは死ねって言ってる様なもんだ!」

「いや、真っ当に働くとか……。 時間は掛かるが、無理とは言わせねぇぞ?」

「んな事してたらガキが死んじまう! 病気で金が要るんだ――」


 その瞬間、わたしはこの男の襟首を掴む。


「わたしがそのガキなら、親父が人殺しをして……犯罪をして帰って来たって嬉しくねぇ! そんなら親父も自分も死んだ方がマシだ!」

「なっ……」

「わたしは何も知らない。 お前の国がどうとか、病気の薬の額とかってのはな。 だが、誰かを傷つける様な親は要らねぇ! んな事ぐれーは人として分かってんだよ!」

「……」

「ここの盗賊は、基本的に捕らえた奴を殺してたそうだな。 何とか逃げた奴が数名以外は全員死んでるよな? 他人を殺しといて、自分は助けてくれとか――ふざけんじゃねぇよ!」


 そう言って、動けないこの男の顔面をぶん殴る。硬く握った拳には反動で痛みが走る。


「……ミズちゃん、もう良いか?」

「……あぁ」


 ジャッベルにそう声を掛けられて、出発準備へと戻った。


 ……


 盗賊連中と同じ空間に居たくなかったのもあり、御者台へと座る。


「では出発しますね」

「……」


 オウストラ商会の御者が手綱を引いて馬車が動き始める。


(そうだ。 どうしようもない親なんて要らないんだよ……)


 自らの中にある、言語化出来ていなかった感情を改めて認識しつつ、行きよりも速度の早い馬車の風を受けていた。


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