第45話③ 貯蔵倉庫で
==杏耶莉=風天の節・一週目=レスター・貯蔵倉庫前==
「……ここだな」
「人の気配が、しないね」
首都に次ぐ喧騒さを誇るレスターの街中だったが、私達が到着した貯蔵倉庫の辺りはその騒がしさも鳴りを潜めていた。
そんな貯蔵倉庫だが、この町の住民を養える貯えをする為のものなだけあってその規模は非常に大きかった。普通の住宅なら四、五階はありそうな屋根の高さに、数十メートルは奥行きが外から見えている。
「鍵は……掛かってないな。 本来しっかりと施錠されてる筈だが……」
「……」
壊された形跡もなく、どうやら鍵を所有する者がこの倉庫の扉を開いたのだろうとカティが続ける。仮にジャムーダが侵入しているなら鍵など持っている訳がない。
「……もしかしたら、見回りの私兵が入っているのかもしれないな。 中の様子を見よ――っ!?」
カティが倉庫の扉を開いた瞬間、その隙間から影霧が噴き出す。
「……入ろう。 どうやら予想は当たっていたらしいな」
「うん……」
私もカティも、影霧に感染しないという話は共有している。カティは風のドロップをディートして視界を確保しつつその倉庫内へと進む。
倉庫の中は殆ど箱に近い形状らしく、仕切りの様なものは存在しなかった。
カティの風によって視界が切り拓くと、そこには隅で項垂れる男性が一人と、少し離れた位置にうつ伏せで倒れた二人の男性の姿があった。倒れる方の男性達の腕にはカティが身に付けている物と同じ腕章があった。
「――っ。 ジャムーダ……」
私は項垂れていた方の男性、ジャムーダへと声を掛ける。
「何だ、その名前……。 あー、あん時の大会の名か。 そういやあそんな名前で登録してたな」
カティはジャムーダを警戒しつつ男性の方へと駆け寄るも、既に息はないと首を振った。
「ん……? あぁ、其奴等か。 見回りみたいなのでここに来て、攻撃されたからな。 正当防衛ってとこだ」
そう言って何が面白いのか笑うジャムーダに、カティが問う。
「お前は何故この町に留まっている? お前の実力なら町の包囲網を突破して、逃げる事なんて余裕で可能だろ?」
「こっちにはこっちの事情があるんでな。 今夜にでも去るつもりだったから、それで勘弁してくれるか?」
「今夜……。 やはりそうか。 確証が確信へと変わったな」
「……何が言いたい?」
「お前の弱点は陽の光なんだろ?」
少し前にカティは私から聞いた情報をそうジャムーダに言い果たす。元々ペルナートから聞いただけの暫定的な情報だったが、それを確定させつつ相手の動揺を誘っているらしい。
「……仮にそれが本当だとして、それなら昨夜にでも逃げ出してるだろ? 何を根拠に……」
「昨日のお前はルナの歌によって弱っていた。 だから昨日の内に逃げられるだけの回復を待つ必要があった。 それで万全な状態にまで回復したお前は逃げ出したい所だが、今度は陽の光が邪魔をしている。 違うか?」
カティのそんな言葉を聞いたジャムーダは、天を仰いで高笑いをする。
「ハハハハハハ! かもしれないな。 で、それがどうした?」
「……」
「そう影だ。 影は陽に当たれば消えてしまう。 その通りではあるが、お前らが勝てる理由になんのか――」
ジャムーダはそう言って、地面から影の棘を出現させて私とカティを襲う。どちらもその攻撃を回避すると、ジャムーダは話を続けた。
「影に攻撃なんて当たらない。 それは昨日、お前は目の当たりにしてんだろ! お前らは詰んでるんだよ!」
「――っ」「くっ!」
再度地面から棘を生やして、今度は上空から影の手らしきもので掴まれそうになるのをなんとか避ける。
「仮にお前らが落ちなくても、時間制限がある。 こっちは夜になれば逃げさせてもらう。 それまでお前らはここでいつまでも踊ってみるか?」
攻撃を避けつつ器用に私の近くへと来たカティがジャムーダに聞こえない様に小声で話し掛けられる。
「(俺が天井に穴を空ける。 アヤリにはそれまでの時間稼ぎを頼む)」
「……(わかった)」
私は剣をディートすると、ジャムーダへと斬り掛かる。だが、ジャムーダははその攻撃を避けようともせずに棒立ちしていた。
「――やっぱり」
「だから無駄なんだ、よ!」
近づいた私に、影の棘と手による反撃を浴びせる。そんな猛攻を避けて斬って、何とかしのいだ。
上や下から降り注ぐそんな攻撃は、サムドラスの稽古によって私の癖となっていた平面的な戦い方を矯正していなければやられていただろうと実感して背筋が冷たくなる。本体は兎も角、ジャムーダの攻撃に対しては剣が通用するのはせめてもの救いだった。
「その、何でも斬れるなんて触れ込みの剣も例外じゃねぇぞ! 残念だったな!」
「何故それを知っているの!?」
この国でも、私の剣に関する特異性は極秘情報とされていた。それを知る理由を問いただすと、ジャムーダは楽しそうに話を続ける。
「そりゃそうだろ。 お前も薄々気付いているんじゃねぇのか?」
「……」
「お前の行動全て、筒抜けだったんだよ! お前はあの時から手駒みてーな状態だったんだ」
「あの時……」
今にして思い返せば、私が影霧を取り込んでしまっていたのはベージルで小さい子を斬った時だった。その直後にジャムーダと出くわしたのも、全て彼の手の平の上だったのだろう。
「そうだよ。 あのちんけな町で、ガキを殺ったあの時。 お前は影霧に触れて接触者になった。 まだ不完全だったがな」
「やっぱり……」
「それからそんなお前を支配下に入れたんだ。 不完全な奴に限りゃあ同じ存在である接触者だろうと支配できる。 それがこっちの能力だからな」
「……」
「それから全て、全ての行動を監視してたんだぜ? ちゃちな友情ごっこも、この国の権力者と接触するのも全部だ!」
「それが、あの時から感じたものだったんだ……」
それを直接把握していた訳ではなかったが、何者かの干渉を受けている。そんな感覚を何時からか僅かに感じてはいた。
「そして、お前の元の世界とやらについても知った」
「向こうの世界も……?」
「そうだ。 だが、そっちに行くことは出来なかった。 何故かは知らんが、強力な結界が張られてやがる。 だから、お前を利用して無理やりにでも影霧を流し込んでやろうかと計画した。 その為に、テメェの中にあった黒い感情を爆発させてやった」
「……」
それが、あの巻き戻った時間で私が暴走した理由なのだろう。
「……と思ったんだがな。 どういう訳か、あの時お前の反応ががらりと変化した。 どういう絡繰りか知らねぇが、爆発寸前のテメェが突然接触者から克服者へと変貌しやがった」
「そっか。 今の私はやっぱり克服者になってるんだね」
「あぁそうだ。 繋がりも断たれて、こっちの予定は頓挫しちまったからな。 この世界への流入を急遽再会したんだが……」
それをまた、カティに妨害された。という事らしい。どういう条件で影霧で溢れる状態である流入とやらを実現するのか知らないが、かなり危うい状態であったのは確実だろう。
「で、時間稼ぎは十分か?」
「――っ、カティ!」
どうやら私の演技では騙されてくれないらしく、ジャムーダは何らかの準備をしていたカティへと影の手を放つ。
「まだ不十分だったんだが……仕方ない!」
カティのそんな言葉と同時に、この倉庫の天井目掛けて炎の矢が放たれた。




