第37話③ 副次的効果範囲
==杏耶莉=快天の節・十五週目=マクリルロ宅・研究室==
「……そう言えば、結局キミは何が目的でボクにこの話を聞きに来たんだい?」
エスタルの測定を終えて一段落してから、改めてそう聞かれた。
「……実は、私の足捌きが戦闘中とそれ以外――例えば、貴族みたいな歩き方の訓練で精度が違うって話になったんだ。 それで、ディートすればエスタルに睨まれる動作にならないかなーって……」
「アヤリ様……。 そんな不純な理由でわざわざ訓練を中断したのですか?」
彼女の声色に若干の怒りが感じられる。休みも終わり、次節が近づきつつある中で一向に上達の兆しが見えない私は柄に会わず慌てているのだ。その程度のズル?悪知恵?は見逃してほしいものである。
「そんな期待をしているところ悪いけど、多分副次的効果でその類の動きに影響はでないんじゃないかな?」
「……本当に?」
「それはそうだよ。 だって、例えばキミの最も適性の高い剣のドロップだったとしても、それは剣を扱う技術の向上だからね。 その際に必要な動きとそれ以外の動きは別物じゃないか」
「でも、試してみたいでしょ?」
「……ボクは今忙しいんだけど」
彼の目の前には、青色の貝殻らしき物体が置かれていた。恐らく先日から瑞紀聞いた遺物という品なのだろう。
「もしかして、忙しいってそれ?」
「先日預かったこの貝には、何やら特殊なものが備わっているみたいだからね。 それを調べないとなんだ」
「……その貝、落とし物だって聞いてるけど」
「危険な品かもしれないだろう? そういった影響調査も異世界管理官の仕事でもある」
「あ、そうなんだ」
異世界管理官の仕事なら仕方ないだろう。常にドロップ最優先でそれ以外最低限しかしない人思っていたが、職務はしっかり全うするらしい。
「……じゃあいいや。 次会った時結果だけ教えるね」
「そうだね。 結果さえ教えてもらえるならそれで充分かな」
「りょーかい。 それならエスタル、帰ろっか」
「はい」
こうして、私とエスタルはドロップに関する情報を得て帰宅に着いた。
……
帰宅して早々、私はエスタルに着替えさせてもらい、訓練に戻った。
「本当に試すのですか? マクリルロ様は無駄だとおっしゃっていましたよ?」
「無駄だとは言ってなかった筈だけど……。 でも、一回だけだから……お願い」
「はぁ、仕方ありませんね」
口ではあーだこーだ言いつつも、彼女は了承してくれた。実年齢は彼女の方が年下なのだが、傍から見れば私が子供みたいである。
「ディートするよ」
「はい」
私はいつも通りの剣のドロップを口にする。同じくいつも通り一本の剣の存在を感じるものの、今は不必要なので生成はしない。
「では、外出前と同じく歩いてみてください」
「りょー――ちがった。 了解しましたわ」
口調もお嬢様言葉に切り替えて訓練に臨む。こういうのは気持ちから入るのが大事だ。
「……」
「……」
「……いかがでしょう、エスタル」
「いつも通り、指摘箇所は多いですね」
「うぅっ……」
自信があっただけに、心に『ぐさり』とその言葉が刺さる。
「やはり地道に訓練を続けてもらえますか?」
「待って! もうちょっとだけ待って! こう、神経を集中させれば……」
「効果ないと思いますよ……?」
私は念動力でも溜まりそうなポーズを取って集中する。
戦闘する際にはどんな心持ちで動いているのか。それを思い出しながら全神経を逆立てさせる。
(こう、敵の攻撃を避ける気持ちで動く。 それで攻撃する時は、万が一に備えてどの方向にも動ける様に気を付けながら着実に距離を詰めるよね)
それを今訓練している足捌きに対応させる。全然違う動かし方なのだが、自在に足を動かすという意味ではそう遠いものではない。
(違う。 別々の動きじゃなくて、寧ろ同じだって考えなきゃ。 ドロップはあくまで対応する能力にしか発揮しないんだから)
それならば、実際に生成させずとも、剣を持って何もない空間に敵が居ると思って足を一歩前に出した。
(あくまで足の動きは貴族の動き。 でも、近づいたら剣で斬ると思って歩く……)
そう夢想しながら訓練に使っている直線を歩き切った。じりじりと下がる仮想敵を追いかけながら、通路の一番奥で消え去った。
「……っと。 どうだった、エスタル?」
「――いです」
「……え?」
「凄い完璧です、アヤリ様!」
「へ?」
「完璧な歩き方でした! 先程までの目も当てられない下手さを微塵も感じない素晴らしい動きでしたよ!」
「そ、それは良かったけど……私の歩き方、そんなに酷かったの?」
自分ではわからないが、エスタルの言い分では散々な評価だったらしい。
「もう一度やってみてください」
「え……あ、うん」
一度神経を集中させてからもう一度歩き出す。
「はい! 驚くことに素晴らしい歩行でしたよ」
「そうなんだ」
私が率先して試したドロップを使った練習法だったのだが、気が付けばテンションが彼女と入れ替わってしまい、私は取り残される。
「これが社交界でも発揮できるなら申し分ありません」
「社交界にドロップは持ち込めないよ?」
「それと、口調の訓練には活かせないでしょうか。 あちらも悲惨なので矯正したいですね」
「話しの方は無理じゃないかな。 てか、そっちも悲惨って評価だったんだ……」
これまでそういった素振りを見せていなかったのは、彼女なりの気遣いであったのか。それとも甘さ故なのか。
「正直諦めていましたが、これなら何とか社交界までに形に出来そうですね」
「ソウデスネ」
両手を挙げて全身で喜びを表現するエスタルを見て、かなり苦労を掛けていた事に気が付く。
もう少し腰を入れてこの訓練を頑張ろうと心に誓った。




