第44話⑥ 双子の容体・レスターへと
==カーティス=風天の節・一週目=レスター・エフィムの湖==
ルナが運ばれた場所は、先日訪れた宿だった。
早速中に入ると、昨日と同じ受付の少女に出迎えられる。
「おや、昨日のお客さん? 申し訳ないんですけど、今取り込み中で……」
「それはルナの件か?」
「ありゃー知ってる感じですかね?」
ある程度事情を理解していそうな彼女に、今日の出来事を簡潔に説明する。
「――という訳だ」
「ヘオくんの話に出てきた男の人がお客さんでしたか、 それなら、ヘオくんとルナちゃんを守ってくれてありがとうございます」
「守れたって言えるのかは微妙な所だがな……」
ルナの体調不良はわからないが、ヘオの怪我はもう少しうまく立ち回れていれば回避できただろう。
「そうですかね、 見た目もそこそこで強いって、お客さん優良物件……?」
「そんな話より、案内してくれるか?」
「あ、はい。 二人はこっちです」
彼女の背を追って歩きながら、疑問に思っていたことを質問する。
「何でヘオとルナをここで預かってるんだ? 二人は兄弟だとは聞いているが、ここの子供じゃないだろ?」
「それですか、 ……お客さんは見てしまってるので教えちゃいますが、ルナちゃんって不思議な力が使えるんですじゃないですか」
「あの歌か……。 ヘオ曰く、声を出すと体調が悪くなるって言ってたな」
「ですです、 うちも詳しくは理解していませんが、どうにもノービス教の司祭様の話では女神に選ばれた特別な人間だと……」
(ノービス教か……)
この大陸の南東に位置するノーヴィスディア聖王国を拠点とする大陸最大の宗教。この国レスプディアが北西なので、その影響力は他国と比べれば幾分か少ない。
「特別な人間ってのは?」
「何でも、ルナちゃんの声には邪悪な力を抑える効力があるみたいですよ?」
(あの時、ダグリスが苦しみだしたのはそれが理由か?)
「それで、わざわざ近くの農村出身のルナちゃん達をこの町の教会に通わせてるんですよ、 そこで何かしてるみたいですね、 その間の寝泊りはこの宿を使ってる感じです」
「ヘオもか?」
「ですです、 ルナちゃんがヘオと一緒じゃないと嫌だと言うので、一緒に行ってますよ、 双子ですし、ヘオも特別かもしれないという算段もあるみたいですね」
「……成程な。 ここに連れて来られた経緯は理解した」
「っと、話も丁度良かったですね、 ルナちゃん達はここですよ」
宿の一室へと辿り着いた後、彼女は躊躇いなくその扉を開いた。
その室内の中にはベッド二つあり、ヘオとルナが寝ている。それを看病しているこの少女の母親らしき女性が居た。
「シリカ? 洗濯はどうしたの?」
「このお客さん――名前聞いてなかったですね」
「カーティスだ」
「――このカーティスさんを案内してたの、 ヘオくんの話に出てきた男の人ね、 もう戻るから」
「そう……」
「カーティス!」
話を聞いていたらしきヘオが俺の名を呼んで起き上がる。
「それでは、カーティスさん」
「あぁ、ありがとうな」
シリカと呼ばれた受付の少女は戻って行った。
「ヘオは……その様子なら大丈夫そうだな」
「おう!」
包帯で怪我していた箇所をグルグル巻きにされてはいるものの、景気の良い声色から安心する。
「で、ルナは寝たままか……」
「そうだな! ルナは一度あの状態になったら暫くは休ませないと駄目だろうな!」
「そうか……」
シリカから聞いた話が本当なら、ダグリスを捕まえる協力をしてもらいたいと考えていたが、無理はさせられないだろう。
……
その後、シリカの母親なんかと話を交わして、俺も今夜はここに泊まる事になった。
別に泊まっていた宿は一日分しか支払いしていなかった事と、サービスで泊めてくれると言われれば断る理由もない。それに、ヘオ達の近くに居た方が良かろう。
(今日は大人しくしてくれと言われたが、明日は俺も動くか……)
今頃、この町の私兵によってダグリス達ダルクノース教が使っていた地下が調べられ、逃げたダグリスの捜索がされている事だろう。
既に諸々の出来事で既に日が落ちた状態での捜索も難しいと考えられるので、俺の手伝いは明日からにして休む事にした。
(だが、ルナなしでダグリスを倒すにはどうするか……)
それについて考えているうちに意識が薄れてきたので、明かりを消して就寝した。
==杏耶莉=風天の節・一週目=レスタリーチェ家エルリーン別荘==
サムドラスとの稽古に一段落着いた私は、チェルティーナの所へと戻っていた。明日からは、本格的にジャムーダを探しに行こうと考えている。
(でも、手がかりがないんだよね……)
私は影霧の気配を感じるみたいな能力は持ち合わせていない。
(リスピラに手伝ってもらうっていうのは――いや、駄目だ……)
私一人の力で解決する。そう決めているのだから、彼女に手伝ってもらうのも止めるべきだろう。
「……? 何だろう」
借りている部屋に一人で座っていると、突然この屋敷が騒がしくなる。後で何があったかエスタルに聞けば良いかと考えていると、この部屋の扉が勢いよく開かれる。
「アヤリ様、大変です!」
「エスタル!? ど、どうしたの……?」
「今しがたチェルティーナお嬢様のご実家であるレスターより急を要する伝書がありました」
「伝書?」
「どうやらレスターにてダルクノース教の暗躍が公になったそうです。 そして、その首領と思わしき者の名はダグリスと――」
「!!! それって……」
「はい。 アヤリ様が探しているジャムーダが偽名として使っていた名です」
「……レスターに」
「今現在、チェルティーナお嬢様は戻られるよう命が下り、その準備をなさっている最中です。 逃げたダグリス――ジャムーダを捉える為、移動制限令が発令されているそうですので、今レスターに向かうには同行すべきかと」
唯でさえ戦後処理で忙しそうだったチェルティーナが気の毒ではあるが、私としてはまたとないチャンスに鼓動が早くなる。
レスターには昨日到着したカーティスも居るはずである。何やら無関係でもない気がするが、どの道私の答えは決まっていた。
「わかった。 私も同行したいとチェルティーナさんに伝えて。 それで、出る準備もお願い」
「……元々アヤリ様が何処かへ向かおうとしているのにお供すべく準備はしておりました」
「……そうだったの?」
「当然です。 爵位を得ているアヤリ様は手荷物なしに外へ出ようとしてるのは見過ごせませんでした」
「……何か、ごめん」
「しっかり謝ってください。 世話の焼けるご主人様」
……
そうと決まれば話はとんとん拍子で進んだ。影霧の発生が確認されている事からチェルティーナは私に同行を頼むつもりだったそうなので、交渉の必要すらなく私は一緒に向かう事となった。
だが、ここを空けるには話を付けておく必要もあったので、急ピッチで進められたとはいえ準備には時間が掛かった。特別に運行することとなった深夜の列車で一夜過ごし、到着は朝の予定である。
「では参りましょう、アヤリ様」
「はい、チェルティーナさん」
こうして私達は、急遽決まったレスター行きの列車へと乗り込んだ。




