第31話③ 覗き魔捕獲作戦
==杏耶莉=快天の節・四週目=住宅街のある通り==
多くの人が寝静まる時刻、私とカティはある建物の屋根の上で待機していた。
「(……わざわざ屋根の上に登る意味はあったの?)」
「(対象がどっちに居るのかわからんからな。 それに、これだけ暗ければ見えないだろ?)」
現代日本と比べれば明かりが貴重なこっちの世界で夜更かしする人は稀である。時折道を歩く人が手持ちランタンを持って歩く明かりがゆったりと流れる以外、どこを見ても漆黒に覆われていた。
「(……確かに手元も見えないぐらい暗いけど、それならそれで見えなくなってる犯人をどう捕まえるの?)」
「(それは見てのお楽しみだ――っと、来たぞ!)」
カティの声に私も前方を向く。視線の先には依頼をした女性がランタンを持っておどおどしながら歩いていた。その様子は、見えない何かに怯えている様にも見える。
「(じゃあ、行くか)」
「(……りょーかい)」
カティは飛び出すと、何かのドロップをディートする。同時に首から下げた彼のステアクリスタルが一瞬輝いた気がした。
そして手を天に掲げると、頭上から粘着質な雨が降り注いだ。
「ていっ!」
「うわっ!」「――キャッ!」「ぬごっ!」
「名付けてカラーシャワー! 染料と水のドロップの合わせ技だ!」
私もカティも依頼女性も、周囲の建物や地面まで降り注いだ色取り取りの染料で着色される。そして、もう一つ、先程まで存在しなかった筈の塊にも色が付いた。
「何で私まで……」
髪も服もパステルカラーに着色されてぐちゃぐちゃになってしまった。だがそれよりも、存在しなかった塊……男性へと目を向けた。
「貴方が覗き魔?」
「お、おれは違っ……」
そう言うと、染色された色共々薄くなり始める。それを逃すまいと、カティは縄のドロップをディートして縛り上げてしまった。
カティが別のドロップに切り替えた事で私や依頼女性に降り注いだ染料は消失していた。それを見越して広範囲に染料をぶちまけたのだろう。だが、カティには後で不満を口にする予定である。
カティが縄で縛った透明な物体は抜け出そうと必死に藻掻いていたが、そのうち観念して動かなくなった。そして透明になっていた状態を解除すると、そこには全裸の男性が出現した。
「――キャアー!!!」「……おぅ」
私は気まずそうに視線を外すだけに留まった。それに対して依頼女性は先程より大きく叫び声を放ちつつ、それでいて手で顔を覆いはした。だが、目が指の間から出ていて全く隠せていない。
私も再度目を細めて手で下の方を覆いながら覗き魔の男性を見る。一見生真面目そうな優男だが、筋肉はそれなりに付いていて頼りがいもありそうな青年だった。
再度隣を見てみると、がっつり男性の下の方を見ている依頼女性を無視して取り出した生成物ではない縄でがっちり縛り直しているカティに話しかけた。
「カティが羽織ってるそれで隠してもらって良い?」
「……わかった」
彼は露骨に嫌そうな顔をしたが、素直に応じてくれた。
……
色々と落ち着きを取り戻した状態で、改めて気になった所から質問する事にした。
「何で全裸なの?」
「え、えと……その……」
「多分お前が使ってたのって透過のドロップだろ? あれは制御が難しくて自分の体だけなら簡単に透明化できるんだが、服も一緒にってなると難しいんだよ。 近くの範囲含めってとかなら意外と出来るけどな」
「は、はい……そうです」
「カティは出来るの?」
「当たり前だぜ」
「ふーん。 それで私を覗いたりしてたの?」
「は? んな事してな――」
私の一言に非常に慌てるカティを後回しにして、覗き魔男性へと質問を続ける。
「何でこの人を覗いてたの?」
「そ、それは……その……」
「な・ん・で?」
「す、すみません! ちょっと気になってただけなんです!」
「えっ!?」
「お、おれ、工業街でおやっさんの下で職人として働いてて、女の子との出会いとかなくて……。 それで、偶然連れてってもらった公衆浴場で君の事見かけて……可愛くって、気になってて……」
「えっ……、はい……」
可愛いと言われた依頼女性は顔を赤く染める。何やらこの場の流れが変わって来た。
「でも、女の子と話した事なんてなくって……でも、気になっちまって……。 それで、おれ、せめて見ていたいなって、思っちまって……」
「それで、人気のない所でこうして追っかけてたの?」
「ひぇっ……」
依頼女性の時は大丈夫なのに、私が声を掛けると怖がるのが少し癇に障る。
「え、えっと……。 透明になるドロップが託宣のドロップで使えるって知ったのは偶然で、でもこれはさっき言ったけど使い勝手悪くって……。 人とぶつかったりしない場所でだけ使おうと思って……」
要約すると、気になる女性を見つめていたい。けれど、ドロップを使うには人混みを避ける必要があった、と……。
「はぁ……。 多少想像とは違ったけど大体予想通りだったな」
「予想って?」
カティがため息を付きながら言った言葉に説明を求める。
「この国で透過のドロップはまずお目にかかれない。 けど、毎晩使ってたなら余程の金持ちか第一適性持ちだけだ。 託宣のドロップの継続使用は危ないんだが、あまり知られてないしな」
「あ、危ないんですか!?」
驚いた様子の男性にカティが説明した。
「――って具合だ。 次からそんなくだらない使い方すんなよ」
「は、はい……」
「んで、透明になれるってなれば大概そっちに使い道を見出すのが多いからな」
「……へー」
説明を終えると、カティは再度覗き魔男性に詰め寄る。
「今回使用したドロップの代金と、張り込みした手間賃。 それを払えば今回は騎士団に突き出すのは勘弁してやる。 そこまで凶悪そうには見えないし、お前も今の職は失いたくないだろ」
「うっ……は、はい……」
その後、カティ宅の住所と今回の依頼金額を教えると、私の背中を押しながらこの場を離れようとする。
「後の処遇はあんたに任せる。 騎士団に突き出すなりなんなりと自由にしとけ」
「え……? は、はぁ……」
異性に対する対応や、少し頼りない所など、依頼女性とこの男性は案外似た物同士かもしれない。まんざらでもなさそうな態度から、カティの言う通りあとは勝手によろしくすべきなのだろう。
「……あの!」
「へ?」
「もしよければこれ……。 わたしからは何もお礼が渡せなかったので」
そう言って、公衆浴場の無料券を二枚手渡される。元々安価で入れる場所だが、タダなら一度行ってみるのも良いかもしれない。
「それでは」「じゃあな」
「はいっ……」「は、はい……」
そう言って暗い街道の中、彼女らと別れた。
「そういえばカティ」
「……ん?」
「透過のドロップってカティも使えるんだよね?」
「そのドロップがあればな……」
「それで、カティも覗いていたと……?」
「だから何でそうなるんだよ! さっきも言ったが俺はそんな使い方しないぞ?」
「……でも、この前私の着替え覗いたよね?」
「それは事故――っと言うか、あれはアヤリがリビングで着替えてたからで……」
「ふーん……。 それに、説明もなしに全身染料漬けにもするもんね」
「あれは別に直ぐに消えたから良いだろ……」
「……言い訳ばかりだね」
「……」
「(……カティ嫌い)」
呟いた一言の直後、背後で『ドサッ』と何かが崩れ落ちる音がしたが、気にする事なく一人で帰宅した。




