第1話② 初めてのドロップ
==杏耶莉=レストラン・グッグナギルス==
服を着替えた後、私とマークは町へと繰り出した。目的は買い物である。
まず驚いたのは、この世界の住民の色だった。髪色が赤や青、オレンジや紫で、肌の色も青白いと思えば赤黒い人もいたりと、おおよそ日本どころか海外にも存在しない程にカラフルであった。そんな様子は私にとって、ここが異世界であると実感する程度には不思議な光景に映った。
とはいえ背が小さくて髭が生えていたり、耳が長くて細長いというような人種は少なくとも見かけておらず、あくまで私の知る人間の見た目をしている。
ひとしきり驚いた後に、マークに連れられて服を何着か購入した。私の好みに合わせてワンピース類を中心に選んでいる。
サイズの合わない服も着替えてしまい、現在は飲食店で昼食を取っていた。
「お金とかって本当に大丈夫なんですか?」
「ん? お金に不自由してないから気にしないでよ」
こうやって値段についての尋ねてもはぐらかされてしまっている。
今も飲食店に来ているが、少なくとも安いお店ではない。生憎翻訳機では文字は読めるようにならないらしく、メニュー表を見ても金額が読み取れない。店内をで食べられているものの名称は分かるので注文はできたが、複雑な心境になる不便さである。
「あと何か必要なもの、欲しいものはあるかい?」
「うーん、思いつきません。 まだ足りないものはあると思うのですけど……」
いざ何もない状態から生活に必要な物を、と考えると意外と出てこない。元の世界の自宅には大抵のものは揃っていたのだ。
そもそもここは異世界、文化的な違いで必要なものも変わってくるだろう。今までの常識は通用しない。当然他人に建て替えてもらうので必要最低限に留めて贅沢品を要求するつもりはない。
ふと周囲を見渡すと、見覚えがありそうでなさそうな料理が給仕の手によって行き交い、客の座っているテーブルに広げられていた。
(こっちの世界に長くいることになったら料理の腕が鈍っちゃうかも)
そんなことを考えると料理をしなければという焦燥に駆られた気がした。
「あ、食材が欲しいです。何か料理とかしたいので」
「料理か……うん、いいね。 できればキミの世界の料理をボクに振舞ってくれると嬉しいかな」
「別に得意というわけではないですが、挑戦してみますね」
「可能な範囲で構わないよ」
……
パスタに似ているが妙にもちもちしている麺を食べ終えて、食後の飲み物に渋めの紅茶を飲みながら疑問に感じていたことをマークに尋ねた。
「そういえばマークさんって普段は何をしている人なんですか?」
「ボクかい? そうだね……研究、かな」
第一印象の研究者というのは誤りではなかったようだ。
「研究って何のですか?」
「この世界にはドロップと呼ばれる魔法のアイテムが存在してね、それについてかな」
「ドロップ、ですか」
「そう、ドロップだよ。 これを一言で説明するなら……食べた人が一時的に魔法を使えるようになる飴玉、ってトコロだね」
魔法と聞くと最初に思いつくのは杖から火や雷を飛ばしたり、瞬時に遠くへ移動するような人知を超えた力だろうか。
「それって、私も使えるんでしょうか?」
「うーん……。 キミはこの世界の住民じゃないから、確実なことは言えないかな?」
「えぇ……」
魔法の存在する世界と聞き、舞い上がった状態から叩き落された気分だ。
「折角なら試してみるかい?」
そう言うや否や、マークはポケットからガラスでできたケースを取り出し、それを押し付けるように私へと突き出す。
怖ず怖ずとそれを受け取り、蓋を開けて中を覗き込む。その中にはビー玉大の透明な丸いものが一つだけ入っていた。
(綺麗……)
一寸の曇りのない綺麗な球体であるそれは、どこか神秘的であった。指でつまむようにして持ち上げると、想像以上に軽かった。
また、表面はつるつるとしており、思い切り力を入れたら砕けてしまいそうな脆さであると感じられる。
「それを口に入れて、奥歯で噛んでみてよ」
「!?」
突然マークはそんなことを言い放った。
明らかに食べ物ではなく、宝石か何かであるこれを口にするなど……と考えながら、あることを思い出した。
(……これがドロップか)
そう考えると落ち着きを取り戻し、再度手元のドロップを見つめる。
その後、マークの方を見ると無言でうなづくので、意を決してドロップを口に入れて奥歯で噛み砕くと、『パキッ』と音がしてドロップが砕ける。
しかし、ほとんど空洞だったらしく触感を感じることはなかった。外側の破片も噛んだ瞬間に口の中から消えていき、残るようなことはなかった。
(それよりもなんか、変。 手の……先?がムズムズする)
手の部分を関節として、もう一関節腕が生えてきたような疼きを感じ、口で息を吐けるように、何かを出せそうな感覚がある。
徐に立ち上がり、その感覚に身を任せてそれを表に出す。すると空中の何もないところから剣が現れた。
「おっと……」
現れた剣を落とさないようにしっかりと掴む。
その剣は何年もそこにあったかのように手に馴染み、鉄でできているであろう見た目とは裏腹にとても軽かった。
「マークさん、これって……」
「キミの第一適性は剣のドロップみたいだね。 ドロップを使うための適性は人によって異なるんだよね」
(剣ってことは……刃物だよね。 うーん……)
剣に馴染みはないが、刃物に良い思い出はないので、あまり歓迎し難かった。
「というより、魔法じゃなかったんですか!? 武器じゃないですか!!」
「ん? キミの魔法の定義は知らないけど、手から炎を出すのも、剣を出すのも似たようなモノじゃないかな? それに武器が適性の人は珍しくないよ」
そう答えられると返す言葉もない。
私の世界に少なくとも知る限りでは魔法なんて存在しなかったので、そういうものならそういうものだと割り切るしかない。
「それに、キミが剣以外のドロップを使える可能性は有るよ。 託宣のドロップで判断できるのは第一適性だけだからね」
「そうですか」
そう話をしていると飲食店のウェイトレスがテーブルの近くに立っていた。
「お客様、店内でドロップの使用はお止めくださいますようお願いしております」
周囲を見渡すと店内の客や店員が私達の席に注目していた。どうやらかなり目立ってしまっていたらしい。
「それを消すことは可能かな? 生成するときと反対の要領なんだけど」
「……やってみます」
出すときは息を吐き出すイメージだったが、今度は吸い込むイメージで集中して力を入れると、手元の剣が消えた。
「ふぅ……。 できた」
「……気をつけてください」
不機嫌そうな声色でそう言いながら、ウェイトレスが歩いて行った。
「ゴメン、場を弁えていなかったね」
「いや、こっちこそ断りもなく剣出しましたし……」
席に座りなおし、カップに残っていた紅茶を啜るが、緊張なのか冷めていたからか、味はよくわからなかった。