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第38話① まだ見ぬ第一王女


==杏耶莉(あやり)=灼天の節・六週目=エルリーン城・社交界会場==


 夏休みも終わって時も巡り、淡々と学生と貴族訓練を繰り返して気が付けば灼天の社交界当日となっていた。

 準備もあるからと余裕を持って会場入りしていた私は、ふと数年前参加した社交界を思い出す。


(あの時はこっちの世界に来たばかりで、何もわかんない状態だったなー)


 その時と比べて今は堂々とこの場に参加出来ている。不安げだった前回とは違い、今回は誇らしげにこの場に立てていた。


「何をそんな自信気なのでしょうか」

「……一応私の従者として参加してるよね?」

「そうですね」

「……まぁ、良いけどさ」


 日に日に私への態度がぞんざいになっていくエスタルに、思わず苦言を呈する。決して舐められているとかではなく、親しみの感情であるという事は伝わるのが救いである。

 それに、一対一の時は酷い物言いでも、第三者の居る場で決して私を貶める発言はしないので、公私混同はせずに仕事はこなしてくれていた。


「にしても、警備の人数が私が知ってる社交界と比べてとても多いよね」

「そうですね。 あの襲撃以降、警備は相当厳重になりました。 私は何度かチェルティーナ様に連れられて同行してましたので、知っていますが……そう言えば、アヤリ様はあの回しか参加していなかったのですよね」

「うん」

「……もしかして、アヤリ様が参加すると良くない事が起こるとかありませんか? ですので今回も――」

「そういう想像は止めてよ!」


 私が悪者にされてしまう発言に若干焦る。

 実際彼女の言う通り、私が参加していた唯一の社交界でその襲撃があったのだ。そう疑われても仕方ないのかもしれない。


「戻りましたわ」

「あ、お帰りなさい」


 そんな会話をしていると、チェルティーナが戻ってくる。彼女は最後の下準備とやらをしに一度どこかへ行っていたのである。


「……以前お話ししていますが、まだ人が集まらない内に再度話しておきますわね」

「りょーかいです」


 真剣な態度で臨むチェルティーナに釣られて、私も気持ちが引き締まった。


「ディクタニア様が本来の予定を前倒しししてお披露目なされます。 恐らくその理由にはアヤリ様を彼女の派閥に取り込みたいという思惑があるのでしょう」

「やっぱりですか? 実は間違いだったとかもなく?」

「えぇ。 間違いなく参加されるみたいですわね」


 ディクタニアとは、この国の第一王女の名である。第一王子であるディンデルギナ、第二王子であるラングリッドとは少し年の離れた妹姫君に当たる。

 母は第一王子と同じ方だそうだが、現王がほぼ引退状態にあるこの国では表立った活動はしていないらしい。


「絵姿通り、単に可愛い女の子だったら良いのに……」

「そうも参りませんわ。 (わたくし)からすれば、明確な敵ですもの。 心して当たる必要がありますわ」


 何でも、チェルティーナとディクタニアとでは考え方が違っていて、敵対派閥に属している。戦争否定派であるチェルティーナに対し、戦争肯定派の筆頭として祀り上げられているのがディクタニアその人である。


「王族であるにも関わらず、体調の悪い王様と同じ考えの国王派ではなく戦争に積極的な姫様……」

「それはその通りですが、別に王族が必ずしも現王と同じ思考でなければならないという決まりはありませんわ。 事実、ディンデルギナ殿下は国王派ではあるものの中立派寄り。 ラングリッド殿下は(わたくし)と同じ否定派ですもの」

「丁度三つに分かれてるんですね……」

「今の所、次期国王候補はディンデルギナ殿下ですので、仮にディンデルギナ殿下が王位を継げば、数で勝っていた否定派は力を失ってしまいますわ」

「派閥とか、大変だよね……」

「アヤリ様、他人事ではありませんわ! 今日の社交界にてお披露目された暁には、大勢の貴族から誘いを受ける事になりますもの」

「……もうチェルティーナさんと同じ、否定派ですって言えば済まないかな」

「貴族である以上、たとえ敵対派閥であろうとも最低限の礼は果たさねばなりません。 一言二言で済ませられるものではありませんわ」


 私が賜る爵位は男爵のものである。今のこの国では最低ランクであるのだが、私はとある理由で顔が売れすぎている。


「こんな事なら、闘技大会に出るんじゃなかった……」

「それを決めたのは殿下でも(わたくし)でもなくアヤリ様本人ですわ。 その所為もあって殿下と(わたくし)は今回の根回しに割く手間は格段に増えている自覚はありますの?」

「……ならあの集まりの時に止めれば良かったじゃないですか」

「手間は増えてますけれど、その分アヤリ様の爵位を上げていく算段も組みやすくなっていますので、最終的な結果を見通せば近道ではありますもの。 薦める理由こそあれ止める理由にはなり得ませんわ」

「……」


 ここ数か月はかなり忙しそうにしていたので申し訳なく感じていない事もない。

 彼女らがどういった計画で私を貴族にしたいのかは知らないが、その期待には答えたいと感じていたのである。


(なんだかんだ王子やチェルティーナさんには世話になってるから、断るのもって思ったし……)


 正直な感想になるが、私がどう扱われるかはこの際どうでも良かった。その過程で訓練をしなければならなかったのが面倒ったのと、今現在ややこしい状況の中心に立たされているのが嫌なだけであって貴族になるのはどちらでも構わないのだ。


「それにしても、完成物を見た時はどうかと思いましたが……アヤリ様が着るとあるべき姿に見えますわね」


 チェルティーナは私の恰好を指してそんな感想を発する。

 私が今着ている物は、今回に向けて一から仕立てられた私専用のドレスであった。以前借りていたチェルティーナの物と比べて装飾は控えめである。だが、その代わりにフォーマルさを維持しつつも、目に見えない部分で動き易さを確保していた。同様に靴も踵のある靴ではあるが、歩きやすさを重視した特注の品を準備させている。出費は全て殿下持ちなので気楽なものである。


「そうですか?」

「えぇ、そうですわ。 今回アヤリ様は注目を集めますので、こうした形式のドレスが流行るかもしれませんわね」


 流行に敏感な貴族令嬢や淑女に、どこまで魅力的に映るのかは存じ上げない。 だが、詳しくないなりに向こうの世界でわざわざ買って来たファッション誌が、少しでも報われるならそれも良いのかもしれない。


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