第40話② 王殺しの決断
==杏耶莉=灼天の節・十二週目=エルリーン城・城内三階王療養の間前==
「――父王を楽に……命を絶ってほしいのだ」
「!!?」
ディンデルギナのそんな言葉に、私は言葉もなく驚く。
「何でそんな結論になるんですか!」
「もうそれしか残されておらぬからだ。 仕方がなかろう」
「でも……」
私がディンデルギナ同じ息子に当たるラングリッドにも目を向けるが、静かに頷く。
「兄上の言う通りで、既に回復の兆しは訪れない。 だからこそこの決断に至っている。 理解してくれ」
「……」
「私は部外者且つ、アヤリ様に協力要請する為に関わっているにすぎません。 ですが、殿下お二人の思いは受け止めた上でこちらからもお願いしますわ」
「……」
チェルティーナの手紙には、厳しいお願いをする。断っても構わないとあった。これがその願いとやらなのだろう。
「何で……何で私何ですか?」
「うむ、順当な疑問であるな。 実の所、父王を絶つ試みは以前決行しておったのだ。 だが、無駄だった」
「無駄、ですか?」
「そうだ。 影霧発症の中でも特殊なものである所為か、異様な再生能力にて絶命させる事が叶わなかった。 それこそ、千切れた腕が繋がる程の代物でな」
「で、ある。 だからこそ、影霧を断てる唯一の存在であるアヤリに協力を要請しておるのだ」
「私なら……」
影霧による異常な再生能力。それがもし本当なら、確かに私に話が来るのは不思議ではない。どこまで私の剣が通用するのかはわからないが、試す価値はあるという判断なのだろう。
「本来ならもう少し早い段階でアヤリに頼みたいと考えていた。 だが、この国の長に関わる内容であるが故に、この場所には爵位を持った者しか訪れる事が出来ないのだ。 この事実は、国の存続に関わる重大な情報であるからな」
「それで私を貴族に……?」
それを証明する訳ではないが、珍しい事に王子二人もチェルティーナもこの場に護衛を引き連れていない事に気が付く。
この場の騎士が守っているのは王であることを考えれば、それだけのセキュリティが徹底されている証拠なのだろう。
「他の狙いもあったけど、な。 わたし達王族でもこの惨状はどうにもならず、こう回りくどいやり方になってしまったんだ」
「うむ。 チェルティーナから聞いておるであろうが、仮にこれを断っても構わぬ。 それだけ心苦しい願いをしている自覚はあるのだからな」
「……」
私が二人の王子からの説明に戸惑っていると、チェルティーナに補足を伝えられる。
「仮に実行していただいても、王殺しの罪には問われませんわ。 この場には諸々の事情を理解している方々しかおりませんもの。 この二人の騎士もディンデルギナ殿下に忠義を払っている方ですので、他言いたしませんわ。 ですわね、殿下」
「うむ。 元々危篤であった父王だ。 理由などいくらでも用意できる。 それに、アヤリが罪に問われても帰還して手の届かない場所に逃げる事も可能であろう? であれば、隠す理由こそあれ追い詰める理由は存在せぬな」
「そう、ですか……」
この王様が助からない。少なくとも元の人間へと戻る可能性はないと判断できるだろう。だが、それを息子二人から言い渡される現状にどうしても感情が揺さぶられてしまう。
そして、最後を下すのは自分になるという事実は重く圧し掛かる。私はこの王様という人の事を何も知らないのだが、多くの民から慕われているという事実は耳にしていた。
「……部外者である私が下して、絶ってしまって良いのでしょうか?」
「それ以外の手段がないと、表現するのが正しいだろう。 それに、仮にも爵位を得た其方が部外者であると卑下するのは誤りであるぞ」
「……」
私はもう一度黒々とした部屋を見る。目を凝らしてみれば、長期間ベットに横たわっていたと思われる王様の腕は皮と骨だけという状態にまで痩せ細っていた。そんな父親を二人は長い事見て来ていたのだ。もう助からないと知りながら……。
「…………やり、ます」
「……うむ、よく決断してくれた。 感謝する」
気が付けば、私は涙を流していた。
つらい仕事を頼まれたからなのか、それとも王子達に共感してしまったからなのかはわからない。だが涙声になりながらも放った一言に、殿下は労いの言葉で返事をしてくれた。
「……時間もあまりない。 手早く済ませよう。 先ずは室内の影霧を――」
「それには及びません」
私は護衛の騎士を振り切ると、影霧の充満した室内へと足を踏み入れた。
「それでは其方が影霧に……」
「大丈夫ですから」
私は視界の悪さを払拭すべく、充満した影霧を部屋の隅へと追いやった。そうして露になった王様は、遠目に見ていたのが見間違いではなく、まるでミイラの如く痩せ細って衰弱していた。
(無理やり生かされてる。 でもそれは何で……?)
それを確かめる術を持たない私は、思考を止めてディートしたのち剣を生成する。
そして、生成した剣を右手に構えると、一撃でその命を絶つべく王様に纏わり付く影霧の中心へと突き立てた。
「――さよなら」
発生している影霧との繋がりを断つと同時に、部屋に充満していた影霧は活動の供給源を失ってその場で消滅する。
そして限界まで衰弱していた王様はそのまま息を引き取った。
「……終わりました」
「……うむ、大儀であった」
影霧が跡形もなく消滅するのを見届けたディンデルギナは、悲しさと感謝半々の顔で私を見る。悔しそうに顔を伏せるラングリッドと、静かに涙を流すチェルティーナという各人の反応を確認しながら、私は生成していた剣を消失させた。




