わたしの友人が失踪した件について part3
==瑞紀=風天の節・九週目=瑞紀自宅==
「――続いてのニュースをお知らせします。 昨今騒がれている突如人消える事件について続報です」
向こうの世界で情報のやり取りをしてから、さらに数週間が経過した。
こちらの世界でも密かに広がっていた噂は公然の事象となっていた。そんな折、わたしはニュースを見ていた。
「首部を一瞬斬られるのもあり、海外の伝承に存在する首無し騎士の怪物デュラハンからデュラハン症と名付けられたこの現象はー―」
誰が言い出したのか知らないが、中々のセンスを感じる。が、そんな名前はどうでも良かった。
「被害者はいずれも犯罪歴、それも重犯罪を犯した経歴を持つ人に限られている事から、何らかの人物によって引き起こされている。そして、発生の時期と距離から複数犯によるグループであるという見解がなされているものの、その犯行動機や動向は全くつかめておりません。 また、その手口も依然判明しておりません」
向こうもこっちも、首を斬られて消える現象は誰も彼も犯罪者のみだという事が早々に判明した。人物像をリスト化すれば誰でも気が付く内容だろう。
(……間違いなくアイツ、だよな)
これが起こるタイミングと杏耶莉の失踪のタイミングが一致する。そして、アイツの異様な程の犯罪者への敵対心……。
何が切っ掛けでこんな行動に出ているのか。そして、どうやってこれを実行しているのか一切読めない。
「――の事件ですが、遂に刑務所に収容された人に被害者が出ました。こうした性質から犯罪をする事に対して恐れを抱き、犯罪件数の減少も見られます。 特に若者には、多くの支持を得ているとの統計も発表されており、その様な危険思考に対する注意喚起が呼びかけられています」
アイツは犯罪者が居なくなれば犯罪がなくなる。そんな単純思考で犯罪という行為を忌避していた。
「お前が憎むべきはあの野郎だったのであって、犯罪者全員じゃないだろ……」
そんなわたしの呟きは、何処に居るかもわからない杏耶莉に届くことはなかった。
……
「六笠さん。 判明している人に限りますが、消えた方の順番と位置を纏めました」
日本地図に数字が割り振られた駒が置かれたデータ資料を宿理から渡され、それを見ていた。
「……何か、適当に見えるんだが?」
「そうですね。 一見何の因果関係もありませんが、こうやって順番に線を引くと……」
ある程度の区域に絞って消えた奴を結んで現れたのは、ある文字だった。
「この文字って……」
「私も気が付いた時は戦慄しました」
上空からの視点で見たこの地図には、レスプディアで使われている文字でこう書かれていた。
「救済……」
正確には一部の文字には抜けている部分や、書き切っていない部分があった。前者は消えた人物がわからない状態となってしまったもので、後者はまだ消えていないという事なのだろう。
「……お前、昨日一昨日と向こうの世界に行っていたのは?」
「はい。 向こうでも判明している消えた方を同じく結びました。 その結果、漢字で同じく救済という文字が浮かびました」
「地上絵みたいにアーティスティックな事しやがって……」
「救済、という意味が何を意味するのか……。 犯罪者を消して平和な世を創るという意味と捉えられますが――」
「そこの意味はどうでも良い! んな事より、確実にアイツが関係してるってのがわかったんだ」
これまでの首狩りを犯罪者に対してのみ行うという情報と、向こうとこっちを行き来している人間という他では当てはまらない条件が見事に合致した。
「そして、次の犯行が予測も出来ます」
「何でだ――あ、そうか!」
文字が書き切られていない部分は、次にその辺で被害が出るという意味に他ならなかった。
それも、警察組織なんかでも絶対に気が付かないであろう、わたし達にしか判断出来ない文字である。
「この土地に向かいましょう」
宿理が指さした場所を調べると、周囲が山で囲まれていて大きな街と呼べる場所が一か所しか存在しない。よっぽど潜んでいる犯罪者でもなければ、この唯一の街で事が起こる可能性が高いだろう。
「行くぞ!」
「はい!」
そうしてわたし達は、その場所へと向かった。
……
首都から遠く離れ、近辺でここしか栄えていないといった具合の駅周辺に店が並ぶこの街は、砂漠のオアシスみたいに何かを求めて来た近隣に住む人達でそれなりに賑わっていた。
その多くは高齢と思わしき人で、深い皺が刻まれているのに対して足腰が丈夫そうなので非常に逞しさを感じる。農業でも営んでいるんじゃなかろうか。
それ以外にも三、四十代になりそうな人が多いので、十代であるわたし達は浮いて見えていそうだった。
「……こう何日も適当にぶらつく日々を送ってると、誰に言われるでもなく焦りを感じるな……」
「……そうですね」
当初こそ、アイツを見つけると息巻いていたわたしだったが、一週間も経てば頭が冷えてくる。日中は街を歩いてデュラ症が起こらないかと警戒したのち、夜は格安のビジネスホテルで床に就く。そんな日々を繰り返していた。
因みにデュラ症――デュラハン症だが、夜中の二時とかには発生している前例がない。間抜けな話、アイツがこれをやっているのなら、単純に寝ていそうな所が何とも言えない……。
「キャーーー!!!」
そんな折、少し離れた位置で悲鳴が聞こえる。
「――向こうだ!」
わたしと宿理でそこへと向かうと、高齢女性が倒れ、そして似つかわしくない女性物のバッグを持って逃げる中年男性が目に入った。
「引っ手繰りよー!」
「チッ!」
わたしは高齢女性を飛び越えてそのおっさんを追う。運動神経には多少の覚えがあるわたしはそう時間を掛けずにそのおっさんへと追いついた。
「待てこの――」
「クソっ!」
わたしが引っ手繰ったと思わしきバッグを引っ張ると、諦めたおっさんはそのバッグを放す。
「待てって言ってんだろ――」
「のぶぉ!」
わたしは足を無理屋に捻じ込んで転倒させる。おっさんは勢い余って地面に衝突した。
……
呼んだ警察に、近くの交番へと加害者被害者、そしてわたし達は来ていた。
「ありがとねぇ」
「気にすんな」
「このバッグ、孫が誕生日にって送ってくれたもので大事にしてたのよぉ」
「……へー」
おばあちゃんの話は適当に聞き流し、とっ捕まえたおっさんに注目する。
このおっさんは、初犯で未遂に終わったのもあって、不起訴となるらしい。
「(六笠さん、これはチャンスです)」
「(何でだ?)」
{(あの文字を描くのに春宮さんが注力しているなら、この方が次の被害に遭う可能性が高いのではないでしょうか?)」
「(あー、確かに。 ならこいつを追いかけ――)」
そう小声で話していた瞬間、警察と話をしていた男性の首が宙に舞い、その断面から広がる様にして消えていく。
「――なっ!?」
そして、一瞬だけ交番のの入り口に見えた人影を見逃さなかったわたしは、それを追って走り出す。
人気のない路地裏へと走って行くそれを追いかけながら、わたしは叫んだ。
「待て杏耶莉!!!」
その声が届いたのか、立ち止まってソイツは振り返った。後ろで縛っていた髪はぼさぼさで、垂れて顔を半分隠した状態ではあったが、間違いなくわたしの知る人物だった。
「はぁはぁ……。 追いつきました……」
そして、後ろから追ってきていた宿理が合流し、わたしは平静を保って話しかけた。
「久しぶりだな、杏耶莉」
「……」
見るからに不機嫌で、不審そうな表情でわたし達を見たその少女は、間違いなく探していた人物だった。




