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第35話① 貴族制度と女性の立場


==杏耶莉(あやり)=快天の節・十二週目=レスタリーチェ家エルリーン別荘==


 私は貴族になる準備として、チェルティーナの元へと来ていた。


「……折角の夏休みがー」

「詳しく存じ上げませんが、貴族に休みなどありませんわよ!」


 豪華な椅子に座らされ、同じく目の前にある豪華な机に彼女は『ドサッ』と何枚もの羊皮紙が置かれる。


「以前少し話はしましたが、改めてこの国の現状や貴族としての振る舞いを知識として身に付けていただきますわ。 手始めに――」


 チェルティーナはそう前置きをしてから、貴族階級についての説明を始めた。


 この国の貴族階級は大きく分けて四つの区分がある。領地を持つ領主階級……これは二十二の家しかないのだそうだ。それとは別に領地を持たぬ貴族が上級、中級、下級と続く。

 日本語に訳すなら上級は公爵、中級は侯爵や伯爵、下級は子爵と男爵がそれに当てはまるのだそうだ。因みに日本語での呼び方を教えてくれたのは宿理(しゅくり)である。

 領地を持っている貴族にも伯爵から公爵まで存在するが、どの爵位であっても上とか下とかで当て嵌めてはならないと厳重に注意された。国の領土を管轄する貴族は別格として扱うのが通例なのだそうだ。

 余談だが、他国や過去の位には公爵の上に大公みたいなものがあったり、細かく刻んで準侯爵とか上位子爵とか多種多様な分け方がされていたそうだが、今は位で呼ぶなら五種類に纏められているらしい。区分で分けられるのも位の種類が多かった時代の名残だと話している。


「因みに(わたくし)の家は時代が時代なら間違いなく大公と呼ばれるに相応しい格ですわ!」

「……纏められる前はそうだったんですか?」

「……いえ、その当時にもレスタリーチェ家は存在しましたが、準伯爵という辛うじて中級と呼ばれる程度でしたわ。 あくまで(わたくし)の家は勇者であった高祖母の代で急激に力を伸ばしたに過ぎませんもの……。 ですが、今のレスプディア建国当時から存在する由緒正しき貴族の血筋である事は間違いありませんわ! 唯、それ以降チェルグリッタ御ばあ様の代までゆったりと地位を失ってただけですわ……」


 誇ったと思えば落ち込んだり忙しい人である。

 一代で一気に上り詰めた反動を気にして彼女が張り切っているという事実は伝わった。


「私は男爵になるんだよね?」

「そうですわ。 突如現れたアヤリ様が他の貴族を追い越して高い爵位を得るのは反発になりますもの。 殿下のお考えでは功績を積ませるとの事でしたわね」

「……嘘で位を上げるんですか?」

「……多少の色は付けるでしょうけど、偽りはこの国の在り方に反するのであり得ませんわね。 でも、幾ら女性の進出が著しい昨今でも短期間での所業となれば少なからず突き上げは覚悟してくださいませ」

「えぇ……」


 そういえば、女性の扱いが他国に比べて良いと聞いたことがある。奴隷云々も理由にあると聞いたが、それについて尋ねてみた。


「――女性に関する逸話ですの? ……折角チェルグリッタ御ばあ様の話題も出たのでお教えしますわ。 それは――」


 チェルグリッタが生まれて間もない頃は、他国と同じで女性の立場は男性から数歩引いた位置に存在したらしい。

 だが、勇者の力を以って裏で暗躍する貴族や商人の悪事を露呈させ、立場を確固たるものにするや否や、その過程で友好を結んだ王族の者と女性の在り方について議論したという。

 人の目のある場所では普通でも、ごく限られた集まりに限っては溺愛且つ王妃や妃達の尻に敷かれていた当時の国王はその考えに賛同。そうして国の有り方を大きく転換し、民衆へも広告塔であるチェルグリッタを利用するのをはじめとして様々な政策によって考え方が改められた。

 それ以前を知る人間は既に存在しないが、この国で女性の髪が長いのが当たり前だという考え方はその時に出来た物らしい。地球でも問題となっている何から何まで男女平等という考え方とは違い、体格や特徴にどうしても性別による差は生まれるものだ。だからこそ、女性は女性であることを強調すると共に、性別による差別をなくして手を取り合うという意味が込められているらしい。

 男性がパンツを履いて女性がスカートを見に付ける。それは身体的特徴からして自然であり合理的だという考え方が根本にあるからこそなのだろうか、以外にもトランスジェンダーみたいな存在は極々少数らしい。


「情勢的に言いだしづらいとかじゃないの? そういう話題って結構神経質でしょ?」

「そんな事ありませんわ。 現にこの国では男装として扱われるミズキ様の恰好は普通に受け入れられていたではありませんか。 それに、他国……特にドレンディアではそういった方々は珍しくありませんが、我が国の民は快く受け入れてますもの」

「そうなんだ……」


 それだけで理由になり得る訳もなく、もっと男女間の問題に発展しそうなものだが、現にうまく回ってしまっているので口を挟む余地は私にはない。


「様々な政策ってのの中に奴隷禁止もあるの?」

「そうですわ。 それまでこの国で破産した者、罪を犯した者……それ以外にも売られた者は奴隷として男性なら過酷な重労働を。 女性は娼館での奉仕をするのが当たり前でしたわ。 それを、人間の理念に反する行いとして両性で廃止させましたわ。 その際に職を失った者や利益を得ていた者との抗争も会ったそうですが、押し通したと聞いておりますわね。 実際は女性が男性に搾取される側であるという認識をなくすのが理由でしたと聞いておりますが、奴隷制度のない国に生まれた側としては人を物として扱う倫理観は異常だと思いますの」

「……それは私も同感だよ。 向こうも奴隷とか禁止だからね」


 この国で奴隷にならないなら犯罪者はどうなるのか尋ねると、禁固刑のないここでは罰金や物品の押収で賄えないなら体の部位を奪う。それ以上なら処刑されるらしい。

 内容にもよるが、日本と比べれば簡単に死刑になるみたいである。


「……処刑ってどんな方法なの? 絞首刑?」

「いえ、罪の重さに応じて変わりますわ。 原則重罪であればある程苦しむ方法とだけ教えておきますわね。 殺すだけなら何でも構いませんが、抑止力の意味もあるのですわ」

「……へぇ。 ちゃんと犯罪者にはそれ相応の苦しみがないとね」


 肝心な部分は日本よりしっかりしていそうで安心である。


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