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第41話⑤ 一騎打ち


==杏耶莉(あやり)=灼天の節・十三週目=レスプディア・フォグレンの森傍の丘==


「一騎打ちを所望する」

「一騎打ち……」


 私がその指揮官らしき男性の言葉を復唱すると、彼は頷いた。


「見事な手腕で我が軍は追い詰められ、苦し紛れに向かったこの地で制圧されつつある。 であれば、将と将とで戦い、勝ち負けによって今後の動きを決めるしか有るまいと考えた次第である」

「……それって、負けそうだから別の方法でやろうって事ですよね? ズルくありませんか?」


 そもそも侵略者かつ敗北濃厚な側が主導権を握ろうとしているというのは、何とも虫の良い話ではないだろうか。


「このまま戦闘を続けても、私達が勝つと思います。 それならその一騎打ちを受けるメリットは?」

「ぐ……。 貴様、大戦における花である一騎打ちを受けぬと申すつもりであるか!? レスプディアではグリドル戦役が読まれておらぬと!?」

「……なんですかそれ?」

「若いとはいえ身なりから貴族と思わしき貴様があの騎士道物語を知らぬと……」


 騎士道物語という名から、恐らく有名な話なのだろう。だが、色々と例外ばかりの私が知る由もない。


「……まぁ良い。 それならば公約を結ぶ他あるまい。 其方が勝てばこれ以上の戦闘を取りやめて降伏しよう。 他の兵も捕虜として扱うが良い。 だが、此方が勝利した暁には其方の首を持ち帰り、追撃せぬと誓ってもらう」

「勝った場合でも軍は下げるんですね」

「既に負け戦であるからして、貪欲な要求を受け入れてもらえる立場にないとは理解している」

「……ちょっ、ちょっと待ってください!」


 思ったより勝った場合の要求こそ少ないものの、私の一存で決められない話に一旦待ってもらう。


「……軍を一旦下げてもらえますか? こっちも下げさせるので」

「一騎打ちを呑むかの判断を先に聞かせ願う」

「私だけで判断出来ないんですよ!」

「なぬ!?」


 この場では指揮官の男性を納得させると、私は事前合図として準備していた火のドロップをディートして上空に三発飛ばす。

 同じくこの男性も取り出した笛を鳴らして兵を下げさせた。


「あ、それと……森にも人員配置しているので、逃げようとした場合追撃されますので注意してください」

「……相分かった」


 双方が撤退を始めるのを確認すると、私はチェルティーナが待つ即席で準備された天幕に戻った。


 ……


「一騎打ちとは……アヤリ様は事態をややこしくしてしまいましたわね」


 一通りの状況説明をしてから、チェルティーナにそう告げられる。

 因みにグリドル戦役とは貴族であれば知らなければ教養を疑われる程有名なお話らしい。ギアースの名君、グリドルの波乱万丈な一生を追った伝記なのだそうだ。特にポルソディアとの戦争にて名乗りを上げて一騎打ちをする場面が有名だという。


「その将軍は物語に倣って一騎打ちを提案したのでしょう。 ですが、こちら側がそれを受ける理由既にない状態にありますわね」

「私もそう思ったので、回答は保留にしてもらってます」

「はぁ……。 アヤリ様、既に両軍引き下げてしまった以上、引き受けたのと同義ですわ」

「え、そうなんですか?」

「そうなりますわ。 撤回も難しいでしょうね。 この場合、相手の提案は聞かなかった事にして斬り伏せるのが正解でしたわ」

「聞かなかったことに……」

「一騎打ちの申し出を断るのはその者や所属する国のの名誉を傷つけるおこないですもの。 時に貴族とは、耳が遠くなるものですわ」

「随分と都合が良いですね」


 話がどんどんズレてしまったので、彼女は手を『パシッ』っと叩いて話を戻す。


「閑話休題。 それで、引き受けたのがアヤリ様とするしかありませんわね。 (わたくし)がここでの将ですが、相手の変更は不躾になってしまいますもの」

「……すみません」

「教えていなかった(わたくし)にも非はありますわ。 それに、一対一ならアヤリ様の方が向いていますので好都合ですわね」

「以外にも荒々しい戦い方でしたもんね」

「そう言わないで下さいませ。 令嬢らしい戦い方ではない自覚はありますわ」


 そんな話をいつまでもしている訳にもいかず、適当に準備を済ませて再度この丘の中央へと向かう。


「……では始めるとするか」

「そうですね」


 距離を取ってそんなやり取りを敵の指揮官とする。数回とはいえ話をしていた名も知らない相手と、正真正銘の殺し合いをこれから始める……。


(この人は犯罪者だから――)


 試合ではないので合図など存在しない。私はディートした後、剣を生成しながら直線的に距離を詰める。

 対してこの男性は、右手に大きな盾を持ち、左手にメイスを持っている。


(攻撃を受ける事に特化した戦い方? それなら――)


 戦争を仕掛ける際の指揮を任される人物である。指揮能力こそ重要視されるのかもしれないが、戦いも相応の実力は兼ね備えているだろう。

 だがしかし、絶断の剣(私の剣)とはすこぶる相性が悪かった。


「邪魔!」

「――ぐ……。 奇異な剣を使うっ!」


 相当な厚さがあるであろう大盾は無残にも分解され、無防備な体を晒す。それに素早く反応した男性は、手にしていたメイスを私目掛けて振り下ろした。


「ふっ!」

「――なっ!」


 私は振られたメイスを一刀両断する。残ったのは防御力のない盾の残骸と、メイスだった短い鉄の棒のみである。


「さよなら――」

「ぐぉっ……!」


 そして私は首を狙って剣を振ったのだが、流石の能力と言うべきか、単に意地かはたまた運か。既の所で回避された。

 その代償として避けきれなかった分の刃を受けて首から血を流す男性。そして、そんな彼が首から下げていたであろうロケットの鎖が切れて地面に落ちた。


「? これって……」


 地面に落ちた衝撃によって開かれたと思われるロケットには、美しい女性と少女が微笑む姿柄が入っていた。


「あ――」


 その瞬間、私の中で当たり前の事実を初めて認識する。


(この人にも家族が居たんだ……)


 この人の年齢からして奥さんと娘と思われる姿柄は、誰かへと向けられた優しい微笑みだった。そしてそれを後生大事に首から下げていたこの男性はそんな二人を大切に思っていたのだろう。


(――)


 そしてそれは、これまで私が斬った多くの人にも言えた。勇敢な兵士として自国を出た彼らにも当然家族は存在しただろう。

 それは親兄弟、恋人もしくは結婚相手。はたまた子供であったり友人が居ても何ら不思議ではない。


(――――)


 それでもこの国の民からすれば侵略者、つまり犯罪者である。それを斬ったという後悔はしていない。

 だが、それは向こうの民からすれば、私こそ国繁栄の為に勇敢にも戦うことを志願した者を殺した犯罪者であると考える事も出来てしまう。


(――――――――)


 それは、私が最も嫌う存在へとなってしまっている事に他ならなかった。あの男と同じにはなりたくない。

 同じ様な存在を許さないと考えていた私の根底にあった考え方が揺らいでいた。


(私は……)


 私は目の前のこの男性を見た。私の剣によって首から出血し、『ヒューヒュー』と息をしている。

 これを見たロケットの二人は、何を思うだろう。そう考えてしまっていると、この男性は何かを呟いた。


「――ろせ」

「……え?」

「殺せ。 殺せ! わしの負け、だ! 楽にしてくれ!」

「……出来ません」

「なっ……」

「それは、出来ません……。 だって。 だって、貴方にも家族が居るんでしょ?」

「……」


 負けを認めたのであれば、これ以上手を加える必要もない。そんな考えをしてしまう程度には彼に共感してしまっていた。


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