第39話① 高校の進路希望調査
==杏耶莉=灼天の節・九週目=天桜市・自宅==
「ぃよーし、戻ったな」
社交界から数週間。休日に向こうの世界へと行っていた私、瑞紀、宿理であったが、瑞紀が用事があると言うので早めに転移していた。
こういう時にステアクリスタルの二十四時間に一回しか移動できないという制約は不便に感じる。それでも世界を跨いでいるという偉業を考えれば贅沢な悩みなのだろう。
「んじゃ、わたしは一足先に失礼するぜ!」
瑞紀はそう言って、一人勝手に玄関の鍵を開けて出て行ってしまう。
「あ、ちょっと……もう……」
仕方なしに玄関の鍵を内側から閉める。
「って、あ……。 宿理さんも居たんだった」
「はい」
「……」
「……」
彼女は無言で私を見つめてくる。
「帰らないの……?」
「そうですね。 少しお話しませんか?」
「え……」
近頃彼女は瑞紀とそれなりに仲良くなっているという印象があったが、私とはそこまで交流を持っていない。
「駄目でしょうか?」
「いや、構わないけど……」
こうして彼女の方から歩み寄ってくるのは意外で面食らってしまったが、別に拒否する理由はなかった。
私の返事を聞くと、暫く言葉を探す素振りをしてから彼女は口を開いた。
「実を言うと、春宮さんと仲良くしたいなと思いまして……」
「私と? 何で?」
「それを聞いてしまいますか……。 春宮をという特別な理由はありません。 ですが、知っての通り私には友達が居りませんので……」
「あー。 そうだよね」
入学当初のやらかしと、整いすぎている外見が祟って孤立していた。休み時間に時折一緒に過ごすことはあったが、それ以外は常に一人で居る。
「ですので、お友達になれたらなと……」
「え? もう私達友達じゃないの?」
「そ、そうだったのでしょうか?」
「私はそう思ってたんだけど……」
友達の定義は人によって異なる。私はそれなりに接点がある相手なら友達であると認識していた。対して彼女ははっきり線引きしなければ友達であると認識しないのだろう。
「じゃあ、今から友達ってことで良いんじゃない?」
「そうですね……では、よろしくお願いします」
「ご丁寧にこちらこそ……」
改めると気恥ずかしいものがある。
「――っと、それでですね。 友達になった所で進路をどうしたかお聞きしたくて……」
(それが本題だったのね)
「一応進学校ですので、既に進路希望調査が配られていますよね。 それに対して迷っていまして……」
「そうだよね……」
記憶喪失であり、この先の事など考えられない状態でもおかしくない。
「それで、六笠さんにも聞いたのですが、彼女は『知らねー。 何とでもなるだろ』と仰ってまして」
「……またアイツはそんな事言ってるんだ」
「はい。 参考にならず、その代わりに春宮さんのを参考にできればと思いまして……」
深刻そうな表情である彼女に酷な話だが、その期待には答えられない。
「進路希望なんだけど、実は私もまだ出してなくて……」
「春宮さんもですか?」
「うん……。 将来の夢とかもないし、大学は出ようと思ってるんだけど、特に上の方は目指さなくて良いかなって思ってるんだよね」
「であれば、高学歴クラスを希望しなければ良いのでは?」
「そうなんだけどね……」
私の煮え切らない様子に不思議そうな顔をする宿理。
「何か、どうでも良くなってて……」
「それはどうなのでしょう?」
割と本気で心配そうな様子の宿理に苦笑いで返す。
「何でだろう……。 よくわからないけど、先の事を考えると力が抜けるというか……頭がぼーっとするというか……」
「……それは、精神病の類である疑いがありますね」
「それは大げさじゃない?」
私がそう呟くと、彼女は首を振るった。
「いえ、唯でさえ異世界を行き来してますし。 近頃は向こうで負担の掛かりそうな事をしてらっしゃいます。 何らかの疾患であってもおかしくありません」
「そうかな?」
「はい。 早期に一度診断を受けるのをお勧めします」
「……でも病院って、何かに託けて病気って事にしそうじゃない? 特に精神科なんて……」
「偏見はよろしくありませんよ。 鬱とまではいかなくても、それに近しい状況である可能性も十二分にあり得ると思われます」
「……わかった。 今度予約を入れて行ってみるよ」
「賢明な判断です」
そうして話が逸れていたことに気が付く。その後の話し合いで進路希望は二人共通常クラスを希望するとして提出することになった。
「……別に、私に相談する必要ってあったの?」
「はい、ありました。 大事な事ですので……」
「そ、そう……」
よくわからないが、彼女にとってはそうなのだろう。
「……できれば春宮さんから六笠さんにも同じで出しておくように伝えておいてください」
「まぁ、アイツなら高学歴クラスとか面倒そうだって言いそうなものだけど……。 でもあれ? 何でそれなら提出していないんだろ……」
「……何故でしょうね」
私が不思議に思っている内に、宿理は自分の荷物を持って立ち上がった。
「それではお暇させていただきます」
「あ、うん」
そう言って、彼女も玄関から出て行った。
考えも読めず、何とも不思議な時間であった。




