第46話④ 不審な少女の接触
==瑞紀=風天の節・七週目=ガルロ宅・客間==
「っう――。 あ、頭が……」
目が覚めると激しい頭痛と共に、見知らぬ天井が視界に入った。
意識がはっきりとするにつれ、微かな記憶が呼び起こされる。
(そうか、昨日は迷惑を掛けちまったな……)
これまで自制出来ていた飲酒を暴走させた結果、周囲に世話をさせてしまった。否、現在進行だろう。
「あ、起きましたか」
「……あー、昨日は悪かったな。 その……吐いたり、とか」
「構いませんよ、慣れてますから」
「……」
部屋へと現れたガルロの妹、ガーラ。そんな彼女に水差しから水をコップに入れて渡される。
「っぷはぁ……。 怠いな……」
「それはそうでしょう。 それだけの量を飲んでいらっしゃったそうですからね」
「今の時間は……」
「お昼前ですね。 遅めの朝食、少し早めの昼食兼用の物を準備しますね」
「……何から何まで悪いな」
「兄からミズキさんの話は聞いています。 ランケットでも活躍しているそうですね。 この程度の事であれば構いませんよ」
ガーラはそう言って、ベーコンエッグを手早く用意してくれた。塩気があって旨かった。
……
ガーラへと感謝をしたのち、ガルロの家を後にした。そしてわたしは昨日、同じく迷惑を掛けたウィズターニルへと向かった。
「――で、昨日は悪かったなロンギィス。 ほい、昨日のツケだ」
「あぁ。 日頃からあの調子なら外に放り出す所だが、何やら様子がおかしかったからな。 一日ぐらいどうって事ない」
「……わりぃな」
「何故かは知らんが、グリッドもお前さんを気に掛けてるからな。 事情は知らんが、多少の事なら目を瞑るぞ」
そう気前よく話すのは、ここウィズターニルのオーナーであるロンギィス。ランケットのメンバーではないが、深い関わりを持つ男だった。この酒場にも他の客も入ることはあるのだが、客の殆どはランケットなので関係者の括りに含めて問題ないだろう。実際、メンバーのほぼ全員が知らないグリッドの素性を知る数少ない人物でもあるのだ。
その割には、わたしを含めた異世界関連の事情までは知らされていないらしいが……。
「それより体調は万全か?」
「……万全とは言えないが、動けない程じゃないぞ?」
「グリッドから指示書を預かってる」
「あぁ、くれ」
多忙な第二王子様から、どんな無理難題を押し付けられるのかと渡された書簡を開く。
その中にはフォグレンの森近辺で馬車を襲う盗賊被害が急速に増えたという内容と、それの捕縛を他の人間と共に頼みたいという内容が記載されていた。
ランケットはあくまで自警団。町の治安維持に注力を割いているので、自由に動ける人間は案外少ない。非常勤という扱いで週に二日しか現れないわたしはこうして、偶にこの手の雑務を頼まれることがあった。
「……馬車とかで移動する奴もまだ居るんだな」
「列車の移動速度は魅力的だが、その反面動かす為のドロップ費用は馬鹿にならん。 それ故に乗車費用は高額にせざるを得ない。 それに、主要な町にしかまだ線路も通ってないからな。 移動手段としては現役だぞ」
『……電車に対する、車みてーなもんか』
「ん……?」
「……なんでもない。 それより、待ち合わせ場所が記載されてないんだが……?」
「それに関しては言伝されている。 ここに集合を掛けているそうだ」
「そか。 じゃあゆっくり待たせてもらうぞ。 勿論、アルコールは抜きで、な」
「そうするといい」
ロンギィスにそう言われ、果実水を注文すると適当な空いている椅子に座った。
==楓=風天の節・七週目=天桜市・倒れていた場所==
三連休の二日目の昼頃、私は他の二人に先んじて元の世界に戻っていた。
元々今週私は向こうの世界に向かう予定はなかったのだが、春宮の話を聞く為に一旦転移していた。
三連休を向こうで過ごすという彼女らとは異なって、私はステアクリスタルにて一日早く戻ってきていた。
(それで、ここに来たのですが……)
私は定期的に、向こうの世界に転移する直前に倒れていた路地に来ていた。私の知る記憶で、最も古い記憶の場所である。
私の休日の行動は最終的に、自らの記憶を思い出す事に帰結する。向こうの世界に行っているのも、メグミの件を除けば刺激を期待してだった。
(……やはり、何もありませんよね)
これといった手がかりを得られぬまま、時間ばかりが過ぎていく。もういっそ、思い出さない方が良いのかもしれない。そう考えていると、背後から声を掛けられる。
「すみません」
「えっ、私でしょうか?」
振り返ると、少々小柄な少女が立っていた。年齢は私達と同じか、少し下という所だろうか……。
「はい。 貴方を見て聞きたいことが――」
「私を知っているのですか!?」
前のめりになって、そう聞き返す。
「え? い、いや、知らないですが……」
「そう、ですか……」
早とちりをしてしまい、顔に火が付く。
「それで、私の話に戻って良いですかね?」
「はい」
「……貴方から歪みの反応を検知しました」
「歪み……ですか?」
彼女は頷くと、何やら見慣れない機械を操作して私に向ける。
「……歪みとは、本来あるべき流れの改変による余波。 貴方と……そこにある裂け目の痕跡から聴取を願います」
「裂け目ですか!?」
その単語を向こうから伝えられる。つまり、彼女も異世界について知る人間だという事に他ならない。
「……この世界に異世界との交流の記録はない。 その反応は、異世界を知るという自白と取って構いませんか?」
「……」
正直に話すべきか否か、それがわからない。彼女が危険人物でなければ話すのは問題ないのだが、先の話にあったジャムーダ等の存在であるなら黙秘すべきだろう。
「……話すつもりはない、と」
「突然話し掛けて、尋問とは失礼ではないでしょうか?」
「それもそうですね……。 では一言だけ回答願います」
「……」
手元の機械をもう一度操作した後、彼女はその質問とやらをする。
「時間渡航や時間の巻き戻し。 それらを実行したのは貴方ですか?」
「……時間、ですか?」
「ふむ、もう結構です。 手間を取らせました。 協力感謝します」
そのやり取りで満足したのか、その少女は会話を断ち切って歩いて行ってしまう。
「……何だったのでしょうか?」
不審な少女の背が見えなくなるまで目で追い続けた。




