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第38話③ 第一王女襲来


==杏耶莉(あやり)=灼天の節・六週目=エルリーン城・社交界会場==


 私はチェルティーナの元へと戻ると、やっと一息付ける。だが、会場内の視線は感じるし、そもそも社交界が終わるまでは完全に息は抜けない。


「見事な挨拶でしたわ」

「……私は何も喋ってないですけどね」

「ですが、これからが本番ですわ。 (わたくし)もフォローはしますが、気を引き締めて参りましょう」

「はい、頑張ります……」


 私は全体での自己紹介はせず、この後来るであろう貴族に対してのみ挨拶を交わす手筈となっていた。


「んむ、久方ぶりですな」

「あ、スコーリーさん。 お久しぶりです」


 ランケットの副リーダー、スコーリーが早速挨拶に現れる。他の貴族は私の所へと向かう相手を牽制しつつ見合っていて出遅れていた。

 スコーリーはこうした公的行事にリーダーに代わって参加する事が多いと聞いている。街の平民ならいざ知れず、流石に貴族相手には誤魔化し切れないのだという。


「初めて直接お会いしたのも社交の場でしたな。 あの時と比べて随分様になっておいでです」

「ありがとうございます」

「はてさて。 老骨には時の流れが早く感じるものですな。 商会と自警団双方の舵取りをして目まぐるしく日々を過ごしてるのもあって、アヤリ様と言葉を交わしたのがつい先程の事に思い起こされます」

「ご苦労様です」


 そこまで話すと、スコーリーは周囲を見渡して作り笑いを浮かべる。


「……どうにも儂が貴方を占領するのを快く思わない者もおるようですな。 それではアヤリ様、そしてチェルティーナ様。 お暇させていただきますぞ」

「はい、それでは」

「精々ランケットの為に人脈を育てておいてくださいませ、スコーリー」

「ですな。 尽力致しますぞ」


 そう言ってスコーリーは去って行った。それを見計らって別の貴族が私達の元へと近寄る。


「お久しぶりです、レスタリーチェ嬢様」

「えぇ、お久しぶりですわ――」


 そうして、チェルティーナへの挨拶と、私への探りを入れてくる貴族達との水面下での静かな戦いが幕を開けた。


 ……


「それではそろそろ引かせてもらいます。 レスタリーチェ様。 そして、ハルミヤ殿」

「えぇ。 有益な会話をありがとうございますわ」

「お、お疲れ様です」


 そうして何人目かすら覚えていない、貴族の人は去って行った。

 所作は合格を貰っているが、言葉遣いは酷いという自覚を感じさせられる。しばしば私が言葉を発すると、苦い顔をされてしまった。


「……別にアヤリ様の言葉遣いをそこまで重要視している方は居りませんわ。 唯単に、上手くできている見た目や動きに対して乖離しているだけですもの」

「それって、余計に駄目って事じゃないですか」


 ドロップ式訓練によって向上した技術が仇となり、寧ろ評価を下げてしまっては元も子もない。


「そも他国から来ているという触れ込みを殿下がしていらっしゃいますもの。 さほどアヤリ様に対して礼を重視する事はありませんわ」

「それなら良いんですけど……」


 そうして話していると、次の貴族が近寄って来ない事に気が付く。そこで初めて周囲を見渡すと、その要因である人物の到来が明らかな理由であった。


「……まだ否定派の順番ではありませんし、王の血に連なる者がそう歩き回るのは如何でしょうか。 ディクタニア殿下」

「あら? わたくしの用向きは貴方ではありませんわ、レスタリーチェ」

「そうは参りません。 今回仲間入りを果たすアヤリ様のお目付け役をディンデルギナ殿下より仰せつかっておりますもの」

「では、第一王女として命じます。 即刻立ち去りなさい!」

「お断りさせていただきますわ」

「……武勇を謳いながら腑抜けた派閥に属する勇者の出涸らし風情が、立場を弁えて下さいませ!」

「お言葉ですが、通説であれば来節の社交界から参加する筈のディクタニア殿下こそ、今節の主役を奪っている自覚はありませんものね。 殿下こそ立場をお考えになってはどうでしょう」

「言わせておけば……」


 一触即発の雰囲気に、即座に私は呑まれてしまう。

 挑戦的な表情の王女に対し、一歩も引かずに対抗するチェルティーナが頼もしく思える。


「ま、今日の所は不問と致しましょう。 それより今宵の主役たる二人で、じっくりお話しいたしませんこと? ハルミヤ男爵?」

「え、あ……ぅ」


 突如私とチェルティーナの間に割って入った向けられたディクタニアに、毒牙を向けられてたじろいでしまう。

 何とかチェルティーナの方を目で見て助けを求めるが、一瞬動こうした彼女はその手を止めてしまった。


(後は私がやらないとか……)


 どれだけ言葉を並べても、チェルティーナとディクタニアでは上下の関係が存在する。貴族は王族の部下みたいな立ち位置でしかないのだ。


「こ……この場でお願いします。 わざわざ王女様に足を運ばせるのも悪いですので」

「ですが、邪魔な虫が飛んでおりますもの……。 んー……ま、良いでしょう。 線引きぐらいは出来る知能は持ち合わせているみたいですし」


 背後を振り返って、私とディクタニアの会話を邪魔しようとまではしないチェルティーナを確認した後、彼女は私に話を続けた。


「達者に口が回る訳でもないみたいですし、単刀直入に申し上げてございますわね。 わたくし達の派閥へと招待いたします、ハルミヤ男爵」


(来た……!)


 予想通りというか、それしかないというか……。彼女は事前に知らされていた内容を私へと提案してくる。


「あ、有難い御誘いですが……辞退させていただきます」

「ま! 何故でしょう!? あれ程の実力を以っていて軟弱な派閥を選ぶという戯言を仰いますの!?」

「は、はい……」


 彼女はもう一度チェルティーナの方へと振り返ると、冷たい口調で話を続ける。


「理由をお聞きしても構いませんこと?」

「それは……戦争に反対だからです」

「んー。 恐らくハルミヤ男爵は勘違いしてますわね」

「え……?」

「何を吹き込まれたのか存じ上げませんが、別に此方の派閥は戦争がしたい。 犠牲を増やしたいという考えではございませんわ」

「そうなんですか?」

「えぇ。 ですが、隣国からの襲撃。 それが存在する事実は残念ながらございます。 他から流れ着いた貴方にはお恥ずかしい話、その小競り合いは終息を迎える兆しがありませんわ。 それはご存じですわね」

「はい……」


 ギルノーディア帝国との冷戦状態。大規模な進軍こそないが、特に国境付近では今も小競り合いが頻繁に続いているという事実は何度となく聞いていた。


「このまま某国の暴挙を許しておけば、遠くない未来に我が国民が血を流す事態へとなりかねません。 それを阻止すべく、考えなしに防備を固めるだけでなく、攻勢に出る必要がある。 そうした考えを持つ者同士の派閥ですわ」


 「そうなのですか?」と後ろに見えるチェルティーナに目線で尋ねると、肯定の意味を含めて彼女は頷いた。

 別に肯定派が争い大好きな野蛮人であるという話は聞いていないが、殊の外安全そうな集まりであるらしい。


「ハルミヤ男爵程の実力を兼ね備えているのであれば、某国の野蛮人を滅ぼすことも容易でございますわ。 わたくしとしては手を取っていただきたく考えてますの」


 そうしてディクタニアは私に向けて手を差し伸べた。


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