第37話① 貴族訓練とドロップの疑問
==杏耶莉=快天の節・十五週目=カーティス宅・リビング==
夏休みも残す所二週間。私は相変わらず貴族らしい振舞いの特訓を続け、偶にチェルティーナの元へと座学をしに行っていた。
今日も今日とて従者兼目付け役として一緒に過ごしているエスタルの厳しい訓練が繰り広げられている。
「もう、アヤリ様! また膝が曲がってます。 極力曲げずに爪先から着地する様に心掛けてください」
「……そ、そうでしたわね。 おほほほほ」
つい癖で動きやすい歩き方に戻ってしまう。足元を意識して下を向くと、今度はそれを指摘される。
「顔が下向きに下がってますよ。 高貴な方は胸を張って上から見る様心掛けて下さい」
「……それって、偉そうじゃ――いえ、偉ぶって見えませんこと?」
「事実偉いのですからそれで良いのです。 寧ろ、身分にそぐわない視線となってしまえば、それだけで侮られます」
「……貴族は大変だよね。 ――じゃなくて、大変ですのね」
言葉遣いがどうにも安定しない私に落胆しつつも、「普通に話していいですよ」と諦めながらエスタルは私の足先を見て質問する。
「あの大会での戦いでは見事な足さばきをしていらしたのに、どうしてこうも不自然になるのでしょう」
「あ、闘技大会見に来てくれてたんだ……」
「はい。 チェルティーナ様に連れられて貴族席にて観戦していました。 それを知っているからこそ疑問に感じます」
「……うーん。 それは剣術とこの歩き方じゃ、要求される筋肉が違うって感じだからかな?」
「それにしたって、あれだけ巧みに動かせるアヤリ様の動きには到底見えませんよ」
確かにエスタルの言う通り、想像以上に苦戦していた。戦いの際は無意識にスイッチが切り替わっているらしく、飛び道具へと反射的に対応できるし、足運びにも無駄がない。特に訓練の時と比べても異様な程に大会中は全力を出せていたと私自身感じていた。
「頭が切り替わってるからかな? あと違うと言えばドロップを使ってるぐらいだよね」
「そうですよね。 ダンスでも踊れる様になるドロップがあれば良いのですが……」
「そんなのがあるの?」
「いえ、私はあれば良いだろうという希望を言ったまでで、存在するかどうかは存じ上げません」
「そうなんだ……」
ドロップには未知の部分は多い。武器や火を出現させるわかり易いものもあれば、体の重さを変えたり歌が上手くなる物なんてのもあるらしい。
であれば、貴族みたいな立ち振る舞いや、踊りが踊れるようなドロップが存在しても不思議では――
「ちょっと待って。 何かが出来る様になるというのがドロップの性質なら、剣を生成するドロップに剣が使える様になる機能が含まれててもおかしくないよね?」
「え? まぁ、それはそうかもしれませんね……」
少し考えればわかる事である。事実、何もない所から剣を生成するのは誰に教わったでもなく自然と理解して実行していた。
それならば、その生成物を扱う所まで影響していると考えても不思議ではない。事実、水を生成した後、それを自由自在に操ったり出来るのがドロップなのだから……。
「マークの所に行こう」
「え?」
「マークならきっとドロップについてなんだから知ってる筈だよ」
そうと決まれば話は早く、私はマークの元へと向かう事に決めた。
因みにだが、私はこの後控えている社交界まで貴族として外出しない様に言われていた。まだ爵位を賜っている訳でもないので騒ぎになってしまう可能性を排除する為でもある。
「エスタル、お願い」
「はぁ、分かりました。 もう、仕方ないご主人様ですね」
人にやらせるのも貴族の務め。どちらにせよ一人で着られそうもない貴族服は彼女に着替えをさせている。楽で良いと思われそうだが、着せられる側というのも案外難しく、息を合わせて着替えに望む必要があった。事実、慣れるまでは今の数倍時間が掛かっていたのだから今の時間まで縮めたのを誰かに褒めてもらいたいものである。
「よし終わった」
「……戻ったら続きをやりますよ?」
「うぅ……」
社交界に向けての訓練なので、特に動きに制限の掛かる礼服を着ていた状態から外行きに適した至って普通のワンピースへと着替えた事で、ぐっと動き易くなって解放された気分である。
同じく従者を率いていると目立つという理由で、メイド服から着替えたエスタルと共に、マークの家へと歩き出した。




