第6話③ 燃える一撃と第七隊の騎士・お転婆嬢
==杏耶莉=エルリーン城・城内通路南側==
社交界の会場を出て暫くすると、人が疎らになり押し合いへし合いの状態を気が付けば脱していた。理由は走行距離の違いで、慣れないヒールを履いた私は最後尾に近い位置で場内を走っていた。
「国の膿たる貴族に裁きを!」
そんな中、空間を突き破る様に黒フードの男性が現れる。そして手を前に構えると、ドロップで生成したであろう鋭い岩石を逃げ惑う貴族の群れへと放った。
「キャアアァァァ!!」
その岩石が一人の女の子に直撃する。その女の子は会場で料理に目を奪われていた小さなメイドだった。その子からは真っ赤な血が飛び散り、受け身を取る余裕もなく倒れた。
そしてその岩石を放った男性は目元こそ見えないものの、その口を歪ませて笑ったのが見えた。
「――!?」
その男性が人を傷つけることを喜んでいる。そんな事実に気が付いた瞬間から、私の中で何かが燃えるような感情に陥る。
(何で? 何で人をそんな簡単に傷つけられるの?)
床に臥せったメイドの女の子を助けようとする者はおらず、自らの安全を第一に逃げ惑うばかりだった。
周囲に騎士の姿はなく、フードの男性は呆然と立ち尽くしていた私に目をつける。
「穢れし民に死の救済を!」
私は手に持っていた火のドロップをディートすると、怒りに任せて炎をそのフードの男性へと思い切り放つ。
「――――っ!!!」
通路を覆い隠す程の炎が一瞬だけ現れるが、それはすぐに消滅する。そしてその場には、ひび割れた壁とフードの男が居た位置に黒い焦げが残るのみだった。
「はぁ……、はぁ……」
ドロップ使用時に感じた火を操れるような感覚は既に消失しており、その代わりに強い疲労感を感じる。
人を殺した。その事実は認識できているものの、怒りの感情はまだ残っているし、間接的な手段だったので罪悪感はなかった。
(この国の法律は知らないけど、明らかに犯罪者だよね、この人)
そう考えると、寧ろ溜飲が下がる感覚すらあった。
「大丈夫ですか!?」
気が付けば、背後から鎧を着た騎士の男性に話しかけられていた。三人で移動してきたのか、その内の一人が倒れたメイドを介抱していた。
「私は大丈夫です」
「そうですか。 巨大な火球が見えたので急いで駆け付けたのですが、そうならば幸いです」
「……」
私が放った炎の痕が、壁や床にくっきりと残っている。一瞬黙っていようかと迷ったが、正直に話すことにした。
「すみません。 その見えたという火球は、多分私が使ったドロップです」
「……そうでしたか」
「壁とか壊しちゃってすみません」
「……状況から察するに、かの集団を撃退するためだったのでしょう? 場内がこの惨状ですので、大事にはならないと思われますよ」
その言葉を聞いて安心する。「弁償しろ」と言われても、私に資金力はないので誰かしらに迷惑を掛けることになっていただろう。
「とはいえ、主が従者の為に行動するとは。 優しいお嬢様なのですね」
この騎士は倒れたメイドの女の子を見ながらそう話す。この子の雇い主だと勘違いしているのだろう。
「この子は従者じゃないですよ? それに、私もお嬢様じゃないです」
「え?」
鎧兜で顔は見えないが、明らかに動揺するように静止してしまう。
「詳しくは言えないんですけど、王子に呼ばれて来ただけで貴族とかじゃないんです」
「ではこの倒れていた従者は?」
「フードの人達に攻撃されただけで、知り合いじゃないです」
「…………」
私が話をしている間に、この女の子メイドの応急手当が終了したらしい。その手当をしていた騎士が会話に加わる。
「よくわからんが、この娘は自力で動けねぇだろ。 担いで安全圏まで行くしかないが、嬢ちゃんも付いて来るか?」
「あ、お願いします」
私は人混みに紛れていたのだが、既にその人たちの姿は見えない。逃げ道がどの方角かわからないので、その提案に応じることにした。
手当をしていた騎士はメイドの子を背負うと、振り向かずに視線だけを私に向けた。
「一応自己紹介でもしとくか。 オレは第七隊のゾロギグドだ」
「同じく、第七隊のジャッベルです」
「右に同じ、ノアックだ」
手当をしていた人、私と話をしていた人、最後まで周囲の警戒を続けていた人、の順に名乗りを上げていく。
「私は、アヤリです。 よろしくお願いします」
「おう、出口はこっちだ。 ノアックは引き続き警戒を頼む」
「承知した」
三人の騎士達に守られながら、城内の移動を開始した。
==カーティス=社交界会場前==
社交界が行われていた会場に到着すると、複数人からの攻撃を一人の男性が凌いでいた。どうやら守りながら戦っているらしく、実力こそダルクノース教徒達に勝っているものの劣勢に立たされていた。
(あの護衛の男、どこかで見たような……)
そう頭が過ぎるが、そんなことよりも加勢すべきだろう。風のドロップをディートしながら会場内へと突入した。
「まっ、新手ですの!?」
「なっ……勇者の眷属がもう一人だあ”!!!」
姿を見るなり、一斉に教徒は攻撃対象を俺に切り替える。生成した突風をコントロールして高速移動に転用することで、氷のつぶてや雷といった属性ドロップによって放たれた攻撃を避ける。
(誰がどのドロップを使ってんのかは把握した。 あとは……)
再度放たれる攻撃うち、風の影響を受けやすい氷と岩石のドロップによる攻撃に合わせて強風を繰り出す。制御を失ったつぶては生成した者に返り、その攻撃をもろに受ける事になった。
「隙だらけですね!」
突然の反射攻撃に怯んだ教徒に、先程まで相手をしていた護衛の男性が追撃を行う。
元々実力が上だった男性に混乱状態の教徒達が太刀打ちできるはずもなく、リーダー格と思わしき一人を除いて戦闘不能に陥る。
「ぐっ……、潮時だな”」
「……逃がしません!!」
護衛の男性が短剣を投げつけるが、既にリーダー格の教徒は姿を消してしまった。
会場内を見渡すが、護衛の男性とその主と思われる令嬢以外の姿はなく、無残な状態の料理が散乱しているのみだった。
「他の社交界参加者は?」
「もう逃げましたわ。 主犯格と思わしき者と対峙するために私達のみ残っておりましたの」
「そうか」
道中で戦闘をした影響で到着が遅れてしまった。結果的にリーダーも取り逃がしてしまったので、この選択は誤りだったかもしれない。
「っと……、御礼がまだでしたわね。 私はチェルティーナ・レスタリーチェと申します。 レスタリーチェ家次期当主として加勢に感謝致しますわ」
守られていた方の嬢は、頭にでかでかと身につけられた大きなリボンを揺らしながら挨拶をする。
(レスタリーチェ家か……)
懐かしい響きに親近感を覚えかけるが、それよりも襲撃が止むまでは落ち着いている訳にはいかない。
「――ので、私のことは気軽にチェチェとお呼びくださいませ……。 と聞いておりますの?」
「ん? すまん、聞いてなかった」
「もう一度いいますわね。 勇者に憧れているみたいですので、勇者の末裔たる我がレスタリーチェ家で雇って差し上げますわ」
「……結構だ」
「な、何故ですの!? 私が勇者としての心構えが何たるかを教えて――」
そのセリフを最後まで聞くことなく会場を出て、戦っている音のする方角へと向かった。
最後に見えた会場では、チェチェが護衛の男性に慰められていた。




