第42話④ 不快な再会
==杏耶莉=灼天の節・十四週目=エルリーン城・ディクタニアの私室==
あまり好ましく思っているとは言えない相手ではあるものの、この国の為を想って行動している姿勢に間違いはないディクタニア第一王女に他の人にも話したあらましを伝える。
「ジャムーダ……あの男がその様な計画をしているとおっしゃるのですわね?」
「信じて、くれるんですか?」
「ええ、信じておきますわ。 わたくしには伏せている何かを貴方は持ち合わせ、そんな不思議な魅力でお兄様に気に入られているのですもの。 情報が不足している中でわたくしがどれだけ思考を巡らせても仕方がありませんわ」
「……」
私や瑞紀達がこの世界出身でないことを彼女は知らない。対してリスピラについては知っているらしいが……。
「そうですわね……。 あまり気は進みませんが、あの男であれば何らかの事情を知っているやもしれませんわ」
「あの男、ですか?」
「ええ、ハルミヤ男爵は少なからず縁がある者、ですわ」
そう言って、説明をしていた彼女の私室から出ると、城の中を進む彼女を追う。
このエルリーン城には何度となく来ているが、その全貌は把握していない。あくまでよく利用する場所以外には立ち入らない様にしているのもあった。
「此方ですわ。 足元が少し不安定ですのでお気を付けくださいませ」
「あっ、はい……」
そんな私の知らない城の一部には死角となって暗に隠される形で地下に続く道が存在した。そこへと臆す事なく進んで行くディクタニアに付いて歩く。
(こんな所がお城にあったんだ……。 何だか不気味な感じがする)
何処も彼処も人の気配がした城内に比べて人の気配が少なく、私とエスタル、そしてディクタニアの足音だけが地下へ続く狭い通路に響く。
「ここって……」
「牢ですわ。 我が国では禁固刑は存在しませんが、必要になる場合もありますもの」
ずいずい進む彼女に対し、背筋が凍る冷たい雰囲気があるそんな地下に不安を感じながら進んで行く。
多くの牢屋には何も収容されておらず、見張りの姿もない。そうして歩いて行くと、ある牢の前にのみ騎士らしき人物が一名暇そうに座っていた。
「――っディクタニア殿下!」
「前もって連絡をせずに来させてもらいましたわ。 話をするのは構いませんわね」
「はっ!」
慌てた様子で立ち上がったその騎士を適当にあしらったディクタニアは、唯一人の気配がする牢内に向かって声を掛けた。
「ペルナート。 話がありますわ」
「ペルナート!?」
牢内の影となっている位置で小さく動いた人影が、奥から柵の方へと出て来る。
「ようお姫様、何用だあ”」
そう言って現れたのは、三年前この城を襲撃したダルクノース教の幹部。百面相のペルナートだった。
「――ん? テメェはあん時の娘かあ”」
「何でペルナートが……」
「それは決まっていますわ。 腐っても敵対国で幅を利かせている宗教団体の幹部、情報を多く所有していますもの」
私の疑問は、ディクタニアによって解消される。私はてっきり既に処刑でもされたものだと思っていた。
「オレはそう口を割らねぇぞお”」
「ずっと調子で、拷問にすら耐えてしまって困っておりますの」
拷問という物騒な単語が現れる。薄暗い牢屋の影となって一目では気が付かなかったが、それを肯定する様にペルナートは隻腕で痩せこけていた。
「当時問題となった社交界の襲撃を先導した男ですわ。 わたくし達の知り得ない何かを知っている可能性がありますわ」
「社交界の、襲撃……」
普段一対一の時以外は言葉を挟まないエスタルが、珍しく反応する。
「あ”?」
「貴方が……」
震えた様子でエスタルはペルナートをきつく睨む。結果として良い方向へと向かったと話していた彼女であるが、あの襲撃で被害を受けているので思う所がない訳がない。
「……そういやあ、あん時切り付けたメイドのガキに顔つきが似てやがんなあ”」
「――っ! 失礼しました……」
一瞬理性を失って前へ出ようとしたエスタルだが、即座に冷静になって伸ばした手を引っこめて謝罪する。
(……? エスタルが襲われたあの時の人は私が倒してる。 その相手はペルナートじゃない筈では……?)
私がそう考えていると、嫌にニヤついたペルナートが口を開く。
「あん時焼き殺した筈だとでも思ってんのかあ”?」
「……そうだけど?」
「滑稽だなあ”。 あん時の一撃はビビったが、咄嗟に幻術で避けて尾行してたんだあ”。 だからそのメイドを切ったのもお前が焼いたと思ってる奴もオレだあ”」
「……」
確かにあの時、手応えみたいなものは感じなかった。幻術を使えるペルナートからすれば顔の偽装は出来るだろうし、まんまとコイツの手のひらの上で転がされていたという事なのだろう。
だが、その後現れたカティによって計画ごと脆くも崩れ去った訳だが……。
「……時間は有限ですわ。 そんな話より今すべき内容に言及すべきではありませんこと?」
「そう、ですね……」
「あ”? オレは口を割らねぇと――」
「ペルナート。 貴方が以前口に零した男と思わしき者を追っていますわ」
「んだあ”、アイツを殺ってくれんのかあ”」
「わたくし達からすれば貴方もその男も倒すべき相手ですもの」
「話が見えないんですが……?」
ディクタニアとペルナートのそんな会話に私が割って入る。
「……一言で申すなら内部分裂ですわ。 同じ組織内でも対立が生じている、それを利用しようかと思い立ちましたの」
「オレからすりゃあ気に入らねぇ奴がおっ死んでくれんなら、奴が不利になる情報は話してやるなあ”」
「……そういう話ですわ。 ハルミヤ男爵からすればこの男は心を許せる相手ではないでしょうが、利用出来るものは使うべきですわ」
「利用利用って、オレはオレの意思で話すだけだあ”」
「……」
「わたくしの見立てでは、ハルミヤ男爵の話すジャムーダという男と、ペルナートが話すダグリスという男が同一人物だと考えておりますわ」
そう言ったディクタニアの目は、ぎらぎらと自信に満ち溢れていた。




