第38話⑤ 戦争の利と私の価値
==杏耶莉=灼天の節・六週目=エルリーン城・社交界会場==
嵐の如く現れ、去って行ったディクタニアに続く人はおらず、王子への謁見の番まで後続が現れなかった。
そして順番に行われる謁見で向かわなければならない時間となってから、私はチェルティーナと共に王子の元へと向かった。
「――して、何事もなく退けられたのか」
「えぇ。 十全とはいきませんでしたが、それでもアヤリ様が無事説明なさってくださいましたわ」
「……そうですね」
引っかかる部分こそあれど、私の意思は伝えられたつもりである。そう考えながら、先程までディクタニアが座っていた席をじっと見る。
「それで、当の本人は何処に……」
「今しがた会話したばかりで気まずいと申して、一度会場を出ておる」
「そうですか……」
王子が任されている順繰り挨拶は、本来王様がすべき仕事であるらしい。それを代理として任されているだけで、元々王族だからと社交の場で常に席に居なければならないという決まりはないのだそうだ。
「うむ……我からすればあれの考えも理解できぬ訳ではない」
「殿下は中立派寄りですものね」
「そうなるな。 争いが絶えぬ以上、どちらの派閥の意見にも誤りなどなかろう。 優劣を線引き出来る訳でもあるまい」
「ですが、何れはどちらかを選択しなければなりませんわ」
「その様な時など来なければ良いのだがな……」
戦争をする理由の大半は、他国の領地や資源、技術。そして人材を欲して発生するものである。
その点この国レスプディアは恵まれた土地に、他国の追随を許さないマークから齎された高度な産物が存在する。何もかもが揃っているとは言えないが、それでも他国に目を向ける余裕がない程に自国の発展に大忙しである。
対する隣国、戦争を仕掛けているギルノーディアの土地は豊かであるとは言い難く、毎年多くの民が飢餓でその命を失っていると聞く。だからこそ、この国を目指して力でもって行動しなければならないのだろう。
それは今に始まった話ではなく、長い歴史の過程で国の名を変え、時を越え。続けられてきた因縁であるのだろう。既に貿易だ国交だなどという次元で済む領域を越えてしまっている。
現在は終戦の公約が交わされず冷戦状態となって小競り合いが続いているが、およそ三十年前……この世界の単位では十周期前には大規模な戦闘が繰り広げられていたという。流石にその時現役であった人が前線で戦ってはいないだろうが、決して遠い昔の出来事であるとは口が裂けても言えなかった。
「戦争なんて、ないのが一番ですよね……」
「アヤリ様の考えは最もですわ。 仮に攻勢に出ても得られる物より失う物の方が多いですわ」
「……それって、肯定派の意見は意味がないって事ですか?」
そう質問すると、軽く首を振ったチェルティーナが王子を一瞬見てから私に説明をする。
「実はそう単純な話ではありませんの。 マーク様の持ち込んだ知識によって発展した我が国の産業ですが、その反面、近い内に鉄不足に陥るという見解がありますの」
「鉄ですか……」
確かこの国の北側には険しい山脈があり、そこから鉱山資源を調達しているという話であった筈である。
「ノーヴスト大陸では、東側と比べて西側に鉄資源はそう多くありませんの。 逆に岩塩等、別で取れる資源はあるのですが、それでも大陸北東に位置するギルノーディアには多くの鉄資源が眠っているとお聞きしていますわ」
「そうなんですか?」
「えぇ。 ですので、それを理由に戦争に託けて領土を奪えるのでは? というのは肯定派の意見ですわ」
「そういう問題もあるんですね」
「それに、戦時中は傭兵……平時には用心棒をしている方々も大きな戦が書き入れ時ですわ。 逆に戦いがなくなってしまえばそれが不満にもなり得ますの」
「その様な輩は、職を失い手が余れば賊にもなり得る。 列車の出現により国内の行き来が失われることはなかろうが、それでも甚大な被害を生み兼ねぬな」
「そっか……。 戦争がないと困る人も居るんだ……」
彼女に加えて、王子の話を聞いてあちらの言い分は理解できないこともない。
何かが発展すれば、その代償に何かを失ってしまう。機械が発展すれば人が手作業でしていた仕事をする必要がなくなるが、その代わりにそれを生業としていた人の仕事はなくなり、失業してしまう。そんな話を思い出した。
「兎に角、そんな側に付いている方々すればアヤリ様は恰好の獲物ですわ」
「何度も言われてますが、そこまでの価値がありますかね?」
「ありまわすわ!」
私の質問にチェルティーナはきっぱり答える。
「自分に付加価値について正しく理解してほしいですわ。 大会へと参加して優勝した女性の剣士。 それも華奢で特別な武器を扱う。 これ以上にない旗印になりますわ。 それを肯定派は迎え入れる事で他へとアピールし、勢力拡大を狙っていたのでしょうね」
「うむ。 それに実の所、アヤリに爵位を与えると根回ししておかねば権力を笠に着て取り込もうと動く者もおった。 直接耳にした訳ではないが、戦場で強い女を抱いて屈服させたいなどとぼやく下種な下級貴族に豪商も何名か名を聞いておる」
「抱くて……」
「その様な侮蔑を……。 殿下、その者の控えを頂きたいですわ! レスプディア貴族の風上にもおけませんもの、鉄槌を下しますわ!」
私に対する酷い発言であったにも関わらず、私よりもチェルティーナが怒りを露にする。
「……用意しておこう。 それと、利用価値のある者も含んでおるので、その注意も後程しておく」
「承知いたしましたわ」
(そういうのもあるんだなー)
二人の悪巧みをぼーっと聞いていると、流石に時間を取りすぎであると王子に仕えている人に言われる。
「うむ、もうそんな時間か。 では、最後にアヤリ」
「はい」
「くれぐれもディクタニアには注意してくれ。 まだ良からぬ企みをしてるやもしれん。 それに、アレには其方らの事情を説明しておらぬからな」
私たちの事情とは、異世界云々についてだろう。
「わかりました。 気を付けます」
「では殿下。 御機嫌よう」
「うむ、今宵も大儀であった」
そうして順番謁見が終わって、元の位置に戻る。
暫くしてからちらほら私とチェルティーナに挨拶しに来る貴族達は居たが、特別何事もなく社交界は終わりを迎えたのだった。




