第--話① 敗走
==杏耶莉=雨天の節・三週目=エルリーン・南中央道==
私はカティの拘束を解かれると、瑞紀に手を差し伸べられる。
「ほら」
「うん――」
私がそんな彼女の手を取ろうとした瞬間、瑞紀の背後から鋭い物体が彼女の心臓を貫いた。
「……は? ――んだ、これ……」
そして、その物体が引き抜かれると、瑞紀地面へと崩れ落ちる。
「瑞紀!!! 瑞紀!!!」
向こうが見えるぐらい大きく空いた彼女の風穴からは、とめどなく血が溢れる。私はそれを必死に止めようとするが、そんな努力も空しく血溜まりが広がる。
「瑞紀!!! ねぇ、しっかりして!!!」
生気の失われていく彼女の目は、抱き抱えた私へと向けられる。
「良かっ、た――」
「瑞紀――!!!」
そして最後に、彼女は『がくん』と項垂れた。
「春宮さん……」
「……」
涙声の宿理の声を聴きつつ、私はそっと彼女を地面に降ろす。そして、それを行った元凶とも呼べる存在に意識を向ける。
「……ジャムーダ」
私が闘技大会で当たるも、不戦勝となったあの男性である。
「何だ、その名前……。 あー、あん時の大会の名か。 そういやあそんな名前で登録してたな」
怒りを抑えながら短く名前を呼ぶも、対照的に気楽そうな返答を返される。
「何で――何で瑞紀を殺した!」
「あんだけ殺しまくっていた奴が今更一人死んだぐれぇで喚くな、みっともねぇ」
「答えて!」
全身黒色のこの男性は、面倒そうにしつつも私の問いに答えた。
「折角面白くなってたのに、結末はお友達ごっこってのはつまらねぇ。 こうでもすりゃあもう少し遊べると思ったんだが、どうやら読みは外れたな」
「面白く……? どういう意味なの!」
「こういう意味に決まってんだろ――!」
そう言ったジャムーダは、地面から鋭い物体を出現させると、それを宿理へと向けた。
「――――ぁ」
鋭いそれが今度は宿理の喉へと突き刺さり、勢い余って地面から数センチ浮き上がる。
「宿理さん!!!」
悲鳴すら上げられず、小さく呻いた彼女は、鋭い物体が引き抜かれると、地面に落ちる。
「何で――」
「ちったぁマシな表情になったじゃねぇか」
「ジャムーダ!!!」
私は、影剣を生成すると、それをジャムーダへと向けた。だがしかし、全身全霊でその剣を振るったにも関わらず、その手ごたえは感じられなかった。
「斬れない!?」
「んなもん、効かねぇよ」
まるで霧でも斬っているかの如く、立っている彼に攻撃が通用しない。それならばと、取り出したドロップをディートし、生成した剣を使う。
「はっ!」
「だから意味ねぇっ、て!」
「うわっ!」
これまで何でも切断できた私の絶断の剣すら通用せず、私は蹴りを入れられて思い切り吹っ飛ばされる。
「やっぱ圧倒的すぎて面白くねぇな。 適当に終わらせて次に行っちまうか」
(次……?)
そう不穏な言葉を発するジャムーダに、意味はわからないが不穏なものを感じる。
「……逃げろ、アヤリ」
「カティ! ……って、その傷は!?」
先程から大人しかったカティに目を向けると、額に脂汗を滲ませ、口元から手足にかけて、全身から流血していた。
「これは彼奴にやられた訳じゃない、聖剣の代償だ。 あれは生命エネルギーを酷く消耗するからな」
「そ、そんな……」
生命エネルギーとかいう託宣のドロップを使った時と同じものを消費するらしい。
私を止める為に使ったあれ程の強大な力だ。それに見合う代償があったという事なのだろう。
「私の所為で……」
「そんなのどうだって良い。 それよりアヤリは逃げろ!」
「逃げろって、どうやって!? それに、カティはどうするの?」
「俺は奴を足止めする。 万全の状態でも勝てそうにないぐらいだが、しないよりはマシだろ。 それに、どの道俺はもう長くないしな」
「そんな事できる訳――」
「LOVEな奴に最後ぐらいかっこつけさせてくれ」
「そんな冗談を言ってる場合じゃ―」
「あとはリスピラ、頼んだ」
「……わかったの! あのひとはつよすぎてかてないからにげるの!」
「ちょっと待っ――」
その直後、私はリスピラの手によって転移した。
――
転移先した地点は、瑞紀の家だった。どうやら赤野はタイミングからして留守らしい。
「リスピラ! 今すぐさっきの場所に戻って! それか、また使えない状態にしてる私のステアクリスタルを開放して!」
「それはできないの。 あのひとにはだれもかてないの」
「勝てないって……」
確かにジャムーダには、一切の攻撃が効かなかった。だが、それだからと言って、私だけが逃げる訳にもいかない。
「あのひと、フェアルプをおそったいちばんつよかったおんなのひとのなんびゃくばい、なんぜんばいもくろいのいっぱいだったの」
「黒いの……影霧が?」
影霧を操れる私だが、それを感じ取る力は乏しい。対してリスピラはかねてよりそれを敏感に感じ取っていた。
「だからって……カティを見捨てられない。 それに、瑞紀も宿理さんも……」
「あのふたりはもう――」
「そんな事ない!」
まだ間に合う。そう信じて小さな体のリスピラを揺さぶる。
「私を説得してくれたみんなを……私が、私が……見捨てないといけないの……?」
「アヤリさん……」
冷静に考えれば、致命傷を受けていた瑞紀と宿理が助かる見込みは圧倒的に少ない。それに、万全の状態ではなく、酷く消耗していたカティも同じだろう。だがそれでも、諦める訳にはいかなかった。
「……そうだ! マーク。 マークを頼ろう。 あれだけ進んだ技術を有する彼なら、きっと……」
「……たしかに、マークさんならなんとかできるほーほーをしってるかもしれないの」
「それなら!」
「わたしのステアクリスタルはさっきつかったから、アヤリさんのをかりてすぐにむかうの」
「うん!」
私は最後の望みに掛けて、マークが居るという彼の自宅へと向かった。




