長い時間を掛けてようやく友人を捉えた件について part3
==瑞紀=雨天の節・三週目=エルリーン・南中央道==
杏耶莉は自らの手首を自傷、リストカットする。そのから想像を遥かに超える勢いで噴き出したのは、赤色の鮮血ではなく、黒色の靄らしき物体だった。
「影霧、なのか……?」
「そう、その通り! 私の最後の能力は、体を削って影霧の補充ができる能力なんだよね。 だから、本当の本当に致命傷とかじゃなければ、寧ろ強化されるから、考えて攻撃してきてね?」
「お前……」
それはもはや、人間と呼べる存在かどうかも怪しい。そんな怪物に成り下がった友人の姿を見て、わたしは無意識に拒否反応を起こしていることに気が付く。
(――って、違うだろ!? アイツから逃げたってどうにもならねぇ! わたしがすべきなのは、アイツを元に戻すことだ!)
わたしは再度矢を番える。そして、ゆっくりと杏耶莉に狙いを定める。それと同時に、短剣を再生成で回収したカティも、アイツを止めに戦闘を再開している。
「ん……。 それ、結構邪魔かな」
そんなカティの攻撃をいなしつつ、わたし目掛けて剣を振るった。
「――チッ!」
「六笠さん!」
「……避けれたから無事だ」
あの遠距離を斬り裂く攻撃を放たれるも、なんとか回避を成功させる。だがその代わりに、一度集中していた状態と、チャージした弓矢を同時に失う。
(この距離、雨が降ってるのもあって、チャージしねーと命中させれる気がしねーんだけどな……)
あの影霧の補充とやらを行ってから、目に見えて杏耶莉の動きが高速化している。拮抗していたカティの動きを上回って立ち回り、わたしへの牽制も適度に放ってくる。
「クソっ! 完全に後手後手だな」
「……あれだけの余裕があるのであれば、私やリスピラを狙って来てもおかしくないと思うのですが……」
「んなもん知らん! 考えるだけ無駄だろ!」
地面や空中に設置した影霧の足場を利用した跳弾によって、立体的な軌道でカティを翻弄する。あの武器の仕組みは知らんが、少なくともアイツがドロップで生成する剣と同じ切れ味を持っているので、一撃が命中=死と考えて相違ないだろう。
そうして暫く攻防を続けたのち、近接で戦闘を繰り広げていたカティがわたし目掛けて叫ぶ。
「間違いなく今のアヤリは俺の格上だ! 奥の手を使うから、時間稼ぎを頼む!」
「奥の手!? そんな便利なのがあんなら、最初から使えよ!」
「出来れば使いたくなかったんだよ……」
悪態を付きつつも、わたしは懐から薙刀のドロップを取り出して、宿理に合図を送る。
「交代の支援は頼んだ!」
「承知しました」
宿理は飛び込んでくるカティと杏耶莉との間に炎の壁を生み出す。その隙にディートしてコイツとわたしは対峙する。
「今、あえて追わなかったな。 どういうつもりだ?」
「……本当ならアンタ達は犯罪者じゃないから消したくないんだよね。 だから、大人しく見逃してほしいんだけど……」
「はいそうですか、ってわたしが言う性格だと思ってんのか?」
「だよね……。 けど、そんなの持って私とやり合えるの?」
「……無理、だろうな」
わたしが手にしている薙刀のレベルはコイツに比べれば大した精度じゃない。寧ろ、先程までカティとコイツで繰り広げられていた数段上の戦いに食い付くのは無理だと肌で感じていた。
「じゃあ、もう止めようよ。 私が犯罪者を全員消せば、世界は平和になるでしょ?」
「……お前、本気で言ってんのか?」
「本気だよ。 言葉じゃなくて、行動で示してるでしょ?」
「あれを見ても……なのか?」
わたしが指さした先には宿理が生成した氷の壁があり、その向こう側には先程杏耶莉が殺した幼女の母親が未だに現実を受け止め切れずに崩れている。
「あれは、あん時のお前と何が違うんだよ!?」
「あん時?」
「そうだよ! お前の家族が襲撃された時の、残された者の姿だろ!? わたし達が味わった喪失感だろ!」
「……違うよ。 全然違う。 だって、あの女の子は犯罪者だったでしょ?」
わたしが全力で訴えるも、顔色一つ変えずに杏耶莉は答える。
「悪い人がその報いを受ける。 そんな本来あるべき姿に世界を変える。 被害を受けた人も罪を犯した人も救済する。 それが私がすべき事なんだよ」
「お前が犯罪者ってのを憎む気持ちはよーくわかる。 けど、その線引きをするのは国であって、当人同士であって、お前じゃないだろ!」
「……それが誰に対しても平等に、正しく行われるなら、きっと良い世界なんだろうね。 でも、そうじゃないでしょ?」
普段後ろで縛っていた、長い垂れてしまった髪を掻き揚げながら、杏耶莉は続ける。
「地位があって、立場が違って、正しく裁かれない人。 嘘や虚言、偶然はたまた無意識によって罪から逃れる人。 冤罪、逃亡、証拠不十分。 そんな不確定な制度に頼らなくても、私なら全犯罪者を判別できる。 それを使わない理由なんてあるの?」
「……だからって、お前が何もかもを決めるのは筋違いだろ!」
「違わないよ。 だって、これは世界の意思。 数多の世界が望んだ事だから」
「な、何を言って……」
「そう、頭に流れ込んで来るんだ! 争いをなくせ! 全てを一つにって! これが、影霧に触れた者だけが知る世界のあるべき姿! あははははははははは!」
狂っている。否、狂わされている。わたしの知る春宮 杏耶莉という人物は、こんな事を言う人物ではない。
「――あんまり影霧に魅入られた奴と会話しない方が良い。 意志の弱い人間は取り込まれるぞ」
そう言ってわたしと杏耶莉の間に割り入ったのは、その手に光球を漂わせたカティだった。どうやら、わたしの時間稼ぎは一度も刃を交えずに成功したらしい。
「あとは任せろ」
「ふーん、それがカティの奥の手? 何も感じないけど……」
「だろうな、まだこいつは眠ってる。 でも、俺にこいつを抜かせたからには勝たせてもらうぞ」
「それは一体なんだ……?」
わたしの問いかけに答える様に、眩い光を放つそれを、カティはこう呼んだ。
「聖剣ブレイサード。 名前は後世で名付けられた、これが勇者の最終兵器だ」




