第6話⑥ あの時の男の子・言い争い
==杏耶莉=エルリーン城・城内通路南側==
「凶器を投げるな! 当たったらどうすんの!」
「……??」
怒りのあまり日本語で男の子を怒鳴りつけてしまう。激しく転がった際に翻訳機が外れてしまっていたことに気が付くが、何故か話そうと思えばこの世界の言葉も喋れるようになっていた。
「危ないでしょ! たまたま縄だけ切れたからいいものの、大怪我したかもしれないでしょーが!」
こっちの世界の言葉で言い直したが、それでも眉をひそめたままの男の子。そして、その間に挟まれたペルナートがキレる。
「てめぇら、オレを無視してんじゃねぇぞ、なあ”!」
完全に存在を忘れていた。手持ちのドロップはないが、取り合えずファイティングポーズを構える。
それに対して男の子は、先ほどとは別のドロップをディートすると、鞭を生成してだらりと床に垂らす。
「去ねやぁ! 糞ガキがああぁぁあ”!!!」
ペルナートも同じくディートすると、氷のナイフを生成して男の子に襲い掛かる。鋭く尖ったそれを何度も振り回して斬りかかるが、それをなんともないといった様子で男の子は回避する。
その間に男の子は鞭で足に輪っかを作り、それを引っ張るとペルナートは盛大に転ぶ。
「幻術以外は大したことないな」
「賺してんじゃねぇぞお”」
男の子は、振り上げられた氷のナイフを鞭で弾く。ペルナートはそれを再生成しようとするも、腕や足を何度も鞭で打たれるのでそれができない。
最後に巧みな動きで鞭を操った男の子がペルナートの両腕を縛り上げて地面に転がした。
「君、縄か何か持ってない?」
「え……?」
布切れか何かをペルナートの口に押し込めながら男の子は周囲を見渡す。ペルナートは暴れる余裕もないのか、大人しく横たわっている。
(……、あー。 生成した縄は消えちゃうから別のものを用意しないとなのか)
手元には私が縛られていた縄は外す際に短くなってしまっているので使えない。すぐに代替品が見つからずに諦めた様子で部屋のカーテンを外すと、落ちていた氷のナイフでそれを裂き始める。
「ちょっ……、そんなことしていいの?」
「別に構わないだろ。 主犯格を五体満足で捕らえてんだから、感謝されるぐらいだな」
なんともない態度でそう話す男の子は、適度な長さになったカーテンを手首と足首に巻き始める。
改めて安全が確保される様子を見て、私を解放する際の行動について怒りが湧き上がってきた。
「そういえば君! 助けられた身ではあるけど、もっと安全な助け方はなかったの!?」
「は? 縄だけが切れるように投げたから問題ないだろ?」
「一歩間違えれば大怪我するとこだったでしょ!」
「俺はそんな失敗はしないが――」
「そういうことじゃなくて――」
ヒートアップしていく言い合いをする最中、近くを通った騎士に止められるまでそれが続いた。
……
「アヤリさん! 突然居なくなって心配しましたよ……」
「すみません。 見えない状態でペルナートに連れ去られてしまったので」
城外へと到着すると、ジャッベルが私を出迎えてくれた。迷惑をかけてしまった様なので素直に謝る。
引きずって来たペルナートは、ここまで付いてきた騎士が上司に扱いについてかけあうとのことで連れていかれる。
集まっている周囲を見渡すと、社交界に参加していた貴族たちに鎧を着た騎士、それ以外に城内では見かけなかった傭兵みたいな人達が疲れた表情で城の方を見ていた。
私を助けた男の子、一目見た時に思い出した闘技大会で戦っていたこの子は、私と同じくこの場所で待機するよう伝えられていたので退屈そうに欠伸をしていた。
「そういえば君、何であんな危険な場所に居たの?」
「いや、普通にランケットとして参加していて、あのダルクノースの掃討をしていたからだが。 それと俺の名前は、カーティス・スターターだ」
「カーティスくんは――」
「カティでいい」
「……カティくんは強いみたいだけど、でもこういうのに参加しない方が良いと思うよ。 子供なんだし」
カティは私に向き直ると、腰に手を当てながらその言葉に反論する。
「それはこっちのセリフだろ。 社交界に出てたみたいだけどここの貴族じゃないだろ? 参加してた理由は知らんが、まんまと捕まってたみたいだし。 表舞台に出ないで大人しくしてた方が良いぞ」
(な――)
その言葉に私も『かちん』と頭に来る。私だって好きで参加したわけじゃないが、その言い方は気に食わない。
「そ、そういうカティくんは何でこんなのに参加してんの?」
「それは……報酬が良かったから?」
「報酬? そんな理由で危ないことに子供が参加するの?」
「子供子供って……お前だってまだガキだろ?」
「なによー」
「なにさー」
そのまま『ばちばち』と火花が散ってそうな程にカティと睨み合いをしていた。
==カーティス=エルリーン城・城門前==
「(くあぁ……)」
周囲に聞こえないように欠伸をする。夜も更けって、見上げると空にはいくつか光る星が見える。
「そういえば君、何であんな危険な場所に居たの?」
捉えられていた妙な少女にそう質問される。
「いや、普通にランケットとして参加していて、あのダルクノースの掃討をしていたからだが。 それと俺の名前は、カーティス・スターターだ」
君という表現に、どこか余所余所を感じたので自己紹介をしておく。
「カーティスくんは――」
「カティでいい」
「……カティくんは強いみたいだけど、でもこういうのに参加しない方が良いと思うよ。 子供なんだし」
その言葉に引っかかる。事実かどうかは兎も角として、子ども扱いされるのが好きではなかった。だから、大人げないとは思いつつもこう反論してしまう。
「それはこっちのセリフだろ。 社交界に出てたみたいだけどここの貴族じゃないだろ? 参加してた理由は知らんが、まんまと捕まってたみたいだし。 表舞台に出ないで大人しくしてた方が良いぞ」
少女はわかりやすく俺を睨むと、俺に言い返す。
「そ、そういうカティくんは何でこんなのに参加してんの?」
「それは……報酬が良かったから?」
実際は報酬についてはどうでも良くて、ダルクノース教との因縁が理由なのだが。わざわざそれを伝えるべきではないと思ったのでそう誤魔化した。
「報酬? そんな理由で危ないことに子供が参加するの?」
「子供子供って……お前だってまだガキだろ?」
「なによー」
「なにさー」
双方が睨み合いの状態を維持していると、騎士の方から説明が始まる。
「んんっ……皆様、王国騎士団の第六隊隊長のアーデムハイドで御座います。 皆様も知っての通り、我らが国の由緒正しき聖天の社交界を狙った襲撃が御座いました。 が、今回の襲撃の首謀者は我々騎士団が捕らえました。 皆様、御安心ください」
主犯格の男を捕らえたのは正確には俺なのだが、騎士団の矜持を保つために貴族たちにそう伝えることになったのだろう。元々目立ちたくもないので臨時報酬だけ受け取れれば扱いについては構わなかった。
「中途半端な状態にはなってしまいましたが、改めて今節の社交界は開催致しますので、日程につきましては――」
その後も貴族向けにどうでも良い話が続けられる。そんな折、隣に居た少女がチェチェに手招きされていた。彼女は『ちらっ』と俺を見ると、そのまま呼ばれた方へと行ってしまった。
(あ、そういえば名前聞きそびれたな……)
そう気が付いた時点では、既に人混みの向こう側へと少女は消えてしまっていた。




