第--話④ 流転
==杏耶莉=雨天の節・三週目=マクリルロ宅・研究室==
「全てを解決する方法って、どういう意味?」
私がマークに尋ねると、彼にオウム返しで返される。
「そのままの意味だよ。 全てを解決させるんだ。 キミが暴走してから後に起こった何もかもをね」
「ど、どうやって?」
「……それはこれだよ」
そう言って取り出された鈍い光を放つ一つのドロップをマークは取り出す。
「……これを使えば、キミに関わる因果を変える事ができるだろうね」
「本当に……?」
信じられない事を言うマークに、再三になる疑問を投げかける。
その取り出されたドロップは、他の何とも違う特別感こそあった。
(それにこの感覚、どこかで……)
その既視感に近いそれを思い起こさせる。
「……恐らく、キミが感じてるのは影霧だろうね。 これを作り出した源であり、唯一不完全と呼べる部分だね」
「影霧……」
「そう、この浄化の貝殻と命名したこれによって作り出したんだよ」
「浄化の貝殻って、宿理さんが持ち込んだっていうあれ?」
「うん。 それを使ってこの町一帯の影霧を浄化して利用したんだよ。 その所為で浄化の貝殻は粉々に砕けてしまったんだけどね」
そう言って取り出したのは、バラバラになってしまった貝殻らしき残骸だった。以前見かけたそれとは違い、神秘的なものもまったく感じられない。
「お陰で別の地域と比べ、本当に一時的にだけど動き回れるだけの濃度に影霧の量が薄れたんだ。 それによって彼女はここまで辿り着けたんだろうね」
「……そんなに、一瞬で影霧が広がったんだ」
「だろうね。 キミが集めた影霧の総量が殊の外多かったみたいだからね」
「……どういう意味?」
影霧の量、という意味について訪ねる。
「……やっぱり、気付いていないんだね。 キミが二つの世界で行った行為によって凄まじい量の影霧が生み出されたとボクは推察しているんだ」
「そう、なの?」
「キミが起こした現象は、明らかに斬った相手を影霧へと変換していた。 にも関わらず、キミから影霧の反応は殆ど検知出来ない。 そして、これだけの量の影霧が放出された。 それならキミが生み出した影霧を誰かが利用したと考えるべきじゃないかな」
「……それって、ジャムーダだったりするの?」
「それは知らないよ。 でも、現時点で話を聞く限りはその可能性は高そうだね」
「……」
自分の能力を把握していないとは情けない事この上ないのだが、よくわからないけど斬った犯罪者は消えていた。それが傍から見れば影霧になっていた様に見えていたらしい。
「まぁ、そんな事はどうでも良いんだよ。 キミがボクの想定通りに動いてくれるならね」
「……何をすれば良いの? それに全てを解決させるって、本当に全て?」
「だからそう言ってるだろう? この、ドリームドロップを使ってね」
「ドリームドロップ!?」
先程マークが取り出したそれが、どんな願いでもかなえられるドリームドロップなのだと彼は話す。
「それを使えば……」
「そう。 全てをなかったことに、時間の巻き戻しが可能だろうとボクは考えているんだ」
「時間の巻き戻し? タイムトラベルするって事?」
「タイムトラベル、というのはキミだけが別の時間軸に遷移する事象だね。 でもそれだけだと今居るこの世界はパラドックスの分岐となって救われない。 だからこの世界ごとやり直すんだよ――正確にはこことキミの世界……そして、関わりのあるフェアルプもかな。 その三世界を巻き戻しすると考えてもらえれば大丈夫かな」
「……そんな事が可能なの!?」
とても信じられない内容に私は驚く。それが実現できれば、彼の言う通り全てを解決する事も可能だろう。
「……ボクの立てた仮説に則れば可能と呼べるね。 その為には制約も多いけれど」
「制約……」
「順を追って説明するよ。 先ず一つ、時間を巻き戻す際に保持するのはキミ一人の意識のみだよ」
「私の意識以外は元に戻るの?」
「そうだね。 条件は絞った方が軽くなるからね。 ……次に二つ、こうした行為は世界へ多大なる負担が掛かる。 だから何度も繰り返せる、やり直せるとは思わない様に」
「……何度もやり直したいとは思わないけど……」
「それはそうだろうね。でも、チャンスはこの一回だと覚えておいてもらうね。 ……そして最後に三つ、これは二と同じ理由だけど、この巻き戻しはボクを含め誰にも話さない。 仮に時間が巻き戻り元に戻ったとしても世界に蓄積された負担はたった数節戻すだけでも五百年は痕跡が残り――っと、別に詳細は小難しいから省くけど……そんな理由もあってキミは誰にも説明出来ないとだけ把握してもらえるかな?」
「話したらどうなるの……?」
「最悪世界が崩壊するかもしれない、かな。 ボクの知る記録でも正確な情報はないから確証はないけど、危険は少しでも排除すべきだからね」
「……わかった、話さないようにする」
「そうしてもらえるかな。 ……以上がこれを成す上での制約だね。 この三つを守ってほしいかな」
そう話すマークは、ドリームドロップを私に手渡す。
そんな折、私はある事を思い出して恐る恐る尋ねた。
「マークの目的って、これを作る事だったんじゃなかった? 私が使っても良いの?」
「……ん、あぁ。 それは先程話した不完全な部分が由来しているんだ。 どうやら影霧の痕跡が強く残りすぎて、キミみたいにの接触者――影霧が操れる者でなければ使えない代物らしくてね」
「そうなんだ……」
「ボク自身が使えなければ意味がないんだよ」
やはり、マークにはこのドリームドロップを使って叶えたい何かがあるのだろう。初めて見せる彼の表情にそれを感じさせられる。
「あと一ピース足りない。 浄化の仕方が悪いのか、それとも……。 ボクが欲しいのは完全なドリームドロップだからね。 一度はキミに譲るという訳なんだ。 ……時間が巻き戻ってキミが成功させれば、不完全であってもこれは当分作れなくなるだろうけどね」
「……」
私の行動が変わり、ジャムーダを止めれば大量の影霧は出現しない。そうなれば鈍い光のこれすら手に入らないだろう。
「……キミの質問は以上かな?」
「うん……」
「じゃあそれをディートして、強く願うんだ。 キミが動き始める機転へと――」
「……」
私はこのドリームドロップを口にする。その瞬間、曖昧ながら大量の情報が私へと入り込んで来る。
(これは、世界の記憶……?)
暖かい記憶、冷たい記憶……。そんな抽象的なそれの中で私は手を伸ばす。
(あの日へ――)
「アヤリ、あとは頼んだよ」
マークの言葉を聞きながら、私の意識のみを残して世界が、皆が巻き戻った。
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「杏耶莉もそう思わないか?」
「……へ?」
気が付けば私は、自宅へと戻っていた。
「……へ? じゃなくて、デカい休みだったってプラスに考えりゃ多少は気楽に……ってお前どうしたんだよ!?」
目の前には瑞紀と宿理が立っていた。そして私は涙を流していた。それと同時にあの瞬間の光景が……ジャムーダに刺された二人が脳裏に浮かぶ。
(あの日に戻ったんだ……)
少なくとも、私の感覚ではそうである。だが一連の出来事も全て記憶に残っている。
「やっぱり平気そうに見えて、さっきまでの戦争はつらかったんだな……」
「……え? ――いや、大丈夫だよ」
(そうだった。 この日はあの戦いが終わって戻って来た直後だ)
あの出来事は私が動く切っ掛けになっていた。だからこそ数節前の出来事であるが、鮮明に覚えている。
私がそう考えていると、二人は何やら小さく会話を交わしたのちに私へと声を掛ける。
「んじゃ、やることもあるし……今日はお暇するぜ」
「私も右に同じ、帰路に付かせていただきます」
「……わかった。 それじゃあ明日」
「おう、明日な」「はい」
そうして二人と別れる。
(誰にも巻き戻りについては話せない。 私がやるしかないんだ!)
ジャムーダを倒す。その目標を胸に、私は準備を始めた。




