第5話② 豪商と派閥
==杏耶莉=エルリーン城・社交界会場==
ある程度、会場に人が増えてきた頃、チェルティーナが連れていたフェンとは別のメイド二人うち、片方が座っている私の傍に待機してくれていた。
そのメイドに理由を聞くと、なんでも顔の知られていない私がレスタリーチェ家の関係者であることがわかるようにするためらしい。そんな彼女のメイド服には家紋があしらわれてるので、この会に参加する身分のものであれば一目瞭然なのだそうだ。
常にチェルティーナが私の近くに居られるわけではないので、今日一日は私に付いて来てくれることになったそうだ。
「アヤリ様。 もう少しすると会が始まりますので、そろそろお嬢様の元に参りましょう」
「……はい」
動きづらさが勝るこの格好の間はずっと座っていたかったが、その言葉に素直に応じてチェルティーナの元へと戻った。
……
会場の少し段差がある場所にいかにも豪華な椅子が置かれていた。その位置にはいずれの参加者もあまり近づかないようにしているので、大きな空間が開かれている。
その位置に一人の男性が近づいていく。金髪で背が高いその男性は、この場に居る多くの貴族達の誰よりも強い存在感を放っていた。
その男性が段差の中央に立つと、会場内での話し声がするりと止み、全員が一人の男性へと注目していた。
「皆の者、今宵の参加、ご苦労であった。 日々国が豊かになりつつある中、穏やかではない話題も耳にしている。 そうした情報の共有を行い、有意義な夜としてほしい、以上だ。 ではレスプディア王国第一王子、ディンデルギナ・エルリーンとして、ここに聖天の社交界の開催を宣言する!」
大きな声援等はないが、参加者全員が上品な拍手をするのと同時に、控えていた音楽団が優雅な曲の演奏を開始する。
会場のあちこちでは、待っていたと言わんばかりにテーブルに置かれた料理の蓋が開かれ、美味しそうな香りが会場内に広がった。
「チェルティーナさん、この料理って食べていいんですか?」
「構いませんが、食事がメインの集まりではありませんわ。 小腹が空いたときでしたり、話しかけてほしくない場合に手に持つための準備ですもの」
その言葉を肯定するように、ざっと百人以上は居るだろう会場で、護衛や側仕え、給仕と思わしき人たちを除いた招待された参加者でも、料理に手をつけているのは片手で数えられる程度だった。
(凄く美味しそうなのに……)
貴族のメイドと思わしき小さな女の子などは、自らの雇い主そっちのけで料理に目を奪われ、それを先輩メイドに窘められていた。
「わ、私、料理取ってきますね」
近くのテーブルに張り付くと、柔らかそうなパンに丸焼きで置かれたお肉。味が圧縮されていそうな汁物にこの世界で初めて見る焼き魚までもがあった。
ビュッフェ形式なので、重ねられた皿から一枚手に取り、気になった料理を少量ずつだが、片っ端から乗せていく。
他の料理を食べている人たちは取り分けた料理をその場で立ったまま食べているので、私も一つずつ口にしていく。
(美味しい……、久しぶりの魚の味だ~)
勢いのままに食べていると、腹部を締め付けられているので、途端に苦しくなる。
「うぐっ……」
料理に手を付けている人達の中に女性が居なかったが、これが理由なのだろう。食べ残しはしない主義なので、取り分けた分は食べてしまう。
(……残ったお皿ってどうするんだろ?)
空になった皿を持って困っていると、初老の男性が私に近づく。
「今日の料理は気に入ってもらえましたかな? おっと、ワシとしたことが、食事中のレディに話しかけてしまいましたな」
「え? はい、美味しかったです」
「それは結構。 っと失礼、自己紹介を忘れておりましたな。 スコーリー・オウストラ、スコーとでも読んでくだされ。 身分持ちではありませんが、オウストラ商会の代表としてこの場に参加させて貰っております」
「オウストラ商会?」
「はい、商会では王族や多くの貴族方に御贔屓にさせておりますし、本日の料理を手配したのも我らですな。 アヤリ様にも機会があれば利用してほしいものです」
「え、なんで私の名前を?」
私の驚いた様子に嬉々とした表情をするスコーは、チェルティーナの方角をちらっと見て、話を続ける。
「我が商会はレスタリーチェ家にも利用していただきますからな。 それに、ランケットという自警団の副リーダにも席を置かせて貰っております。 顔が利くのですよ」
「そうなんですか」
ランケットとは先日路地裏でやり取りをした人達のことだろう。
「ランケットはこの社交界の警備も任されている信頼度の高い集団ですので、町で見かけたら妨害等はしないで下さると助かりますな」
「は、はい……」
彼は、じっと私の目を見てそう話す。見透かされていそうで、私から目を逸らしてしまう。
「結構。 ……そろそろお暇させてもらいますかな。 そういえばまだ取り皿を手に持っていますが、食事は続けるのですかな?」
「もう大丈夫なんですが、これはどうすればいいですか?」
「適当に置いておけば回収されますな」
「老人が若い女性を占領するのは悪い」と言い残して、スコーリーは去って行った。
空いた皿を食べていた場所に置いて少し離れると、給仕の人が手早く皿は回収されていった。それを見届けたら、チェルティーナの元へと戻った。
……
改めて会場を見ると、参加者は幾つかの集団に分かれていた。
「チェルティーナさん。 ある程度距離を取ってるのは、さっき言っていた派閥が関係しているんですか?」
「その通りですわ。 厳格なルールはありませんが、あまり他の派閥とは話をしませんわね。 特に、敵対している派閥に情報は与えたくありませんもの」
「敵対派閥……ですか」
「そういえばアヤリ様には現在の派閥について、説明はしてませんでしたわね」
知りたい内容ではないが、聞かなければならない雰囲気だったので頷く。すると、彼女は説明を始めた。
「今現在、大まかに四つの派閥がありますわ。 一つ目が戦争肯定派、その対抗として戦争否定派。 そのどちらにも属さない中立派と、国王派ですわね」
「戦争ですか……」
「そうですわ。 我が国レスプディアは隣国のギルノーディアと三十年前に開戦宣言がされてから、停戦がされていない冷戦状態が続いておりますの。 その戦争に積極的な方々と、消極的な方々がそれぞれ肯定派と否定派に別れますわね」
戦争という物騒なワードが飛び出す。平和な日本に住んでいた私としては、関わりたくない単語である。
「戦争なんてしない方が良いと思うんですが……」
「その考え方が間違っているとは言いませんわ。 ですが、戦によって潤う人が存在するのも事実ですもの。 単純は話ではありませんわ」
「そうですか……。 他の派閥の中立派は予想できますが、国王派は?」
「中立派は日和見している方々ですわね……正直あまり良い印象はありませんわ。 国王派は王の決定に従う派閥ですわ。 とはいえ、現在は王族自体が否定派ですので、そちらとして扱う場合もありますわね」
この国全体としては戦争に否定的だということで、一応安心ができた。
「へー、因みにチェルティーナさんはどこの所属ですか?」
「否定派の筆頭格ですわね。 たとえ王族が戦争に積極的でも対立する姿勢を見せますわ!」
強い意識を見せた彼女だが、「まぁ、その予定はありませんけれど」と続けた。




