長い時間を掛けてようやく友人を捉えた件について part2
==瑞紀=雨天の節・三週目=エルリーン・南中央道==
(雨が激しくて、矢が真っ直ぐ飛ばねぇよなこれ……)
庇ったリスピラを優しく手の平に乗せ直しつつ、わたしはそう考えながらアイツを見る。
「俺が先行する――」
そう短く発したカティが杏耶莉へと迫る。
対するアイツは、余裕そうな表情でもって、カティを見ていた。
「……よっと――」
そうして距離を詰めるカティに向けて、黒い剣を何度も振る。明らかに離れた距離だが、その軌道上から避ける様にカティは飛び回って回避した。
アイツは遠くを斬れる技をカティに向けて使ったのだろう。カティが居た地点に降り注ぐ雨が剣を振る度に左右に斬られて飛び散っている。
「……やっぱりカティは強いね」
「……」
杏耶莉は取って付けた様な誉め言葉を発した後、最後とばかりに大振りに剣を横凪に振るった。それによって逃げた奴等が残していった雨避けらしきテントなんかが大きく斬られる。そんな一撃をカティは滑り込みで姿勢を低くして回避した。
その後、ディートからの生成で槍を出現させたカティは、迷いなく杏耶莉に突きを放った。それに応戦する形でアイツも剣を振るが、カティの凄まじい槍の一撃を防げそうにない。
(――っ!?)
そんなわたしの考えは容易く裏切られた。アイツが手にしていた黒い剣が獣の口みたいに広がると、放たれた槍を包む――否、飲み込んでしまう。
「私が使い易いからって剣の形をしてるけど、別に剣じゃないとって訳じゃないし……」
以前形を成す過程を見た時とは逆再生みたいに、アイツが手にしていた剣だったそれは槍どころかカティすら飲み込まんとする大量の影霧だった。
「くそっ……」
予想外の動きにカティも咄嗟の対応が遅れる。そうしてカティが避けきれずに飲み込まれそうになった瞬間、天から鋭い落雷がカティと杏耶莉の間へと直撃した。
「援護します!」
両手を前に向けて構えた状態の宿理がそう発する。状況や適性から鑑みるに今の雷は彼女の仕業だろう。
(わたしも傍観してる場合じゃねぇな)
そう思ったわたしは、隣で構えている宿理にリスピラを引き渡す。
「リスピラは頼んだ」
「……え?」
「お前は後方で最低限、アイツが逃げない様にだけ警戒しててくれ」
「ですが……」
「んな顔する奴に攻撃を任せられるか」
強力な雷を放った宿理の足は小刻みに震えていた。この雨で単に寒いだけに見えなくもないが、長い事待っていた間にこうした反応はしていなかった。
恐らく、人に向けて攻撃したのに対する拒否反応だと推測される。かねてより度々荒事は苦手だと話している彼女らしいっちゃらしいのかもしれない。
(素質だけはあるのに、勿体ねぇな……)
戦いの才能とそれに向いている性格が両立するとは限らない。それを実感しながら、わたしは両手がフリーになった状態から一度消失させていた弓を再生成した。
(集中しろ……)
自分にそう言い聞かせると、わたしは矢を番えて構える。ただ真っ直ぐに杏耶莉を見据えて、それを引き絞る。
遠景では、槍で杏耶莉とやりあっているカティの姿が時折視界に入る。それでも尚、アイツを見る事だけに注力する。
(研ぎ澄ませ……)
隣では宿理が何か気合を入れると、わたしを含めた広い範囲に円形の氷の壁を生成した。アイツの剣では大した足止めにはならないかもしれないが、それでも万全を期す為にこの大規模なステージを用意したのだろう。
だが、わたしはそれにも動じず、ひたすらに杏耶莉へと目を向ける。
(ここで決めんぞ、六笠 瑞紀……)
自らを鼓舞して、その一矢に全てを掛ける。視界には獲物を別の何かへと変えたカティが視えたが、それすら無視して弓を構え続ける。
あんな武器を振り回すアイツを長時間止められるのはカティだけだ。それに、その気になればわたしも宿理も一瞬で杏耶莉の剣の錆にされるだろう。油断している一撃が唯一のチャンスだった。
(……多分、これが限界だな)
最大まで引き絞った弦を指力にて固定する。その後は、瞬間を唯待った。確実に命中する動きが止まる瞬間を……。
(…………――ここだ――!)
アイツがカティの攻撃を避ける瞬間、ほんの少しだけ跳弾した着地地点へと偏差を意識しながら矢から指を離した。
私の放ったその一撃は、降り注ぐ雨を巻き込みながらも高速で、それでも勢いが衰えることなく吸い込まれる様に一直線に杏耶莉へと突っ込んだ。
「なっ――!?」
咄嗟の横槍に、杏耶莉は体を捩じって避けた。だが全てを避けられずに、引くのが一瞬遅れた左肩を抉って矢は飛んで行った。
貫通弓矢とわたしが命名した専用スキル。これを最大チャージでお見舞いしたのだ。
そして、コイツを相手取っていたカティがそんな無防備な隙を逃す筈もなく、杏耶莉は彼の手にしていた短剣の投擲を膝に受けた。
「……その足じゃ、ろくに動けないだろ? 出来れば潔く降参してくれ、アヤリ……」
「……」
傷を受けた方の足を庇い、右腕は黒い剣を杖代わりに何とか立っている状態の杏耶莉に、カティが悲しそうな表情で手を差し伸べる。
「……何かが変です」
「は? 何が――」
その瞬間、少しずつ近寄っていたカティの油断を突き、杏耶莉は肩にわたしの一撃が命中していた左腕から針みたいな何かを投擲した。
最後まで気を抜かなかったカティは避けるものの、投擲されたそれが頬を掠って血が流れる。
「っ、そうです! 春宮さんは、この戦いで一度も流血していません!」
「な、なんだって!?」
そう言われれ見ると、その通りである。わたしとカティの一撃を確実に食らっているアイツだが、カティみたいに流れた血が雨水を伝って滲む様子は一切なかった。
「……これで終わり?」
杏耶莉は、カティが投擲した短剣を構わず自らの体から引き抜くと、それを自分の手首に添える。
「それじゃ、第二ラウンド行こっか?」
そう言った杏耶莉は、その短剣で手首を深く切り裂いた。




