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第44話① レスターの宿泊施設


==カーティス=風天の節・一週目=レスター・中央大通り==


 二人の子供に依頼を受けた翌日、俺は早速レスターへと向かっていた。

 今回は一人で動いている。何やら避けられているアヤリには言伝だけして来ていた。そもそも列車の料金が馬鹿にならないので大人数での移動はどの道選ばなかっただろう。

 列車の料金は決して安い金額ではない。この国基準であれば農村なら一家族が半節食い逸れる心配がなくなると往復の料金が同等と考えれば無視はできないだろう。

 それなりの貯えはあるし、例え子供の悪戯か勘違いだったとしてもそれならそれで構わない。だが、あの二人の様子と俺のカンでは何か起こっている可能性が高いと肌で感じていた。


(さて、到着したは良いがどうするか……)


 メルから聞いたメンバーとやらの場所へと直行しても構わないのだが、レスプディアにおける南の玄関口と呼ばれるこの町では宿泊施設の競争率が激しい。

 まだ日は高いが、栄えているが故に危険も多いこの町の路上で夜を明かすのは御免なので、最初に泊まれる場所を確保する事にした。


 ……


(見覚えのある部分も少なくないが、やっぱり時が経ってるから違う所も多いな……)


 ()がこの町を訪れたのは三回。その内の二回は一周期にアヤリ、マクリルロと共にドレンディアへと向かう途中に往復で経由していた。そして残りの一回はアヤリと出会う前にエルリーンへと向かうほんの一瞬だけだった。

 そんな来訪の全てで、町を見て回るといった事はせずに、ほぼ素通りしてしまった形となっている。当時は知り合いに出会いたくない気持ちが強かったもの大きい。

 なので、俺の知るレスターという町はチェルグリッタの記憶に残るものに限られている。それ故に何十年も経てば建物の多くは形を変えているのだろう。


(一応故意にしてた知り合いが経営していた宿の場所には来たが……ある、な)


 ダメ元で訪れたのだが、それらしい建物は残っていた。改装がされ、塗装もし直されているので面影が残る程度ではある。

 それなりに繁盛しているのか、それ以外の装飾も気持ち豪華になっている。


(まぁ、建物だけ残して別の店になってる可能性もある。 取り敢えず入ってみるか……)


 店の標識らしきものもないので、もしかすると店ですらないのかもしれない。そう思いつつその建物の扉に手を掛けると、鍵は掛けられてないらしく、すんなりとその扉が開く。

 その店内の内装に見覚えこそないが、明かりが付けられてチェックインのカウンターらしきものは存在するので何らかの店ではあるらしい。


「……誰か、居ないのか?」

「はーい!」


 そう声を掛けると、店の奥から元気そうな声でそう叫ばれる。その後少し待って現れたのは、俺と同じかそれより少し年下らしき少女だった。


「えぇと……予約のお客様でしょうか?」

「……いや、予約はしてない。 というか、ここは宿泊施設で間違いないのか?」

「宿泊施設で間違いありません、 エフィムの湖という由緒あるお店ですが……もしかしてお客さん、知らずに来たのですか?」

「……あぁ、()は初めてだな」


 チェルグリッタの時代と同じ名前で今も続いている事に驚きそうになるも、それを抑えてそう答える。


「あー、お店の看板とかないのによくここが宿泊施設だとわかりましたね、 たまーに噂を聞いて来るお客さんは居ますが、知らずに来たのは初めてかもしれません」

「……そんなんで客が入るのか?」

「それが有難いことに部屋が埋まる時の方が多いんです、 ここレスターが観光地として有名になって幾星霜、 その上列車が稼働して国内外から人が絶えないこの町の最も有名と言っても過言じゃない店です」

「……みたいだな」


 チェルグリッタは勇者の記憶というそれまでの勇者の知識をフル活用し、考案した様々な事業によって人の呼び込みに成功している。そして彼女は自分の死後を考えて最後の事業として町そのものを観光地として魔改造した。

 一度付いた知名度という箔は未だに剥がれず、時代に合わせて継承されているのだろう。その過程には、レスタリーチェ家を始めとした様々な人間の努力も合わさっているとも思うが。


「それで申し上げにくいのですが、ここエフィムの湖は完全予約制でして……、 お客さんには悪いですがお泊りはご遠慮していただく事になります」

「……部屋は空いてないのか?」

「一応空いてますが、決まりですので……」

「そうか……。 なら仕方ないな」


 折角なら知っている宿に厄介になりたいと思ったのだが、無理を言っても仕方がない。そう思って出ようとした所にあるものが目に入る。


(あ、これは……)


 入ってくる時には気が付かない位置に、かつてエフィムの湖を立ち上げた一人の男の姿絵が掛けられていた。


「あー、それですか? それは私の曾おじいちゃんらしいですよ? うちが生まれる前には亡くなってましたが」

「だろうな。 今生きてたら腰を抜か――いや、何でもない」

「……? なんだか立派な人だったってお父さんから聞いてます」


(あれの何処が立派なんだよ……)


 幼少期の記憶を知る相手だけに、そう心の中でツッコミを入れる。それよりも気になった彼女の発言に対して質問をする。


「……君の親はどうしたんだ?」

「あー、お父さんもお母さんも忙しいですからね、 受付とか手伝えそうな事はうちがやってます」

「……祖父母は?」

「もう亡くなってます」

「そうだったか……。 悪い」

「別にいい歳でしたし構いません――って、変な質問の仕方をしますね、 何ですか、もしかして軟派してます?」

「……は?」

「確かにうちは可愛いですけど、サボるとお母さんが怖いのでお茶は遠慮しますね」

「……」


 確かにこの少女は受付をこなすには十二分な程に可愛らしい顔つきをしているが、そう自信満々にそう言い切られると反応に困る。


「いや、俺にそのつもりはないが――」

「でも、お客さんそこそこかっこいいし……、 休みの日とかならちょっと付き合ってあげても良いけど?」

「……」

「お客さん運が良かったね、最近別れて今うち恋人居ないの、 いきなり付き合うのは無理だけどまずはお友達からって事なら――」


 この少女に付き合っても今日の寝床は確保できない。それに、完全予約制であればここの宿泊料金は相応になるだろう。懐に余裕がない訳ではないが、不要な散財がしたい性格でもないので退散する事にした。


「邪魔したな」

「――それで、エルリーンで流行ってる新作のスイーツが食べれるお店に――」


 自分の世界に入ってしまった彼女を残して、エフィムの湖(この宿泊施設)から後にした。


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