第5話③ 第一王子
==カーティス=エルリーン城・建物近辺西側==
「ふわあぁぁぁぁっ……」
大きな欠伸を我慢せずに欠伸をする。
警備を開始して数時間が経過していた。周囲への警戒はそのままに退屈さを紛らわす様に、周囲に居た騎士の会話を盗み聞きしていた。
「社交界が開催されたみたいだ」
「今頃、参加者は旨いもん食ってんだろうな」
(そうでもないだろうけどな)
こういう集まりでは、料理に手はあまり付けられない。余った料理は下働きの人間らで処理されるのだろう。
(聞き耳を立ててる俺が言えた義理じゃないが、真面目に見張っててくれよ)
建物の外を担当することになった騎士だけあって、建物内を任されている者と比べれば、勤務態度は言うまでもないのかもしれない。
(何か起こる予感はあるけど、こんなんでいいのかね?)
外部からの応援として参加しているランケットの面々には、たとえ何も起こらなくてもそれなりの報奨金が支払われる手筈となっていた。
そのためランケット側の競争率は激しかったらしく、今回参加している者は態度実力共に高レベルだった。だからこそ、楽観的な騎士が目立ってしまっているのだが。
(そんな中に俺をねじ込むんだから、油断はできない、か)
談笑する騎士達から意識を外して、周囲への警戒を強めた。
==杏耶莉=社交界会場==
会場内で最も動きがあるのは、最初に話をしていたディンデルギナという王子とその周辺であった。どうやら入れ代わり立ち代わりで、彼の元へと向かっている様だった。
「そろそろ順番ですわね」
「順番って何のですか?」
チェルティーナのその一言に質問で返す。
「この国のトップたる王族への挨拶を派閥毎の順でしているのですわ。 最初に王族の意思を尊重する姿勢の国王派、その次に最も近い意見の否定派。 その後は中立派、肯定派と続きますわね」
「意見が違う人たちは後に回されちゃうんですね」
「当然ではありますわね。 異を唱えている集まりですもの」
なるほど、とその理由に頷く。実際戦争肯定派の貴族たちは会場でも王子の位置から遠くに陣取っているし、その目はどこか威嚇的な印象が感じられた。
「私達は筆頭格のレスタリーチェ家ですので、否定派で最初に挨拶をしますわ。 今挨拶をしている方々が壇上から降りたら付いて来てくださいませ」
「りょーかいです」
ひとつ前の貴族が最後に一礼をして王子の元から離れていく。それを見届けるとチェルティーナは段差の方へと向かうので、その後ろをなるべく丁寧に歩いた。
……
第一印象は、とにかく凄い人。というあまり知的ではない感想だった。豪華な椅子に座って足を組んでいるその男性は、自身に満ち溢れた表情でこちらを見据えていた。
「レスタリーチェ家当主代行、チェルティーナ・レスタリーチェ。 今宵の挨拶をさせていただきますわ」
「……久しぶりだなチェチェ」
「えぇ、お久しぶりですわ殿下」
「最後に会ったのはいつだったか」
「三年前の銀天の社交界に、御ばあ様に連れられて来たのが最後でしたわね」
「三年前か、もうそんなに経ったのだな。 通りで子女であった其方が美しくなっているはずだな」
(この人、さらっと美しいって言った……)
字面だけなら笑ってしまいそうなセリフでも、威厳ある人なら様になるのはずるいと思った。
「恐れ入りますわ殿下。 殿下こそ、陛下の代行として社交界の取り纏めを任されているではありませんか」
「慣例であればまだ父上の仕事なのだがな」
「そうですわね。 陛下の容体は?」
「一時期よりはマシだが、表に立てる程に回復していない。 其方の祖母は壮健か?」
「元気そのものですわ。 もう少しじっとしてほしいぐらいですわね」
「それは其方が言えたことではなかろう」
話の内容から数年ぶりに会ったはずにもかかわらず、和やかに談笑する二人。それを大人しく見ていると、突然王子の視線が私に向けられる。
「して、この者が例の少女か。 報告は受けているがアレと比べると随分と落ち着いているのだな」
「あの方も現在は自由気ままに過ごしていますわ」
「らしいな」
アレとは誰を指した言葉だろうか。
「もう少し近こう寄れ。 其方とも話をしたい」
「は、はい!」
私が王子へと何歩か近づくと、王子は右手を挙げて音楽団へと合図を送る。それを受けてか演奏内容が激しい曲へと切り替わり、わずかに聞こえていた会場の会話がここまで届かなくなる。
「して、まずは名を名乗れ」
「えーっと……、春宮 杏耶莉です。 アヤリで大丈夫です」
「うむ、アヤリだな。 まずはこの世界を代表して謝罪をさせてほしい」
「え……」
姿勢こそ足を組んだままのだが、その目は明らかに罪悪感を感じられた。
「この国では五年前から異世界へと繋がる裂け目が幾重にも発生していた。 その対処法として示されたのはその裂け目が収束する前に送り返すことだった」
以前マークから聞いていた話の内容と一致していた。対処法に雑さを感じなくはないが。
「だが、その現象自体はおよそ半年前には収束していた。 であるからアヤリへの対処が遅れ、間に合わなかったのだ」
「……別にこの世界に来たのは王子のせいってわけじゃないですし、謝らないでください」
私がこの世界に縛られてしまっている理由にしてしまうのは簡単だが、それで帰れるようになるわけではない。
「そうか……。 してアヤリよ、其方は元の世界に帰りたいと思っているのか?」
「はい、帰りたいですね。 向こうに残してきた友人とかもいるので」
「であろうな。 其方の友人や家族も心配していることだろう」
(…………)
「なんでそんなことを聞くんですか? もしかして方法があるんですか?」
「それはだな、実はこの事象で帰れなくなった者は其方以外にもう一人だけ居てな、そ奴はひとしきり錯乱して暴れたのちに、この世界に残りたいと申してな。 一応其方の考えを聞きたかったのだ。 無用な希望を持たせたようだが、手段を知っているわけではない」
「そうですか……」
そういえばチェルティーナと初めて会った際にもそのもう一人の異世界人とやらの話をしていた。文脈から察するに、先程のアレとはその人のことだったのだろう。
「であれば……、帰還を目的とするのであれば当分の其方の身分は、特例として扱うことになる」
「特例ですか?」
「うむ、貴族でも平民でもない身分として、我が国ではこの世界への客人として扱いたい。 犯罪行為でもしない限りはたとえ王族の命令にも従わなくてかまわん」
貴族として扱うと聞けば凄そうだが、どこかふわっとした表現に凄いのかどうかの判断をしかねる扱いである。
『意味が分かっていない』という表情を見かねたのか、チェルティーナが補足する。
「特別な権利は付与されませんが、義務も存在しないということですわ。 平たく言えば何もしなくていいということになりますわね」
「へー……」
「……まだ理解していないみたいですわね。 平民としての恩恵程度なら受けれますが、労働の義務がありませんのよ。 犯罪を犯さなければやりたい放題ということですわね」
「……そういうことですか」
腕を『ぽん』と叩く。その様子を見ている王子がさらに補足をしていく。
「だが、其方の扱いや身分については公表されるわけではないので、異世界から来たという情報は極力伏せてもらう」
「了解です。 あ、でも何度か言っちゃってますね……」
「……その者の口を封じて、今後から気をつければ良い」
会場内の演奏が盛り上がりを迎える中、王子はかすかに聞こえる声で「(其方らは、どうしてこうなのだ)」と呟いた。




