長い時間を掛けてようやく友人を捉えた件について part1
==瑞紀=雨天の節・三週目=エルリーン・南中央道==
あの会議から、実に長い事杏耶莉を見つける事が出来なかった。
よくわからん上空アートという縛りを解禁したアイツは、かねてよりの目的である犯罪者抹殺計画を本格的に始動した。
それによって、あっちの世界なら日本以外、こっちでもレスプディア以外の国や地域で際限なく活動していて、とてもじゃないがリスピラがステアクリスタルを制御出来る距離へと近づく事さえままならなかった。
こうした動きは全てマークが確認しており、それらの統計から近々レスプディアにも戻るであろう可能性が高い決戦の日がついにやって来た。季節も風天の節から炎天の節を飛び越えて雨天の節に突入していた。
この季節は、殆どの日で規模の違いこそあれ雨が降るらしい。流石は雨天の節と呼ぶだけの事はある。
「……本当に、間違いないんだよな?」
「はい。 マークさんの話によれば、この地点に現れる可能性が最も高いと仰っていました」
待ち惚けだけは勘弁だと宿理に確認を取るが、そう返されてしまう。
激しい大粒の雨が降るエルリーンの町では、いつも通りの活気溢れる市場が広げられていた。この国の住人からすれば毎回の事であり慣れているのだろうが、この土砂降り雨の中長時間立ち尽くすのは非常につらい。幸い日本と違って湿度は高くないので、屋根に入れば意外と乾くのは早かったりはするので風邪をひく心配は薄そうだが。
「……わたしがあめにあたったらしんじゃいそーなの。 あまよけをてってーしてほしーの」
「それなら揺らさないでくれ……」
カティの頭に乗ったリスピラが、そこを『びしばし』叩きながら忠告する。
(どんだけの被害が出るんだろうな……)
目の前で行われている市場に杏耶莉が来て避難する様にという勧告はされていない。万が一そうした大きな動きでアイツの動きに変化が出るとマズイからだそうだ。
「――嫌な予感がする!」「はんのーをかんじるの! たぶんくるの!」
わちゃわちゃしていたカティとリスピラが同時に動きを止めると、これも同時に警戒を発する。
「うし、気合入れっぞ!」
わたしと宿理もドロップを取り出し、アイツが現れるのに備えた。
「どこ、だ――」
「あそこなの!」
少しの間の後、リスピラが指さした建物の屋根の上に長年の友人の姿があった。
「……」
やっと見つけたアイツは、わたし達には見向きもせずに無言で周囲を見渡している。どういう構造なのか、傘も差していないのにその体は濡れる様子が一切ない。
(弓で狙い撃つか? けどまだリスピラが制御できる範囲にないから――)
関心を向けられていないというのは癪だが、気付かれていないのは僥倖だ。と、もう少し様子を伺うべきではないかと考えていた瞬間、突如目にも止まらぬ速度で屋根から降りると、どこかに向かって駆け出した。
「チッ、追うぞ!」
「はいっ!」「あぁ」「なの!」
そんな杏耶莉は、人混みを掻き分けて進んだのち、ある露店の前で止まった。
「くそっ、間に合え――!」
シチューみたいな食い物を売っているその露店では、以前ランケットの集会場の酒場で働いていたという幼女が客寄せをしていた。娘と母親二人で切り盛りしているそんな店の前に立った杏耶莉は冷たい目でその子を見た。
わたしは嫌な予感がして、手にしていたドロップをディートしてからの即生成で弓を構えるが、大勢の人混みで狙いようがない。
「いらっしゃいま、せ……ぁ!」
「……」
「あの時のお姉ちゃん。 お久しぶり、で――」
「さよなら」
アイツは躊躇なくその幼女の首を切断し、その体が消えていくのをアイツは眺めていた。
当然我が子をいきなり失った母親は悲鳴を上げて、近くに居た人々は蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。
「……とらえたの!」
「でかした!」
リスピラのその言葉を聞いたわたしは、再度弓を構えて矢を放った。
何を考えているのか皆目見当も付かない状態になっている杏耶莉は、そこで初めて、わたし達の存在に気が付いた。
「……ふーん。 やってくれるね」
そして、首から下げているステアクリスタルが使えない状態となっている事に気が付いたらしく、コイツらしくない厭らしい笑みを浮かべて剣を向ける。
「春宮さん! 何故……何故その子を殺めたのですか!?」
絶望の状態でその場に崩れる母親を見ながら、怒り混じりに宿理がそう言い放つ。
「……え? 決まってるでしょ。 犯罪者だからだよ」
「犯罪者って……」
「結構前なんだけど、窃盗未遂及び詐欺罪で判決は死刑。 わかり易いでしょ?」
「何を……」
「私は過去と現在、罪を犯したかどうかがわかるって話はしたよね? だから死刑なんだー、あははははははははははは!」
「お前……」
わたしは当時の事は知らないが、その酒場で働く前は盗みをし掛けた事があったらしい。その縁もあって酒場の給仕を止めた後に始めたそこの露店で、ランケットの奴が偶にそこで食い物を買ったりしながら可愛がられていたのを遠巻きに見ていた。そんなやり取りに、犯罪だなんだという印象は一切ない。
「お前の基準では、その程度の罪でも殺すってのかよ!?」
「――はははは、は……。 そりゃそうでしょ。 罪に重いも軽いもないでしょ。 その方がはっきりするし、判断も簡単♪」
「んな勝手な――」
わたしがそう言い掛けると、静観していたカティが一歩前進してから腕を横に出して静止する。
「無駄だ。 もうあのアヤリは俺達の知るアヤリじゃない。 そうだろ?」
「んー……? その反応、カティも近い感じなのかな?」
「ちょっと違うな」
「へー、そうなんだ……」
自分で質問しておきながら、その回答に興味なさ気に返事をする。弄んでいた剣を地面に突き刺すと、コイツは指を指しながら面倒そうに話す。
「みんなと話すのも飽きちゃった。 それで……リスピラがこれ止めてるんでしょ、ステアクリスタル?」
「……そう、なの……」
「うわー苦しそー。 今楽にしてあげるよ――」
「危ねぇ!」
その言葉と同時に、地面に突き刺さった剣の先が、リスピラが飛んでいた真下から突き出す。それをわたしが間一髪両手でリスピラを抱えて回避した。
「……やっぱ野生の感が働くのか、よく避けるね」
「……これでも付き合いは長いからな。 お前の考えなんてお見通しだ」
全力でステアクリスタルを止めているリスピラに気を配りながら、戦いの火蓋が切られた。




