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第30話④ 大きな買い物の商談


==カーティス=快天の節・三週目=オウストラ商会・応接室==


 ドロップの購入手続きを済ませて一息付いていると、スコーリーから話しかけられる。


「もう買い物はお済みですかな?」

「……そうだな。 折角だしあの話も進めるか」

「あの話?」


 アヤリが首を傾げて俺に尋ねる。俺はそんな彼女に頷きながらスコーリーに話を続けた。


「実は近々ランケットを抜け様と思っててな」

「それは本当ですかな?」

「あぁ。 既にラ――グリッドには話は通してある。 あくまでそう考えてるってだけだがな。 その様子を見る限りスコーリーにも話してなかったんだな」

「……そうですな。 聞いておりません」


 副リーダーである彼にも話していないのを鑑みるに、やはりグリッド(あの男)は軽薄そうに見えてかなり律儀である。


「カティ、ランケット止めちゃうんだ。 レスプディアを出ていくの?」


 僅かに寂しそうに聞いてくるアヤリに嬉しさを感じつつもそれを否定すべく首を振った。


「いや、それはない。 一応風天の節になってもアヤリが帰って来なかったら出て行く事も考えてたけどな」


 今が快天の節なので、灼天の節を越えたらの話である。意外とぎりぎりだったのだ。


「では、カーティス殿は出国する意思はないという事ですかな?」

「そうなるな。 だからこそその話がしたくてな」


 スコーリーの言葉に肯定してその続きを話す。


「家が買いたいんだ」

「家、ですかな?」


 勿体ぶる内容でもないのですんなり話すと、わざとらしく驚いた様子のスコーリーの言葉を肯定する。


「そうだ。 今寝泊りしてるウィズターニルも俺が来た当初に比べて忙しそうだしな。 それに元々ランケットに所属する交換条件として使わせて貰ってたんだ。 ランケットを抜けるなら出てく必要があるだろ」

「それで、家ですな」

「……カティ、マイホーム持ちになるんだ」


 どこか他人事なアヤリにやはり気落ちしかけるが、それを表に出さずに続ける。


「一応アヤリの事も考えてだったんだが?」

「え、私? 何で?」

「マクリルロの保護下から抜けたのに何時までもあそこを拠点にするのは迷惑になるだろ?」

「……確かに」

「それに、俺は毎度アヤリに会いに行く度にあれを見たくない」

「……」


 マクリルロの研究の為なら何でもするという姿勢はやはり好きになれない部分である。


「それなら寝泊り出来る場所が別に必要になるだろ? って訳で家を買いたいってなった寸法だ」

「理由はわかりました。 ですが、家を購入するには条件が御座いますが、それは把握しておりますかな?」

「当然だ。 まず、住民権の取得は可能だ。 今取得してるのは仮だが、グリッドから必要に応じて発行すると言質を取ってる」

「……ランケットに引き留めるには聊か理由が弱い。 であれば、根付く足掛かりを容易に提供したいという事ですな」

「そういう事だ」


 俺達の話を聞いていたアヤリが不思議そうな顔で俺に尋ねる。


「カティ、住民権って何?」

「アヤリは知らないのか……。 原則レスプディアではここみたいな大きな町でも小さな村でもその場所に継続的に滞在する場合は住民権が必要になる。 永住の意思がないなら明確な理由込みで仮の権利は一応取得できたりするが、建築物を所有するみたいな場合はしっかりと権利を得ておかないと違法滞在になるんだよ」

「……私、仮すら持ってないよ?」


 途端に真っ青な表情になる。彼女は何故か法や犯罪を重視するきらいがある。知らない内にそれを犯していると心配になったのだろう。


「その辺はマクリルロが申請してるんだろうな。 以前帰れなくなったアヤリはそもそも国のお偉いさんに認識されてただろ?」

「……あ、そっか。 なら大丈夫だよね」


 確認は取っていないが、そんな事をマクリルロが言っていたので間違いないだろう。


「それで、俺は住民権は取得できる。 あとは場所と費用か?」

「その通りですな。 貴族街に建築するなら爵位が。 工業街であれば何らかの資格が必要ですな」

「誰が工業街に住むんだよ……」


 職場に近ければ便利であるし土地費用も安価である。だが、騒音等のそれを差し引いて余りある不便さが目立つので頼まれてもそんな場所お断りである。それに、工業街で通用する資格も持ち合わせていない。


「それに、貴族街じゃなくても高級街なら費用さえあれば建てられるだろ? どの道高級街にするつもりはないし、場所は決まってるんだ」

「それは何処ですかな?」

「商業街だ」


 住宅街の多くは集合住宅で占められている。そんな中で一軒家を考えると費用は嵩む。それに純粋に不便さもあった。

 それに対し、商業街であれば店舗と併設させた住宅なら商業手当で費用が少し安くなるのでうってつけだった。


「ほぅ。 であれば新たな事業を立ち上げるのですな?」

「事業なんて大層なもんじゃないけどな。 俺がやるのは何でも屋だ」

「ナンデモヤ……」


 アヤリが片言でそう復唱する。あの顔は何も考えていない顔である。


「今でも偶にランケットに本来の活動とは違う悩み事とかが舞い込んでくるだろ? それを専門で引き受けるってのをやってみようと思ってな」

「……では、仕事の横流しで生計を立てると?」

「最初の方はな。 ある程度知名度が出て流れに乗れれば自分で募集するさ」


 元々なんだかんだでそういった仕事を押し付けられていた。それが所属している立場から所属外になるだけである。


「それなら現状のままで良いのではありませんかな。 何が御不満でも?」

「……運営上必要だとは思ってるが、結構中抜きしてんだろ? そんな不満がなくはないな。 けど最大の理由は別にある……、ランケットも大きくなったよな?」

「……そうですな」


 俺が無理やり入れられた時と比べて所属人数は数倍に膨れ上がり、国からの正式な褒賞も得ている。


「デカくなった組織ってのはそれ相応の決まりが設けられる。 裏でそういった動きがあるのは知ってるぞ? それ自体は必要な事柄だってのは理解してるが……俺は自由で気ままにやりたいんでね」


 勇者は自由でなくてはならない。そういった思想汚染は否定しないが、その考え方は好きだったりするので俺自身のの主義でもある。


「……考えは理解できました。 それで、費用はあるのですかな?」

「そりゃな」


 俺は指を四本立ててそれを見せる。ランケットから受け取っている額では到底一周期で溜められる金額ではないので、スコーリーは驚いた表情になった。

 実はこの資金の出どころはマクリルロである。俺が手伝う交換条件としてまとまった金額を請求していたのだ。


(前は金で動かないなんてかっこつけてたけどな。 何だかんだ世の中これがないと話にならない……)


「……まいりました。 そういう訳であれば、ランケットの責任者ではなく商会の者として対応させて貰いますな」


 俺の提示した額を見て観念したスコーリーは諦めた声色でそう言った。


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