第41話④ 待ち伏せの延長戦
==杏耶莉=灼天の節・十三週目=レスプディア・フォグレンの森傍の街道・馬車内==
私はフォグレンの森とかいう場所を避ける様に沿って整備された街道を走る馬車の中に居た。
「改めて状況の説明をしますわね」
「……お願いします」
相席しているチェルティーナにそう言われた私は静かに話を聞く。
「先ず、森を抜けた先に存在するフィジュットの町――列車の駅がある国内東の主要都市ですわ。 これは先日利用したので覚えてますわね?」
「はい」
「恐らくかの軍はそこを目指していると思われますわ。 当初の人数ならいざ知らず、あの軍勢で町を落とせるとも思えませんが、何らかの事態で列車が強奪される可能性もある以上、食い止める必要がありますわね」
「……」
「そこで、かの軍がフォグレンの森を抜けた後のフィジュットとの間に存在する小高い丘で迎え撃ちますわ。 距離としても森抜けをしなければならないという理由にしても、先回りは十二分に可能ですわね」
「森に引き返して逃げたらどうしますか?」
「……私達とは別に兵を待機させるつもりですわ。 流石に敵軍全てで引き返すとは思えませんので対処は可能でしょう」
「徹底的に全滅させるんですね」
「極力敵軍は排除すべきですわ。 敗走兵が賊に身を落とす可能性が考えられますもの」
「……今更国には戻れないでしょうし、働き口もないですからね」
行き場も食べる物もなくなれば、あとは誰かから奪うしかない。そんな迷惑な犯罪者は全員殺すべきだろう。
「でも、この人数で全滅させられますかね?」
「……確実な事は話せませんが、可能ではあると存じますわ。 人数こそ想定する敵の半数しか味方はおりませんが、敵方は士気も下がり、森を抜けて消耗していることでしょう。 まともな休みも取れていない相手に遅れを取る方には声を掛けていませんわ」
「あれ、チェルティーナさんも戦うんですか?」
「えぇ。 我が国の領土を踏み荒らした蛮行、私が直接手を下しますわ!」
「平原では指揮に回ってたのにですか?」
「動かす人数が違いましたわ。 相応の身分を持つ者が指揮をする必要がありましたし、万が一それが落ちれば士気に影響がありますわね。 私が戦う訳には参りませんでしたわ」
「……今回は人数も少数ですし、戦うと」
「私は止めたのですが……」
馬車の御者をしていたフェンがそうぼやく。
「じっとしているのは性に合いませんもの。 ……実の所、私の役目をディクタニア殿下がやると仰せになっていましたが、『万が一があって王族が亡くなれば、唯でさえ父王が崩御された直後もあって国が揺らぐ』とディンデルギナ殿下が止めてらっしゃいましたわ。 ……次代王を決める上で有利となる要因になり得るといったものも起因しておりますわね」
「……大変ですね」
「他人事ではありませんわ、ハルミヤ男爵」
「うっ……」
今後の面倒な王位継承に嫌でも関わるであろう事実が示唆されて、私は馬車から窓の外へと視線を逃がした。
……
最低限の設営を終えて敵軍を迎え撃つ時がやってきた。
私は潤沢に用意された剣のドロップが手元に存在するのを再確認してから、丘へと出てギルノーディアの軍へと対する。
(全員、殺さないと……)
遠くに見える敵軍は、くたびれた様子で私達を見つけると、その足を止めた。
さらに遠方に森が存在するが、そちらに引き返す様子はなく、強行突破を試みるらしい。
「……準備はよろしいですわね?」
「はい、大丈夫です」
これまで社交界に出るようなドレスでこそないものの、兎に角豪華で目立つ、いかにも貴族という出で立ちだった彼女。それが、装飾の乏しい騎士の鎧でも軽装なそれを着用していた。
彼女の戦闘方法には身軽さが重要であるという理由と、元々予定されていなった出陣なので予備の鎧を使っているからである。
(最高責任者なのに一般兵にしか見えないね……)
そもそもチェルティーナが戦う姿を私は見たことがない。密かに楽しみだったりするのだが、その前に自らの担当はこなさなければならないのでその余裕はないかもしれない。
普段高頻度で付かず離れずな彼女の従者フェンも実力者として一人分の役割を全うするらしい。彼曰く「あの程度の相手はお嬢様なら余裕です」との事だ。
「ではご武運を」
「はい、こちらこそ」
そう言ってチェルティーナと別れた私は、意を決して私達へと向かってくる敵兵を相手取る事になった。
「うおおおぉぉぉ!!!」
「――さよなら。 次!」
あくまで彼らの目的はこの戦線の突破であり、私達の排除ではない。攻撃よりもすり抜ける方に意識が向いている敵を斬るのはそれ程難しくもなく、死体の山が量産される。
特に私に向かってくる敵が多い気がするのだが、それでも一人たりとも逃さず処理する。
(他の人は抜かれてないかな?)
流れ作業にも慣れ、そんな事を考える余裕も出来たのでドロップを追加しながら辺りを見渡す。幸い誰一人として突破されずに処理もしくは捕縛している。
(あ、チェルティーナさ……ん!?)
彼女は何の武器も持たず、敵と対峙していた。そして敵の攻撃を避けて掴んだと思ったら、その敵兵を地面へと叩き付けた。明らかに曲がってはいけない角度で腰が折れる兵士はその場で動かなくなる。
続いて敵兵を空高く五メートルは上方向に投げ上げると、やがて自由落下で同じく地面に落下してその兵は絶命した。
(人間業じゃない……)
投げ技と言われて真っ先に思いつくのは柔道だが、私は詳しくない。それでも全身を利用して相手を投げ飛ばすという仕組みは知っている。
対してチェルティーナはほぼ腕の力だけで鎧を着た大人を、文字通り軽々振り回している。確実にドロップによる技術であろう事は理解できた。
そう考えながら敵を切断していると、私の元に他の兵士とは明らかに違う装飾入りの鎧を身に着けた男性が現れる。
「貴殿が責任者か?」
「え、私ですか?」
そう言ってチェルティーナの方を見る。彼女は大柄な男性の足首を持って武器として振り回していた。そして格好はありきたりな一般兵のものである。
「……」
「そうであるなら、一騎打ちを所望する」
壊滅寸前の敵軍にて、それを指揮する男性にそう言われたのだった。




