第46話② 私の話とドロップの本質
==???=風天の節・七週目=天桜市・市営図書館==
ここ数日、この世界に関して探った上で確信を得た事がある。
「(報告。 歪みの確認された世界は類似点が多く、パラレルワールドと見て間違いありません)」
声を潜めながら、端末にそう報告する。地名や過去の出来事といった細かい部分こそ差異があるものの、断言出来る程に似ていた。
(この世界については概ね理解した。 けれど、それなら猶更この歪みの元凶は……?)
知った事で、寧ろその疑問が大きくなる。私が知る限り、歪みとなり得る存在に覚えがなかった。
「(ですが、公的に歪みの元となる技術が利用されている訳ではない様です。 地道に足で、歪みの調査をする必要があります)」
端的に記録を切り上げると、私は借りていた歴史書や新聞を持ち上げた。
(もしも、この世界が私の知る世界と近いなら……)
一瞬最も危険な思考に染まり掛けるも、そんな感情を振り払った。
==杏耶莉=風天の節・七週目=カーティス宅・リビング==
「――以上が、私と、その家族に起きた出来事です。 あんまり楽しい話題じゃないけど、聞いてくれてありがとう」
そう言いながら、この場に来てもらったカティ、宿理、エスタル、そして事前に知っていた瑞紀の顔を見渡す。私は過去の家族に起きた出来事と、ジャムーダと影霧に関して知る情報を全て皆に話を行った。
リスピラとチェルティーナにも聞いてもらいたかったが、チェルティーナは戦後処理の最中に先日の一件の後始末も加わっててんやわんやだったので後日と約束を設けた。リスピラも彼女の世界に戻って何やら忙しそうにしていたので今回は来ていない。
「……予想こそしていましたが、想像以上でしたね」
「アヤリ、何かあったのか? 。 話をしてくれたのは純粋に嬉しいが、心境の変化が気になる」
「……それは行った通り、接触者から……影霧の支配から抜け出したから、その……記念?」
「……」
追加情報こそあれ、ある程度知っていた瑞紀は黙って話を聞いていた。
「瑞紀からは何かない?」
「……別に。 わたしはお前が話したいと思ったならそれで構わない。 んでもって、お前の変化に関しても大体把握はした。 最後にジャムーダを倒す時にハブられたのはムカついてるが、それ以外に言いたいことはない」
「ご、ごめん……」
「カティは、杏耶莉を守ってくれてありがとうな」
「あぁ……」
何やら様子のおかしい瑞紀だが、触れられたくない様子だった。それに気が付いたらしい宿理は、話題を転換させた。
「……ですが、これで騒動の元凶であった方が亡くなられたのです。 喜ぶべきだと私は思いますね」
「だろうな」
「エスタルから何かある?」
「わたしですか……? ……そうですね。 アヤリ様の過去について思う所はありますが、アヤリ様に助けられた恩を返すのは代わりありません」
「そっか……」
そうして微妙な空気にはなりつつも、目的である私の話は終えられたので解散と相成った。
……
私は約束していたマークの元へとエスタルと共に向かっていた。
風天の節と冠されるだけあって、今のレスプディアでは強い風が吹いている。外を歩けない程ではないものの、風で髪や服が同じ向きになびいている。
(……あの時は、こうした季節の違いも気にする余裕がなかったからなー)
風の強さを一目で判断出来る様に、町のあちこちで風に揺られる吹き流しみたいなものがあちらこちらに設置されている。あれを見れば、家の中からでも一目で風の強さが判別出来るらしい。
それ以外にも風よけの木の板を設置して凌ぐ露店の店だったり、女性も長い髪を流さずに結んで大人しくさせている。私もポニーテールではなく結んでしまったほうが楽だろうか。
そんな事を考えていると、無事にマークの家へと到着する。因みに先の話に彼も誘ったのだが、断られている。
「マーク?」
「……やぁ、待っていたよ! それじゃあ、是非キミが使ったという特別なデュアルディートについて教えてもらうよ!」
「う、うん……」
ジャムーダを倒したあの時の姿。それについて話をする約束をしていたのだった。
せっせとメグミが淹れたお茶を一口飲んで、私は覚えている内容を話す。
「――そうしてあの瞬間、私は剣と託宣のドロップを組み合わせるっていう方法を思い付いたんだ」
「それは突発的にかい? いや、この際理由はどうでもいいね。 それより実物を見せてほしいんだけど……」
「ちょっとそれはー……」
「だろうねぇ。 その反動でキミは何日も目を覚まさなかったからね。 是非とも見て見たかったんだけど、難しいかな」
「うん……」
名残惜しそうにそう言われるも、無理なものは無理である。誰かの命が関わっているなら使うのもやぶさかではないが、マークの研究の為に一週間近く動けなくなるのは了承しかねる。
「……実証できない場合でも、卓上で空論を立てることは可能だよね。 ……託宣のドロップは、その人物に最も適している能力を引き出す。 それは周知の事実だ。 そしてキミが単体でそれを使った場合、切れ味の鋭い剣が現れた。 ここまではいいかい?」
状況の整理を始めたマークのそんな言葉に、私は頷く。
「そしてキミが剣をディートした際も、同じ剣が生成される。 それらの作用はキミが生成するのが特殊な剣である事を除けば至って普通の振る舞いに違いない。 けれど……」
「今回の場合、全身に変化が及んだ」
「そうだね。 身体能力や容姿に影響するドロップも存在するから、それそのものも何ら特殊ではないよ。 けれど、それが本来剣を生成するのみである筈のドロップで、剣の生成と同時に行われたという事実は無視できない。 その生成された武器も……何て言ったかな?」
「刀の事?」
あの時出現した武器は、間違いなくこの世界の剣ではなく刀だった。
「そう、そのカタナだよ。 それはキミの世界で過去扱われていた武器なんだろう?」
「うん……。 私にも馴染みがない物だったけど、瑞紀から聞いた話によれば、斬るのに特化した片刃の剣だって……」
「斬るのに特化した、ねぇ……。 本当にキミはその武器に馴染みがないのかい?」
「だからないって……。 平和な時代に生まれて、実物を見た事もないよ」
「ふむ……」
考える素振りをした後、マークはこんな事を言い始める。
「ボクはね。 ドロップは何を以ってその力を発揮しているのか、について考えていた。 元となるエネルギーはドロップそのものに宿っているよね。 託宣のドロップに限って、使用者の生命力を使っているけれど……」
「……」
「けれど、何を基準に剣や槍といった武具を指定しているのかな? 他にも水と氷はの違いは温度だけで、原子的には同じ物質なのに別のドロップとして扱われている。 その基準は誰が決めているのかな?」
「……確かに」
マークは手を広げると、その答えを彼は提示した。
「その違いの基準は、人間の中にしか存在しない。 ドロップは、使用者の念。 つまり感情や想像力といった情報を基準として事を成している。 そんな仮説をキミが確定させたかもしれないんだ!」
「……へ?」
「ドロップ毎に能力が設定されているのは、何らかの制御が働いている。 けれど、その範疇であればその力を使用者の思考に委ねている。 キミの姿に影響を及ぼしたのは、その武器を振るうのに適した姿であるとキミが考えたからじゃないかな?」
「……」
刀に馴染みがないというのは先程の言葉通りだった。けれど、それを持つ恰好はと聞かれれば、和服だと答えるだろう。特別親しんで見た事はなかったが、時代劇を見た事がない訳でもない。
その姿が女性用の袴だったのは、私の憧れなのかもしれない。成人式には振袖を着てみたいと両親にねだった記憶があった。
「キミの中にしか存在しない姿をキミが生成した。 それはキミの中の思考が現実へと影響したのは間違いないよね。 ……やはり、ドロップには思考が影響を及ぼしているんだよ。 キミの剣の鋭さも、元を正せばそれが影響しているんだろうね」
「私の思考……」
そうかもしれない。マークの説明には、それに足るだけの説得力があった。




