表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

215/341

第41話⑥ 救済

遅れました、すみません。


==杏耶莉(あやり)=灼天の節・十三週目=レスプディア・フォグレンの森傍の丘==


 一騎打ちが私の勝利で終わった事を遠くから確認したチェルティーナが近寄ると、勝利宣言を下した。


「勝者はアヤリ様ですわ! 名誉ある一騎打ちの勝敗に泥を塗る行為を双方の兵はせぬ様留意してくださいませ!」

「わあああぁぁぁぁぁ!!!」


 私側の軍勢が勝利に歓喜するのと同時に、敵側は落胆こそするものの約束は違えずに武器をその場に捨てて降伏した。


「――やく、殺してく……」

「それはなりませんわ。 貴方にはレスプディアにてすべきことがありますもの」


 酷く冷たい言い方でそう答える彼女に、何処となく悪寒が走る様な恐怖を感じる。


「ぐ……。 何故戦場で死なせてくれぬのだ……」

「一騎打ちにて、あわよく勝利できれば生き残りと共に凱旋を。 そうでなくても敗戦の末討ち死にではなく、将同士の戦いて名誉の戦死で名を汚さぬようにという考えは誰にでも思いつきますわ」

「であれば――」

「侵略された国として、貴方に情を掛けるつもりは微塵もありませんわ! 此度の争いにて、我が国の民が流さなくても良い血を流す事になりましたもの。 その責を取って貰いますわ!」

「……」

「チェルティーナさん、責任って……」

「決まっていますわ。 情報を引き出すんですの。 この国からでは知れないかの国の情勢や戦準備について等、知りたいことは山ほどありますわね」

「情報って、詰問でもす――」

「拷問、だ」


 この男性は、全てを理解しているという面持ちでそう吐き捨てる。


「拷問って……」

「……貴方が大人しく話していただけるのであれば、その必要はありませんわ」

「売国者となって、生きながらえるなら……自ら命を、絶つ――」


 その瞬間、腰に隠し持っていた短剣を鞘から引き抜くと、それを自らの首に突き立てる。


「――っさせませんわ!」

「手伝います」


 咄嗟にディートしたチェルティーナが、この男性が短剣を持っていた腕を即座に折る。それと同時に動いていたフェンによって、手足を拘束した。

 この男性は暴れながら、私に罵詈雑言を浴びせる。


「貴様が! 貴様が一騎打ちにて、わしを断っておれば! 苦しんで死ぬか売国者となる事はなかった!」

「黙りなさい! ――フェン!」

「はっ」

「貴様が殺していれば――ぐむぉ……」

「……」


 フェンの手によって猿轡をされて喋れなくなった指揮官の男性は、もごもご何かを話した後、諦めた様に動かなくなった。だが、その視線は憎しみを込めて私へと向けられている。


「運びなさい!」


 彼女の一言によって、どこかへと運ばれていった。


「……」

「アヤリ様が気にする必要はありませんわ」

「……そう、ですかね」


 私が止めを刺していれば、あの男性は名誉の戦死を成していた。それが自国の情報を話すか、拷問で苦しむかの二択を迫られる事になった。


(あの人は死を望んでた。 死ぬことを……)


「アヤリ様。 敵の軍勢が自国へと侵入してから平野へと向かう道中と、そこで衝突した後に追い詰められてから森を抜けるまでの道中にしていた行いは何だとお思いですの?」

「……?」

「略奪、ですわ」


 そう言って、あの男性と同じく拘束されて護送用として使われる馬車への誘導に従う敵兵を指す。


「かの軍勢が通る道には幾つか小さな村がありましたわ。 そこに住む民は避難こそしていたものの、運び出せない貯えといった品を奪ってこの場所まで辿り着いていますの。 補給兵の数が少なかったのは、当初よりそうした算段があったからでしょう」

「……」

「金銭で賄える食料等の部分は国として補填できます。ですが、故郷が家が、思い出の品が破壊された民の心を癒すことは容易ではありませんわ」

「……」

「それに、先の戦いにて負傷や戦死した方もいらっしゃいますわね。 それだけの大事を彼等は起こしていますわ。 厳しい処罰こそすれど、情けを掛ける必要はありませんの」

「……他の、指揮官の人以外はどうなりますか?」

「そうですわね。 情報を知り得ているならそれを吐かせ、その後はこちらの提示する額で身代金を要求しますわ。 そして、払われなかった者――かの国から見捨てられた者は労働を課す事になりますわね」

「……奴隷、ですか?」

「いいえ、捕虜ですわ。 自国の民ではなく、その身に課せられた資金を自らで稼いで貰いますわね」

「……そう、ですか」


 それが奴隷と何が違うのか、私には理解できなかった。だが、私がどうこう言っても変わらないだろう。

 そんな彼らの行く末に同情しながら見送った。


 ……


 その後はぼんやりとやり取りが続けられた。殆ど覚えていないが、私の功績に対して陞爵されるという話であったりもしたが、何もかもがどうでもよくなっていた。


(犯罪者って何……? 罪って何……?)


 私は今まで単純に考えていた。明確な線引きで罰せられる存在として切り捨てていた。


(あの王様は死ぬことで次へと繋いだ。 あの指揮官は、自らの死を臨んだ。 死って何……?)


 王様はその子である王子から死ぬことで苦しみからの開放されると、死んでもらう事を周囲に望まれた。

 あの指揮官は、死ぬことで名誉を得れると疑わなかった。結果生き残った事でそれを得れずに苦しむことになった。


(死は救済……?)


 これまで私は犯罪者は死ねばいい。そして、それ以外の人は可能な限り生きるべきだと考えていた。

 死ぬことは誰もが怖がり否定する概念だったからだ。それを他者を貶める犯罪者に与えるべきだと思っていた。

 だが、それは誤りであったのかもしれない。


(犯罪を犯す人はやむを得ずにする人が殆で、そんな人を苦しい生から解き放つ救済……)


 そして私が犯罪者を嫌い、それが死ぬべきだという考えの根底には、被害者を助けるという意味が込められていた。犯罪を犯す人が居なくなれば世界は平和になるからだ。

 それ自体は誤りではないが、それ以上に犯罪者そのものを救う唯一の方法ではないだろうか……。


(死は救済)


 事実、私は今回の一件にて、犯罪者とそうでない者の境界があやふやになっていた。であれば、何かの基準で、誰かの基準で犯罪者を決めて、救済すべきではないだろう。

 私の思考が、視界が、世界が黒色に染まる。


杏耶莉(あやり)もそう思わないか?」


 何か話しかけられた気がする。そんな言葉に私は――




==瑞紀(みずき)=灼天の節・十三週目=杏耶莉(あやり)宅・玄関==


「それで、ここんとこ数日の無断欠席はどうなるんだ?」


 突如として巻き込まれた戦争のいざこざを済ませたわたし達は、こっちの世界に戻って来ていた。

 わたしは宿理(しゅくり)に簡単にではあるが、今後について尋ねていた。


「……極力権力の行使はしたくありませんが、事が事でしたのでうまく調整します」

「マジでか!? 成績表はあの婆も目を通すから助かるわー」

「……連絡のない一週間程の不在ですので、もしかすると大事になっているかもしれません。 急ぎ状況の把握と自体の収拾に努めます」

「わたしも赤野(あかの)に連絡取らねぇとか。 こういうのは許してくれねーから面倒そうだな」

「仕方ありませんよ。 危ない橋を渡ったのは事実ですし。 しっかり叱られてきて下さい」

杏耶莉(あやり)程じゃねぇけどな」


 そう言って視線を向けるが、肝心のコイツに元気はない。何があったのか簡潔にチェルティーナから聞いているが、その中にコイツの心に来る出来事があったのだろう。


「でももし、学校の方が何とかなるなら、デカい休みが意図せず取れたって思えば得した気分だろ?」

「そういうものでしょうか。 寧ろ疲労の蓄積が大きいです」

「それはそうかもな。 でもそうでも思わんとやってられんだろ。 杏耶莉(あやり)もそう思わないか?」

「……うん、そうだね」

「(ちょっと六笠(むかさ)さん!)」

「な――(なんだよ……)」

「(今はそっとしておいてあげましょう)」

「(……確かに。 今のアイツに必要なのは休息と時間かもしれんな)」


 元気がなさそうな杏耶莉(あやり)に無用なちょっかいは出さずに、わたしと宿理(しゅくり)はこの家を出る事にした。


「んじゃ、やることもあるし……今日はお暇するぜ」

「私も右に同じ、帰路に付かせていただきます」

「……うん」


 そうしてわたしと宿理(しゅくり)杏耶莉(あやり)と別れた。

 これが暫くの別れになるとも知らずに……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ