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第42話② エルリーン城資料室


==杏耶莉(あやり)=灼天の節・十四週目=エルリーン城・資料室==


 エルリーン城の資料室。様々な情報を取り扱っているこの国で死守すべき場所の一つである。


「おや貴方は、近頃活躍の目覚ましいハルミヤ様、ですね」


 騎士が見張りをする入り口を抜けると、司書の人にそう話し掛けられる。

 因みにこの資料室に入るだけなら貴族爵位があれば特別な許可は必要ない。


「わざわざ出向かれた、という事は何やら訳あり、でしょうか?」

「はい。 過去の重大事件に関する詳しい情報を知りたくて来ました」


 そう私が話すと、モノクルをくいっと持ち上げて不信な表情をされる。


「確かハルミヤ様の爵位は男爵。 近々子爵に位が上がると噂されていますがそれでも下級、閲覧は許可出来かねますが?」

「その許可は貰ってきています」


 私がチェルティーナに一筆してもらった書簡を司書に手渡す。それを丁寧に受け取ると、司書はモノクルの角度をずらしながらそれをさっと読む。


「……えぇ、承知しました。 この国随一の権力を持つレスタリーチェ家のご息女の許可であれば全く問題ござません。 それに、文体から当人の文字でありインクも乾いたばかり、そもレスタリーチェ嬢とハルミヤ様が故意である話は周知の事実。 細かい検査は不要でしょう」

「……そんな一瞬で内容を読むだけじゃなく文体とかインクの状態とかもわかるんですか?」

「えぇ、わたしの専門ですので。 文字にはどうしても特徴が出ますし、インクの匂いがまだ強く残っています。 元々レスタリーチェ嬢の使うこのインクは滲みづらい代わりに特徴的な匂いがします」

「……」


 インクの臭いなど気にした事もない。試しに渡した書簡に鼻を近づけてみたがインクの臭いはインクの臭いだろう。


「して、ハルミヤ様はどの様な事件に知りたいのでしょうか。 特定のものであれば資料をお持ちしますし手伝いますよ。 持ち出しは許可できませんが」

「……え、お願いして大丈夫ですか?」

「えぇ、構いません」

「……忙しかったりしませんか?」


 私の記憶では数か月前ではあるものの、今はあの小規模な争いがあった直後。チェルティーナや王子達は大忙しで私みたいな特例を除いて貴族は皆忙しい筈である。


「わたしがすべき業務はもう終えました。 後は各所から資料が送られて来れば仕事が発生しますがまだ時間がありますので」


 チラっと彼の座っていた机を見ると、チェルティーナが抱えていたものの数倍はありそうな量の書類にサインが施されが仕分けまで終えられている。そして彼は優雅に茶を楽しんでいたらしい。


(仕事が出来る人って感じだ……)


 私としても膨大な資料が眠るこの場所から目当ての物を見つけるのは時間がかかるだろうと思っていた。そういう申し出は正直有難い。


「お願いします」

「承知しました。 それで、お探しの資料は何でしょうか?」

「一周期と少し前に発生したベージルの影霧事件に関する資料をお願いします」


 ……


 司書と幾つかの質問のやり取りをしたのち持って来た資料の数はそれなりの量になった。


「……結構多いですね」

「これでも影霧被害に遭った人物に関するものを始めとした資料は省いております。 あれがベージルの一件で最も多いのでこれでも少ない方ですよ」

「……」

「アヤリ様、手伝います」

「ありが――エスタル、頼みます」

「承知しました」


 見知った相手しか居ない場なら兎も角、公共の場で側仕えにお礼を言うのは上の人間としてはあまり相応しい態度ではないらしい。それを咄嗟に思い出した。


「……別にこの場で外聞は気にせずとも構いませんよ。 わたし自身そういったものに疎いですので」

「え、あー。 はい、助かります」

「いえいえ」


 そうして資料に手を付け始める。


「……」

「……」

「……」


(うっ……、結構死者が出てるんだ)


 主に私が絶断の剣による治療に気が付く前ではあるが、その犠牲となった人間は数多い。私が早く気が付けばと思わなくもないが、元々私が到着したのはそれなりに時間が経ってからであるので仕方ない部分も大いにある。


「……」

「……」

「……」


 影霧に関する特徴を病気として記載もされていた。それ以前にも発症者こそ出て来ていたが、あれだけ大規模な感染はなかったので詳細な情報が得られたという事なのだろう。

 だが、影霧についてなら接触者として知識深い私からすれば疑問に感じる部分が多かった。この記載が誤りであるは思わないが、そもそも影霧とは力の源であって細菌の類とは少し違う。それに触れた事で意思みたいなものは流れてきたが影霧そのものに意思が備わっている訳でも、この記載みたいに感染が広がる病気としての特徴には違和感があった。


(もしかして、これは影霧の能力……?)


 私が自らの体を影霧に変換したり、影の剣を生成できたりするみたいに別の接触者が個々に能力を行使出来るなら、感染させる能力を使えるなら説明が付く。


「……アヤリ様、該当の資料と思われる部分を見つけました」

「――っと、見せてエスタル」

「どうぞ」


 渡された資料には、外出禁止令が発令されているにも関わらず出歩いていた人のリストが存在した。そして、幾つかの騎士隊が似た男性について報告していた。


「やっぱりこれって……」

「……多少証言に違いこそありますが、恐らく同一人物かと思われます」

「ジャムーダ……」


 私も目撃した男性と特徴が一致していた。私の場合、スラム街に入った所で出会ったあの怪しい男性である。


「ここまであからさまで資料に残ってるのに、誰も不振に思わなかったのかな? ジャムーダを調べて影霧の発生源を調べるとか……」

「ハルミヤ様、当時はこの城への襲撃があったのでそこまで詳しく追う事は難しかったのかと」

「……」

「そう、ですよね」

「それに、影霧の発生源は判明しております」

「どこですか?」

「これですね」


 そう言って司書が渡してきた資料には、裂け目から発生していたという記述があった。


「裂け目……」

「えぇ、この情報から影霧は別世界からの侵略であると判断出来るでしょう」


 侵略というキーワードと、あの時流れて来た影霧の意思と呼べる何かが私の中で繋がった。


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