第42話③ 妖精と王女様に連れられて
==杏耶莉=灼天の節・十四週目=エルリーン城・資料室==
「……収穫がなくはなかったけど、決定的な情報もなし、か」
その後もベージルの事件を調べるが、目新しい情報は得られなかった。
司書が選定してくれた資料を片付けるのを手伝ったのち、エスタルに話し掛けられる。
「アヤリ様、何故こうも突然ジャムーダを追い始めたのでしょうか。 チェルティーナお嬢様には話しませんでしたが、わたしにも話してくれませんか?」
「……うん、ごめん」
「いえ、構いません。 アヤリ様の事ですので、きっと話せない事情があるのでしょう?」
「……」
「それに、人手が必要であればわたしなりカティ様なりを頼ってください」
「――カティは駄目!」
カティのあの時の最後の顔がフラッシュバックする。
「……それも、事情を話せない理由にあるのでしょうか」
「……そうだね」
「……」
考える素振りをしたエスタルは、ゆっくりと口を開く。
「カティ様の協力を得ないのであれば、それならそれで別の方に協力を得る必要があるでしょう」
「そうだよね、例えば――痛っ!」
そう言い掛けた瞬間、小さな物体が私の胸に飛び込んで来る。
「やっぱりアヤリさんなの!」
「リスピラ!?」
現れたのはステアクォーツの巫女、リスピラだった。
「ステアクリスタルのけはいがしたからおってきたの! アヤリさんこっちになにようなの?」
「それは――」
そう言い掛けて、あることを思い出す。彼女の故郷フェアルプは一度私やジャムーダと同じ接触者と思われる翼の女王の襲撃を受けていた。
それならば同じ存在である接触者についての情報を得られるかもしれない。
「リスピラ、お願いがあるんだけど……」
「なんなの? いってみるの」
「翼の女王……貴方の故郷を襲った存在について知っている事を教えてほしい」
「……えーと、くろくてわるいのなの!」
「……もっと詳しくお願いできる?」
「んー……とってもわるいのなの!」
「……」
精一杯考えた仕草をした後、同じ言葉を繰り返したリスピラは、珍しく困った表情になってしまう。
「それいじょーはわからないの。 わたしよりサムドラスのほーがくわしーの」
「サムドラスさんって……翼の女王に操られていたっていうあの?」
「そーなの。 アヤリさんがどーしてもっていうならよぶの」
「呼べるの? レスプディアに……?」
「よべるの。 むこーにいくのとこっちにくるのでふつかひつよーだけどかのーなの」
「……お願い出来る?」
「わかったの。 そのかわりあまいおかしがほしーの」
「……準備しとくね」
「りょーかいなの。 いちおーおーじさまにほーこくしないとだからいっしょにいくの!」
そう言って袖を引っ張られる。そんなリスピラは後ろ姿のまま小さく呟く。
「なんか、アヤリさんかわったの」
「変わった?」
「そーなの。 まえよりひかえめなかんじなの。 なんだかえんりょしてるの」
「……」
突然鋭い発言をするリスピラに引っ張られながら忙しいであろう王子の元へと向かった。
……
「――話は理解した。 リスピラ殿の帰還は構わぬ」
「わかったの。 さっそくもどるの」
そう言うや否や、扉の向こうに消えて行くリスピラ。それを見届けると、第一王子ディンデルギナが私に話し掛ける。
「して、其方は何故の行動なのだ」
「……話せません」
「うむ、そう言いそうな顔持ちであるな。 我とて詮索は好まぬ。 だが、生憎手伝える状態でもないのでな」
広げられた各種書類や、彼の目元にくっきりと張り付いた隈からそれは想像に難くなかった。
「お兄様、現地への補填について――ま! ハルミヤ男爵、ここで何をしていらっしゃるの?」
「あ、ディクタニア様……」
丁度そのタイミングで現れたのは、この国の第一王女であるディクタニアだった。
「先の戦いは見事でしたわ。 より一層我が派閥に引き入れられなかったのが悔しいですわね。 それで、今現在もやらねばならない事は多いのですが、暇を持て余しておりますの?」
「……すみません」
相も変わらず棘のある口調が刺さりながらも、彼女は第一王子に見せるべき資料を渡している。
「……うむ、ディクタニア。 お前はアヤリを手伝ってやれぬか?」
「ま! お兄様……、そう言われましてもやるべき業務はまだまだありますわ。 先の戦にて八面六臂の活躍をしたハルミヤ男爵とはいえ、それに割く時間は……」
「叙爵について其方に任せていたな。 それを先延ばしにして構わぬ代わりに力になってやれ」
「そう、ですわね。 あれらの手続きを後回しに出来るのであれば時間の確保は可能ですわ……。 わかりましたわ……、ハルミヤ男爵! 従者共々さっさと付いて来なさい! 時間は有限ですわよ!」
「え、付いて行くって何処に……?」
「当然わたくしの部屋ですわ。 お兄様の邪魔になってしまいますもの」
「……わかりました」
王子やその従者がせわしなく働いている中、彼女の言い分は最もだった。
「ではお兄様、御機嫌よう」
「うむ……」
そう短く挨拶をすると、速足で歩き始めるディクタニアを追って歩き出した。




