わたしの友人が想像以上にヤバい奴だった件について part1
==瑞紀=風天の節・九週目=遠峠市・路地裏==
「久しぶりだな、杏耶莉」
「……」
ここん所探し続けていたわたしの友人である春宮 杏耶莉は、そんな問いかけに無言の返答を返した。
「なんつーか、やつれたか?」
「……の?」
「……へ? なんて――」
「……何で、こんな所に居るの?」
「何でって、そりゃあ。 お前を探すために決まってんだろ?」
そうわたしが答えると、少し考える仕草をして納得の表情を浮かべる。こういった動作は以前と変わらずで安心できる。
「そっか。 二人なら気付けるか……」
「救済って意味は全然わからなかったけどな」
そう以前と変わらない会話をしていると、息を整えた宿理が前に出る。
「巷を騒がせているデュラハン症と呼ばれる一連の事件。 その原因は春宮さん貴方なのですか?」
「そうだよ」
溜めもなくあっけらかんと肯定する。その一言に残念さを感じるのは、わたしの中のどこかで違っていてほしいという願望があったからだろう。だが、そんな願いも空しくわたし達の予想は間違っていなかった。
「何故このような――」
「それは二人ならわかるでしょ? 救済だよ」
「だから、その救済って何なん――」
「そのままの意味だよ。 犯罪によって被害を受ける人と、犯罪を犯さなければ生きていけない人、犯罪をしてでも利益を得たいと考えてしまう哀れな人を救ってるんだ」
そう言ってディートもせずにどこからともなく現れた影霧が形を成して、コイツの手に黒い剣が現れる。
「お前、影霧を操ってるのか……!?」
「そゆこと。 何か、接触者っていうのになったみたい。 そんな知識が勝手に流れて来たんだよね」
手にした長い刃物を弄びながら、自然な態度でそう話す。接触者というのの意味はわからないが、性格とは裏腹にコイツは私の知る別の何かになってしまっていた。
「……それで、わざわざ私を追いかけたって事は、用事があるんじゃないの? 私忙しいんだけど」
「んなもん決まってんだろ! お前を止めに来た!」
「ふーん……。 そうなんだ」
興味なさげに弄んでいた剣の動きを止めると、距離のあるその場で剣をわたし達に向けて振るった。
「ヤバイ――!!!」
「――え……? キャッーー!」
何がとは言わないが、嫌な予感がしたわたしは、隣に居た宿理に倒れ込むようにして振られた剣の軌道から避ける。
その直後、わたし達の首があった位置の壁に鋭い切れ込みが入った。
「へぇ。 あれを避けちゃうんだ」
「……何を、しやがった」
何が面白いのか、結果としてわたしに対して武器を振った杏耶莉は、楽しそうに笑っている。
「それがさ。 接触者になると、影霧っていう強い力に備わってる能力を何個か行使出来る様になるんだよね。 私の場合は視界で捉えた位置を剣で斬れるっていう能力が一つかな?」
「……座標攻撃か」
わたしは立ち上がりながら分析する。
ドロップ経由ではないコイツの剣だが、その鋭さは相変わらずで、それを遠くに放てる。それも、斬撃を飛ばすとかじゃなくて、その位置に対して使えるというのは防ぎようがない。
「あ、危ないじゃないですか!」
「だって、二人は私の邪魔をするつもりでしょ? なら、ここで消しといた方が良いかなって……」
「……お前」
元々杏耶莉は知能的と呼べる人間ではないと思っていた。一見落ち着いていそうに見えて、短絡的な言動をする事が多々あるからだ。
それにしたって、邪魔だからという理由で即座に顔見知りを斬ろうとする奴だとは思えない。先程変わらずだと考えたのは撤回して話を続ける。
「やっぱ、おかしくなってるわ。 お前は一体誰だよ」
「私? 見てわかるでしょ? 春宮 杏耶莉、十六歳。 好きな事は家事全般とプロレス鑑賞」
「……そういう意味じゃねぇよ! 何で杏耶莉の見た目で杏耶莉みたいな言葉を話すのに、全然違う奴みてぇになってんだって言ってんだよ!」
「……なに急に怒鳴ってんの? 恐いんだけど?」
「いきなり剣を振る奴に言われたくねぇ!」
そう話しつつ起き上がった宿理はコイツに対して呼びかける。
「春宮さん。 何が貴方の心境に変化をもたらしたのか知りませんが、もうこんな事は止めましょう?」
「……何でそれを宿理さんに言われなきゃいけないの?」
「それはその……」
「別に良いでしょ。 悪い奴が、犯罪者が居なくなる事の何が悪いのさ」
「……そういった事は、行政に任せるべきかと」
「ふっ、あははははははははははははははははは!!!」
宿理のその言葉を聞いた杏耶莉はその場で大笑いをし始める。その笑い方こそ自然であるのが、却って不気味さを強調していた。
「何言ってるんだろ。 行政ってのは、誰かが被害に……死んだりしないと動かないでしょ? それに、折角捕まえた人を逃がして再犯させたりもする。 そんな不完全で無意味な存在に、何を期待してるの? 私、もっと宿理さんて頭が良いと思ってたんだけど」
「……確かに行政の行いが完全で、間違いや失態はしないとは言えません。 ですが、今の春宮さんみたいに全て殺すという考え方に同調は出来ません」
「あっそう。 さっきだって、人の物を盗もうとした人に何の罰も与えずに野に放とうとしてたよね。 仮にあの人がお金に困ってて、どうしようもないって状態なら、絶対に次が起こる。 ならもう死ねば良いって私は思うだけ」
そう言えば、何でコイツは即座にこの場に現れられたのだろう。仮にここでデュラるのを狙っていたとしても、反応が早すぎる気がした。
「そういや、お前何ですぐにあのおっさんをデュラれたんだ? 捕まえて間もないってのに……」
「隠す必要もないから教えてあげるよ。 この剣と違って別の能力に、罪を犯したかどうかを広範囲で知れるっていうのもあるんだ。 過去の些細な犯罪も、犯した直後の今みたいなのもね」
「……ずっとここで待ってたのか?」
「え? ……そんな訳ないでしょ。 私は忙しいのに。 ……これを使って無効とこっちを行き来してるんだ。 これなら一瞬でどこでも移動できるからね」
そう言って取り出したのは、ステアクリスタルだった。だが、それはわたしの知る透明感のある輝きがあったそれとは別物と呼べる程度には黒く変色していた。
「一日一回っていう制限は、影霧で無理やりなくしちゃったんだ。 凄く便利に移動できる手段になってる」
「……それで、異世界転移を繰り返しつつ、犯罪者を殺ってるって訳か」
「あれ、向こうに行ってるの……? そっか、リスピラはこっちに来た事あるもんね。 あの子に手伝ってもらったんだ」
そこまで話すと、会話に飽きたという態度で弄んでいた剣を消失させ、わたし達に背を向ける。
「あの遠くを斬るのって、消費大きいんだよね。 それに、邪魔するだけなら二人を無理に消す必要もないし」
「おい! 何処へ行くつもり――」
「もう文字を表現するのにも飽きたし、これからは罪の重い人から一気に消す事にするよ。 じゃあね」
「待て――」
わたしの静止も空しく、どす黒い輝きを放ったステアクリスタルによって現れた扉を通り、杏耶莉は消えて行った。




