わたしの友人が失踪した件について part2
==瑞紀=風天の節・五週目=瑞紀自宅==
杏耶莉が失踪して二ヵ月が経過していた。その間、ステアクリスタルが手元にないので向こうの世界へ一度も訪れていない。
「――はい。 はい……。 わかりました」
アイツの叔母と連絡を取って捜索を続けていたのだが、遅れ気味に今回で二度目となる捜索願が出された。一度目は向こうの世界から戻れなくなった半年の間で出されていたものだ。
前回こそ中学生だったアイツに対して警察は積極的に一月は捜索してくれたのだが、今回は年齢も上がって働ける年齢ではある事に加えて常習犯と判断されたので捜索は行われないだろう。――というのが宿理の見解だった。
そういった負い目もあって届け出るのが遅れてしまった。だがわたしは最初から警察組織に期待するだけ無駄だと思っている。何故ならわたしの見解では異世界云々が関わっている可能性大だからだ。
「どうするか……」
そう考えていた瞬間、聞き慣れた甲高い声がわたしの自宅のリビングから聞こえる。
「いそぎできたの!」
「貴方は確か、リスピラちゃんでしたね」
「そーなの。 ミズキとカエデをよんでほしーの」
「リスピラお前!」
突然の来訪に驚きつつ、彼女に説明を求める。
「何かあったのか? こっちは諸事情でそっちに行けなくてだな……」
「そうだったの。 しんぱいしてたのはあるけど、それよりたいへんなことがおこっててたいへんなの!」
「……ちょっと待て、宿理を呼ぶ。 説明が二度手間になるだろ」
「おねがいするの」
そうして赤野が持って来た炭酸飲料に直接口を付けて飲み始めた。
……
「……それで、情報共有をしましょう」
到着するや否や、場を取り仕切ってくれる宿理に従って話が開始された。
「まず此方の状況です。 端的に言えば春宮さんが行方不明となり、同時にステアクリスタルがなくて其方との連絡手段が途絶えていました」
「ハルミヤ……? アヤリさんなの? それはこまるの」
「困る……? それは何でだ?」
「えっと、それはアヤリさんをたよってこっちにきたからなの」
「杏耶莉をか? って事はまた戦争にでもなってんのか?」
私の質問に、リスピラは首を振った。
「ちがうの。 くろいのがでたの」
「黒いの……?」
「そーなの。 えい、む? ってよんでるやつなの」
「影霧……」
「宿理は知ってるのか?」
聞き馴染みのない単語に私が尋ねると、宿理が答える。
「はい。 現物を見たわけではありませんが、杏耶莉さんのノートに記載がありました。 奇病の類であったはずです」
「びょーきなの? よくわからないけどわるいやつなの! それをたいじできるのはアヤリさんだけなの!」
「病気とか退治とか、よくわからんのだが……アヤリじゃないと駄目なのか?」
「そーなの。 アヤリさんにわたしのくにをたすけてもらったときとおなじでたすけてほしーの」
「……?」
要領を得ないリスピラの説明にはてなが浮かぶ。
「その影霧ってのは、どうして出て来たんだ? 全然聞かなかったしもっと詳しく教えてくれ」
「それが、ちょっとかわってるの。 まえはふりまくわるいひとがいたけど、こんかいはだれもいないのにでてくるの。 とつぜんひとのくびが『ぽーん』ってとんじゃって、そこからでるの」
「首がぽーん……」
リスピラのちんちくりんな擬音は置いといて、どことなくデジャブを感じる。
「……リスピラさんの話は兎も角、一度私達はそちらに向かって詳しい話をしたいと考えています。 春宮さんは協力出来ない状態にありますし、もしかすると其方の世界に居る可能性もありますので」
「わかったの」
「よし、早速向かおうぜ――」
「ちょっとまってほしーの。 ステアクリスタルは一にち一かいしかつかえないからまつの」
「あ、そういやそうだったな……」
「私は一度準備をしに戻ります。 六笠さんも準備は整えてくださいね」
「あぁ、わかった」
「リスピラさんはどうしますか?」
「……ちょっとあそぶきぶんじゃないからすわってまつの。 これおかわりなの」
「はいはいー」
赤野にコップへの継ぎ足しを要求するリスピラを尻目に、宿理一度帰宅して行った。
……
そんなやり取りのあった翌日、異世界転移ののち事情を知る一部のお偉いさんが招集されて正式に話が進められた。
「……うむ、アヤリが居ないとはな」
困った様子の第一殿下に、具体的な影霧について質問する。
「影霧って何なんだ」
「何だと言われても、具体的にどうしてそんな病が発生するかの原因は特定できておらぬ」
「――殿下、あとは私が説明します」
メルヴァータ、とかいう騎士が現場の観点も含めた見解を述べる。
「一言で表すなら感染症の類だ。 発症初期は倦怠感に見舞われるのみだが、ごく一部の者を除きこの状態から復帰は出来ない。 そして、重症化するにつれて意識が朦朧とすると、今度は何故か徘徊して感染者を増やそうと動く」
「ゾンビウィルスかよ……」
「……?」
ゲームに登場する生物兵器を思い出す。
「これが我らの知る所の影霧であったのだが、また種類が存在するらしいのだ」
「そーなの! わたしのとこではひとをあやつるのにつかってたの!」
「……は?」
わけわからんリスピラの話をメルヴァータが要約する。
「順を追って説明しよう。 先ず、リスピラ殿の故郷フェアルプに影霧を操る集団が侵略しに来たそうだ。 そしてそこでは影霧を使って他者を操っていた翼の女王と呼ばれる存在と、それ経由で影霧を武器として扱っていたらしい」
「くろくてわるいのなの!」
「アヤリがその女王を倒すと、操られて影霧を行使していたサムドラスみたいな奴は正気に戻って使えなくなったって言ってたな」
カティが追随する形で補足説明をする。
「そんな別の特徴を併せ持つ影霧だが、さらに今回は別であるのだ」
「別、ですか?」
第一殿下の一言に、宿理が聞き返した。
「うむ。 突如首が切断された者は、その断面が広がるが如く影霧となって消え失せる」
「……意味わからんな」
「であろうな。 此方としても状況は何一つ掴めておらぬのだ」
「……従来の知る影霧であれば、そこから感染者を増やしてもおかしくないのだが、それもなく単体で消えるのみだ」
首を傾げる向こうの陣営に、わたしもわけがわからんと首をひねるしかない。
「で、アヤリだけが影霧を斬れるってのは聞いてるが、それが役立つとも思えないぞ?」
「……藁にも縋る思いなのだ。 影霧であれば何らかの反応があるのではと考え招集した次第に過ぎぬ。 それも今となっては叶わぬがな」
お通夜ムードの会議室にて、宿理が手を上げて質問する。
「その、斬られて消滅する方に共通点はありませんか?」
「……唯一ある。 だが、それを理由として良いものかわからぬ」
「教えてください」
言い淀んだ第一殿下だったが、口を開いた。
「全て犯罪歴のある者に限定してるのだ。 だからこそ、程度に関わらずその経験がある者は戦々恐々としておる」
「犯罪歴……」
嫌な考えが一瞬走るが、本能的にそれを考えないことに、わたしはした。




