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第38話④ 戦争の捉え方


==杏耶莉(あやり)=灼天の節・六週目=エルリーン城・社交界会場==


 そう言ってディクタニアから差し伸べられた手を私は取らなかった。


「すみません。 今の話を聞いても尚、私は貴方には賛同できません」

「ま! 何故ですの!? それだけの戦う才覚をお持ちでありながら持て余そうとおっしゃいますの!?」

「……別に、私の剣なんて大したものじゃないですよ」


 何度となく剣の才能があるとだけ言われているが、私はそれに対して大きな価値を見出していない。


「そんな事ありませんわ! 先日の闘技大会では見事な戦いぶりでしたもの。 わたくしにはそちらの程度を測る術はございませんが、武の才を持つ多くの者から間違いない能力をお持ちであると伺っておりますわ!」

「……その話にどれだけの意味があるのかは知りません。 でも、それでも戦争っていう大きな話になれば単なる一個人でしかありませんよね」

「その認識に謝りはございませんわね。 でも、個の将がもたらす価値はとても重大なものでありますのよ?」

「そうかもしれませんね」

「では――」

「戦争どうこうは……もういいです。 ですが、それ以外にもそっちの派閥に下れない理由はあります」


 私は彼女の派閥に入るつもりはない。それには相応の理由付けが必要なので、考えながら発言を続ける。


「他の理由ですの……?」

「そうですね。 その理由としてチェルティーナさんには色々と貸しがあります。 その恩に報いる為には、仇で返さない為には敵対派閥には入れませんよ」

「貸し……ですわね。 それには心配する必要はございませんことよ! どれだけの貸しがあろうと、わたくしが返済を手伝いますわ! どの程度の額か申し上げて下さいませ!」

「そういうんじゃないです。 彼女は理ではなく困っていた私に声を掛けてくれました。 ですので裏切れないですし、金銭で返せる物ではありません」


 私の立場を知ってから、打算目的で利用された事がないとは言わない。だが、チェルティーナとと出会う切っ掛けとなる最初は彼女の親切から始まったものに違いはなかった。

 今にしれ見れば大したことではないし、そこまで気にするべきではないのかもしれないが、それがなければ今がないのも事実なのだ。


「……そう言われてしまっては、わたくしの立場ではどうしようもないではございませんの」

「すみません……」


 金色の長い髪をかき上げると、前のめりであった彼女は体勢を直した。


「であれば、今回の所は諦めますわ。 そうした間接的な柵が関わるのであれば説得は無理ですもの」

「す、すみません……」

「謝罪は結構ですわ。 どうせ、お兄様やあの男が関わっているは間違いありませんもの。 出遅れたわたくしに非がございますわ」


 その言葉を聞いたチェルティーナがディクタニアへと警告する。


「お言葉ですが、ディクタニア殿下。 ご兄妹であらせられるラングリッド殿下に対し、あの男などという発言は聞き捨てなりませんわ!」

「ま! レスタリーチェ。 あの男はあの男ですわ。 わたくしは妾の子供を王族であると認めておりませんもの」

「妾ではなく第二王妃ですわ。 正式な形式に則って王族として認められております事をお忘れですのね」

「その認識にこそ誤りがあるとお判りになりませんの? 事実本人に王族らしからぬ言動があるとは思えませんわ」

「そんな事はありませんわ!」

「それをお兄様は何故……」


 今の会話内容から、ややこしい事情が絡んでいるのは理解できた。どうやらディクタニアはグリッドを嫌っているらしかった。

 だがチェルティーナ曰く、王子二人の仲は良好であるらしい。


「それでハルミヤ男爵。 一つ問いに答えてもらえませんこと?」


 チェルティーナとの会話は終わりだと言いたげに私へと向き直ったディクタニアがそう質問する。


「問い……ですか? それは構いませんが……」

「では一つ……、ハルミヤ男爵の戦争に対するお考えをお聞かせ願えませんこと?」

「……戦争ですか?」

「えぇ、そうですわ。 これは先程までの派閥に関わらず、お考えを聞かせ願えればという次第ですの。 他国出身のハルミヤ男爵からすれば某国に対する気持ちを聞いても仕方がありませんもの。 可能であれば貴方の国の争事について話してもらいたいですわ」

「……」


 私の出身、日本で戦争という話なれば、私どころか私の両親ですら終戦後に生まれている程度には過去の出来事となっていた。実際の戦時を経験をしている人は今も減少し続けている。

 それを少しでも後世に残そうと、歴史の教科で学んだ事に対する率直な意見を口に出した。


「戦争というのは、馬鹿な事だって私は学びました」

「馬鹿……でございますの!?」

「はい。 でも私はそういったのに関わった経験はありません。 平和な国で生まれて過ごしていました」

「……そうだったんですの」

「ですが、過去の戦争で私の生まれ育った国は敗戦国でした。 国を挙げて勝つ為に、時には非道な事をしながら突き進んでいたそうです」

「……」

「でも、最後に大きな一撃によってとある地域が大打撃を負いました。 それを目の当たりにして降参せざるを得なくなったらしいです」

「……わたくしには予想しかねる状況でございますわね」

「私も無理ですよ……」


 戦争の悲惨さは、それを経験した者にしか理解できない。私はあくまで最低限の知識しか持ち合わせていないのだ。


「そうして出来た今の私の国には軍と呼べる組織は存在しません。 それに近しい組織こそありますが、それはあくまで国内の防衛の為に存在しています」


 「以上が話の全てです」と締めくくると、ディクタニアは間を置いてから私に尋ねる。


「……ハルミヤ男爵の故郷の国の話と、そこで学ばれた知識については理解しましたわ。 ですが、貴方本人の考えをお聞かせ願えませんの?」

「それは……」


 自分でも無意識に避けていたことに気が付く。そして、その考えはこの場では言うべきではない内容であると即座に悟った。


「お、同じ考えです。 そんなもの、しないに越した事はありません」

「そうですの……。 でも、そのお考えは間違っておりませんわね」


 その場で私は咄嗟に嘘を付いてしまう。仮に戦時中の国に生まれ育ち、ある程度関わりを持ってしまえばこうなるだろう、と考えてしまっていたからだ。


(――復讐……)


 その瞬間、ディクタニア……いや、戦争肯定派にある一つの感情に共感してしまう。

 恐らく戦争へと積極的である最大の要因はそこに集約されるのではないだろうか……。


(私は、違う……)


「んー……、ハルミヤ男爵のお考えは理解できましたわ。 わたくし達と同じ雰囲気を纏っていると感じたのですが、謝りであったみたいですもの。 お時間を取らせてしまい、申し訳なく思いますわ」

「……いえ、こっちこそ時間を割いていただき、ありがとうございます」

「では御機嫌よう。 そこのレスタリーチェも同じく」

「えぇ、ディクタニア殿下御機嫌ようですわ」


 そう言ってディクタニアは去って行った。


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