第34話⑦ 闘技大会第一試合
==楓=快天の節・十一週目=闘技大会会場・観戦席==
私はメグミと共に、闘技大会の観戦をしていた。
体調不良に陥ったメグミであるが、春宮からある程度距離を取ればすこぶる元気になるのでむしろそれが気掛かりである。
「続きまして、遠路遥々他国から来ている凄腕剣士! アヤリ ハルミヤの入場です!!」
「「「わあああぁぁぁ!!!」」」
実況のアナウンスと共に、会場は盛り上がりを見せる。女性で剣を巧みに扱うという触れ込みは、想像以上に観客の心を掴むものらしい。
「あ、アヤリさんですよ!」
「……それより、メグミは大丈夫ですか?」
「はい。 これだけ距離が離れていれば気持ち悪くなりません」
「それなら構いませんが……」
今年の闘技大会の本戦出場者は十六名。五ブロックまであった予選の内、本来一つのブロックで進める人数は三名であるが、予選第四ブロックのみ参加者が多めだったのを理由に四名進出されたのでこの人数になったらしい。
本戦では、一度の試合で一対一の戦いが繰り広げられ、四回勝てば優勝となる計算である。
そして、春宮が出場しているのは第三回戦目であり、対戦相手は知らない男性の方であった。
「――それではアヤリ選手対モーブン選手……レディー――ファイッ!」
開始と共に、春宮は剣を生成して、それを構える。対する男性も、腰から鞭らしき武器を取り出して、果敢に攻める。
(……これは、春宮さんが勝てますね)
純粋なスペックではなく相性の問題である。ドロップではない武器……それも、搦め手で戦う必要のある鞭を使う相手に勝てる見込みが感じられなかった。これは私に限らず春宮の剣の特性を知っていれば誰でも考えられる単純な話である。
「近づけば気絶させられるんだろうが、それならこれで!」
「――そっか」
振られた鞭は的確に彼女の剣へと巻きつく。しかし、彼女が剣を軽く振ると、鞭はいとも容易くその役目を終える。
「なっ!」
「手短に終わらせるね――」
驚いた拍子に手にしていた鞭を落として隙を見せる対戦相手。その隙を逃さずに距離を詰めた彼女のよって、その相手は気絶させられた。
「――っ、勝者! アヤリ選手!!!」
「「「わあああぁぁぁぁぁ!!!」」」
戦いが長引くのは拮抗している証拠。真剣勝負に限って実力に差があるならば試合は一瞬である。
実際問題相手の実力の底はわからなかったが、少なくとも事前に予選の情報を調べて戦いに臨んでいるらしかった。
だが、それが裏目に出てしまったのだろう。確かに完全に巻き付いて動きの止まった状態の剣で鞭が斬られるとは夢にも思わなかっただろう。
「あっけないですね」
「……もう少し、アヤリさんの戦いを見たかったです」
考察のし甲斐はあるものの、見世物としては面白みに欠ける結果だからこそ、不満げな様子となるメグミ。
「次に期待しましょう?」
「……はい」
少し間をおいて次の試合の為に選手が入場する。
片方は到って普通の服装であるが、もう片方のジャムーダと呼ばれた男性の方は、上から下まで黒色の衣装に身を包んだ出で立ちである。
「――!?」
「っ! メグミどうしましたか!?」
それを見ていたメグミが、春宮が近づいた時と同じかそれ以上の顔色の悪さへとなり、座ったままに蹲る。
「う……うぼぉっ」
私は咄嗟に事前準備していたエチケット袋でメグミの吐瀉物を受け止める。
一応周囲を見渡して、春宮が近づいていないかの確認をしたが、今の時間勝利している場合は控室から出れない筈なのでその姿は見当たらない。
「大丈夫で――」
「――それではターシュ選手対ジャムーダ選手……レディー――ファイッ!」
そんな状態ではあるものの、そのまま試合が開始される。私はメグミの背中を揺すりつつも注目の集まる会場中央へと視線を向けた。
普通の恰好の方は見事な槍捌きでジャムーダへと攻撃を繰り出す。だが、その攻撃は捉えられない速度で動く彼によって全て回避されてしまう。
「やる気あんのかー!」「っざけんな!」
「お前、何でそこまで避けられるんだ!?」
観客から野次を飛ばされ、対戦相手からは不思議そうにそう尋ねられる。それに対して無言で反応をしないジャムーダ。
「うぅ……。 むぼっ――」
「……一度離れましょうか」
試合内容は気にならなくはないが、それでもメグミの体調が気になった私は、渋々頷いた彼女を連れて観戦席を離れた。
……
「オイオイ、平気かよ……」
警備に当たっていたランケットのリーダー。グリを見つけた私は、彼にメグミについて相談し、落ち着ける場所への案内してもらっていた。
「平気です……。 会場から離れたら一気に気持ち悪さが抜けましたので……」
「けれど、今日は体調を鑑みて帰った方が良いのではありませんか?」
私が諭す様に尋ねると、メグミは首を振る。
「……せめて、カティさんと殿――あの人との戦いは見届けたいです」
「ま、いいんじゃねぇか~? 第一試合はどっちも進むだろうし……アヤリの試合は一応避けて、第二試合の後半になってから戻れば大丈夫だろ~」
「グリさん、それでは第三試合でまた春宮の試合とかち合います。 順調に進めばカティさんとあの方の試合になるのは第三試合ですので」
「……でも、ミズキとあの人との試合も見たい」
第一試合で勝てる前提だが、第二試合でミズキと殿下。第三試合でカティと六笠か殿下の試合というトーナメントとなっている。
当初は闘技大会への興味など然してなかったメグミだが、ここ数週間でその価値観に大きな変化があったらしい。昨日今日の試合も前々から楽しみにしていたのだ。
「でもさっきアヤリが出てた時は大丈夫だったんだ~。 一度休んで、それでもまたヤバそうならそん時に諦ればいいだろ~?」
「……カエデ、お願い!」
私は健康第一で、わざわざこの催しの観戦にそこまで情熱を掛ける理由は見出せない。だが、ここまで我儘を言うメグミが珍しいのも事実なので、結局私が折れる事にした。
「わかりました。 第二試合の後半から戻り、また体調不良になったら即座に中断。 その条件が呑めるなら付き添いますよ」
少し離れた位置からでも聞こえる歓声に気を取られるメグミを見ながら、まるで母親の気持ちになるのであった。




