第36話② 楓と瑞紀の道端談義
==楓=快天の節・十四週目=エルリーン・南中央道==
「あ、六笠さん」
「……ん。 おう、宿理か」
私が珍しく外出していると、六笠に出くわした。
「何をしているんですか?」
「わたしか? わたしはランケットの巡回警備だな。 お前は?」
「私は気分転換に外にでも出ようかと……」
「ほーん、珍しいな」
本当はマークの実験に付き合わされそうになって逃げて来た所であった。口では文句を言いつつも世話になっているからとメグミは付き合うそうなので置いて来ている。
「そういえば六笠さん。 春宮さんに会うことがあれば、二日間帰らない日にステアクリスタルを借りたいと伝えていただけませんか?」
「わかった。 多分アイツは忙しくて戻る余裕はないだろうから大丈夫だろ」
あの大会から二週間程経過し、春宮は爵位を得るための準備を進めていた。この調子で次の節、灼天の節に行われる社交界でお披露目となるらしい。その為の根回しに殿下やチェルティーナも奮闘しているそうだ。
「そこまでしてアイツを取り込みたいのかね」
「……そうですね。 あの方は別の狙いもありそうですが……。 それよりも、六笠さんは気にしなくて良いのですか? あれだけ彼女に執着していたのでてっきり反対なのかと……」
「ん~……。 別にわたしはアイツの保護者って訳じゃないしな。 杏耶莉が拒否しないってんならわたしが口出しする事もなかろう?」
「そういうものですか」
「そういうもんだ。 こうやって刺激を受けて、もっと自分に興味を持ってくれりゃあ良いんだけどな」
「自分に興味を……。 それは以前春宮さんが気落ちしたやり取りと何か関係があるのでしょうか?」
狙ってはいなかったが、彼女の方から春宮の言いたくなさそうな内容に触れたので仕掛けてみる。
「あ、しまった……。 失言だったな。 忘れてくれ」
「……」
「んな事より、お前自身どうなんだよ。 記憶は戻ったのか?」
「いえ、何も……。 手がかりらしい手がかりも見つかりませんので……」
「それならこっちの世界で油を売ってて大丈夫なんかよ……」
「……」
少し私の好奇心で彼女との会話が擬すってしまった。だが、彼女が誤魔化すために放った言葉も最もなのだろう。
(ですが、手がかりがありませんし……)
それを言い訳にせず、真面目に行動すべきなのかもしれない。
(近況報告のみでまたこちらに来るつもりでしたが、向こうで足を延ばして情報収集すべきでしょうか……)
そう瞬時に考えた私は、話題転換も兼ねて六笠の話題にも触れる事にした。
「そういえば春宮さんは兎も角、六笠さんは戻らないのですか?」
「……別に心配掛ける相手も居ないしな」
「赤野さんが居るではありませんか」
「……ま、大丈夫だろ?」
彼女のお手伝いさんである赤野は彼女が長期的に此方に居て心配していないのだろうか。そもそも、春宮だけでなく彼女の両親も私は見かけた事がない。
「……私は六笠さんの話を聞いて暫く向こうに戻ろうと思います。 その際に一度貴方も顔ぐらい見せては如何でしょうか」
「ん……」
「言葉では心配していないと言うでしょうけど、きっとあの方は内心は心配していらっしゃると思います」
「……あー! わーったよ!」 一旦帰るよ! これで良いか!?」
「はい、そうしましょう」
一人きりでステアクリスタルを使うのはリスクを考えて避けたかった。それに、彼女と赤野を巻き込めばまた私が此方の世界に来る口実にもなり得ると踏んで居た。
こうして何の気なしに人を利用する事に抵抗のない私という酷い生き物は、自分勝手に他人を使うのだろう。
(やはり、今の私はそういう私が嫌いですね……)
我儘で評判の悪い年頃の娘、という存在に絞って探してみるのも効果的かもしれないと内心考えながら彼女と別れた。
……
「ただいま戻りま――うわっ……」
マーク宅へと戻り、研究室の扉を開くと、室内から大量の煙が噴き出してきた。
「けほけほ……。 この研究馬鹿眼鏡! 何でこうなるんですか!」
「そう言われてもね。 ドリームドロップを作るためのエネルギーを模索するならこの程度のリスクは承知すべきだよ」
「知りませんよ! 付き合わされる身にもなってください! この馬鹿!!!」
「何をやっているんですか……」
何かが爆発した様な惨状に、思わずそう呟く。中にあった機器類の一部は壊れてしまっている。あれはマークが自分の世界から持ち込んだ貴重なものだと言っていたのだが、平気なのだろうか……。
「あ、カエデお帰りなさい。 カエデもこの馬鹿眼鏡に何か言ってやってくださいよ!」
「……」
「その眼鏡眼鏡って呼び方は止めてくれないかな。 別に視力は悪くないから伊達眼鏡なんだけど」
(あ、それ。 伊達だったんですね)
度が入っているか否かはよくよく見れば判別可能だが、彼に対して興味がなかったので気付かなかった。
「折角ドリームドロップを作り出す機構が出来たのに、それを活用できないとは……。 残念で仕方ないよ」
「だから知りませんって! 私はお風呂に入ってきます!」
憤慨な様子で部屋を出て行くメグミを見送って、私も煤だらけのマークに一言物申す。
「……あまりそういった行動ばかりですと、メグミに愛想を付かされてしまいますよ?」
「……一応ボクは彼女の保護者という事になって――いや、そうだね。 肝に銘じて置くよ」
以外にも素直な返答に驚きつつも、私は水場へと向かったメグミを追いかけて行った。




