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第45話⑥ 私の未来


==カーティス=風天の節・一週目=レスター・貯蔵倉庫==


 姿の変わったアヤリは強かった。彼女は剣を携えてジャムーダへと近寄り、たった二度だけその剣を振ったに過ぎない。

 にもかかわらず、俺の直感が全力でも勝てるかどうかという強さであると告げていた。


「――っ。 こ、これは……!」


 そうして頭から縦に切断されたジャムーダは、その惨い亡骸を晒す前に膨れ上がって大量の影霧へと変換された。

 このレスターの町一つは飲み込まれそうな勢いで広がろうとするそれに、最も近かったアヤリが包まれる。


「アヤリッ――!!!」


 俺がそう叫び、腹部の怪我も気にせず手を伸ばした瞬間……その影霧の膨張は突然収まった。


「……は!?」

「やっぱり。 空の……託宣のドロップが保有する蓄積容量は凄いね」


 広がり掛けていた影霧が一点へと吸い込まれる。そこにはアヤリと、彼女が摘まんでいる黒く変色したドロップがあった。


「……託宣のドロップ?」

「うん。 接触者の保有する影霧はその宿主が停止すれば、別の宿り先を求める。 それを利用してドロップに吸収させたの」

「なんだそれ……」


 俺はそうアヤリに質問するが、それを答える事はなく彼女はその黒いドロップを仕舞う。


「……あ、多分時間切れかも。 カティ、あとは頼むね」

「ん? 頼むって何を――ってアヤリ!」


 そう俺が言葉にしている途中で、アヤリの姿が変異する前へと戻る。そして、自重を支えられなくなった彼女は膝から折れてその場に倒れる。

 俺は咄嗟に飛び込んで、彼女の頭が地面に叩き付けられるのを阻止した。


「おい、アヤリ!」

「……すぅ……」

「寝てる……のか……?」


 俺は軽く彼女に触れて、外傷もなく呼吸も安定していている事を確認する。問題がないのを確かめてから一旦地面へと降ろす。

 そして、無理に飛び込んだことで開いた俺の傷を自分の服を裂いて得た布で応急処置をしていると、この倉庫の入口に気配を感じてその方角へと視線を向けた。

 そこには私兵と、それに紛れて初老の王国騎士と思わしき姿もあった。


「其方は確か、闘技大会へと参加していた若者だな!!!」

「(うるせぇ……) お前は……エルリーン城襲撃の際に会った騎士だな」

「ん……? ワシはルヒオルド・レスタリーチェだ。 名で分かる通り、分家とはいえこの町の領主に連なる者だ!!! 此度はこの町の危機を知り、応援の騎士として参上しておる!!!」


 一言一言の声量が大きくて、耳を塞いでも会話できそうな男だった。


「……俺も一応、ここの領主様の意向で動いている者だ。 カーティス――じゃなくて、カティ様? と言えば通じるか?」

「協力せよとお達しの者か。 そして、確か大会の際に聞いた名もその様な名であったな!!! そしてその潔い姿勢。 であれば疑う余地はあるまい!!!」

「……」

「して、この惨状は何があった? 天に穴が開き、倒れている者が三名。 説明を求める!!!」


 俺達が来た時点でやられていた私兵二名とアヤリで三名。唯一立っている俺は省いて、ジャムーダの死体も消え失せてしまっていた。


「あぁ……説明はする。 だから傷に障るから声を落としてもらえるか?」


 ルヒオルドと、それと一緒に現れた仲間の私兵に息がないのを確認している私兵数名に対し、俺は状況説明を行った。


 ……


 逃走していたジャムーダは死んだ。

 それを成したアヤリの不思議な能力については伏せたが、俺は黒く変色した禍々しいドロップを手にこの町のお偉いさんを納得させた。アヤリと仲が深いチェチェや、現領主でありチェチェの祖母メルグリッタによる信頼がなければすんなりとは信じてもらえない内容ではあった事は間違いないだろう。

 あれから一切目覚める気配のないアヤリをマクリルロに診せたい。そう事情を知るチェチェを通じて話した結果、俺は移動制限が解除されるのに先んじて列車にてエルリーンへと戻っていた。

 証拠品である黒いドロップは一度残して来てしまったが、チェチェより危うい品である事を理由に、後日ドロップの研究者でもあるマクリルロへと預ける手筈にすると伝えられている。

 俺は車両の少ない特別列車に揺られながら、穏やかに眠ったままのアヤリを眺めていた。


(アヤリのあの力、一体何だったんだ……? それに無事に目覚めるのだろうか……)


 疑問は尽きないし、それ以上に彼女がもう一生目覚めないなどという最悪な不安が過ぎる。今は一刻も早くマクリルロの元へと送り届けようと気持ちばかりが焦ってしまう。


(……俺、あの時何も出来なかったな)


 無力化出来たと僅かにでも警戒を解いて怪我をしたのは間抜けだったし、それから後も呆気に取られるだけで動けなかった。

 勇者の能力は、絶対的な力ではないとは理解している。だが、それでも他社より数段優れているという驕りがなかったかと問われてば、否とは答えられない自分もあった。


(アヤリの世界には、何かあるのか……?)


 アヤリだけでなく、ミズキやカエデにも特殊な能力があった。俺も彼女の世界、日本とやらに行けば何か得られるのだろうか。そう考えてしまっていた。

 だが、異世界転移の制約とやらで俺が向こうの世界に行く事は禁じられている。最悪世界が滅ぶかもしれないと言われればそれに従う他ないだろう。


(そう言えばあの時、ジャムーダも行けないとか言ってたな……)


 結界がどうとかという話をアヤリとしていた。やはり彼女の世界は特別なのかもしれない。

 これまで大して興味を示していなかった俺だったが、チェチェやあの王族みたいに興味を示すべきなのかもしれないと実感していた。




==杏耶莉(あやり)=風天の節・二週目=エルリーン・南中央道==


 私はあれから一週間近く眠っていたらしい。体に何ら異常がない事をマークが確認した上で、ただただその間は眠っていたのだと聞く。

 リスピラが連れてきた瑞紀(みずき)宿理(しゅくり)も見舞いに来たそうだが、新学期が始まってしまっているので今はこっちには居ないらしい。

 あの時の力は覚えている。だが、それを使った後に何日も眠ってしまうなら乱用出来ないだろう。本当の本当に最終手段だ。それ以前にこんな能力を必要とする場面にもう出くわしたくないというのが本音だが……。


(そもそ、戦いたいなんて考えた事ないし……)


 目覚めた私の経過を一日は見たいからと、それまではこっちの世界に残る様マークに言われていた。だが、健康そのものである私はカティの家でじっとしているのも何だったので外に出ていた。


(……私に何があっても、この町はいつも通り賑やかだ)


 そうしていると、これまで私が避け続けていた少女。一時期ランケットの酒場で働いていた少女。そして、一度は私が手に掛けた少女。そんな彼女が母親と笑顔で露店で働いているのに気が付く。


「いらっしゃいま、せ……ぁ!」

「……うん」

「あの時のお姉ちゃん。 お久しぶり、です」

「……ごめんね」

「ぇ……?」

「うぅん、何でもない。 それより、お願いがあるんだけど……名前、教えてもらえないかな?」

「名前……? ぁっ!」


 私が避け続け、冷たい態度を取っていたのもあって私は彼女の名すら知らなかった。


「えぇと……ミャイ、です」

『未来、か……』

「ぇ……?」

「良い名前だね」

「……は、はいっ! ありがとうございますっ!」


 そう言って、私は初めて少女――ミャイに笑いかけた。


「それ、貰えるかな」

「ぁ……お買い上げ、ありがとうございます!」

「あとそれと――」


 本当の意味で何が正しいのかなんて私には分からない。でも、私自身が信じたい道を歩きたい。

 今の私の答えはそれだけで十分だった。


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