第29話⑤ 楓の秘密
==杏耶莉=マクリルロ宅・リビング==
私達がマーク宅へと戻ると、出迎えてくれたのは家主であるマークではなくメグミであった。普段からこうした雑務はやらない人であると知っているので違和感はなかった。
そうしてリビングに着くと、宿理がのんびり紅茶を飲んでいた。出迎えてくれたメグミもそうだが、流石に半日間を置けばそれなりに落ち着くのだろう。私達が出発した時点では、まだ感動の再会の途中であった。
「それで……予想は出来るけど、宿理さんとメグミは知り合いだったんだね」
「はい、先程は御見苦しい所を見せました……」
「別にそれは構わないよ」
「だな。 事情は察せられるし、な」
少し恥ずかしそうに話す宿理に、私と瑞紀が答える。
「それで、御二人に聞いてほしい事があります。 実はメグミは――」
「それは私から説明します」
そう言って話を切り出した宿理を遮って、メグミが身の上話を始める。
「私はこの世界、出身ではありません」
「え! そうなんだ」
「はい。 ですが、その世界が特殊なのか……具体的な物は何一つ思い出す事ができません。 ……真っ黒に塗りつぶされた世界とでも表現すべき世界でした」
「黒い世界……」
「その後、何らかの理由でこの世界に転移した直ぐ後に、カエデと出会いました。 ですが、その際の観測が出来なかったとマークが言っています」
「観測が出来ない?」
「ん……? どゆことだ?」
「あー、それは――」
いまいち情報が不足している瑞紀に、マークの素性と本来の職業について教える。
「――って感じで管理をやってるみたいなの」
「ほへー、実際意味わからんぐらい便利だしな、この翻訳機……ってやべ、取れた』
瑞紀自らに装着されている翻訳機を下手に弄ってそれが外れてしまう。私含む他人の会話が聞き取れなくなって大慌てで付け直す。
「ふぅ、危ない。 んで、何の話だったか?」
「私の素性ですね」
メグミはそう言って、一時中断していた話の続きを進める。
「結論から言えば、正体不明の裂け目には近づかない様に気を付けましょう、という話です。 マークが観測できないのであれば、追えなくなりますので帰還は不可能となります。 ……特に、アヤリさん」
「は、はいっ!」
「フェアルプの一件は、結果的には良かったですが、二度と戻れなかった可能性が大きいです。 前科があるので特に注意してください」
「前科って……」
人を犯罪者呼ばわりは止めてもらいたいが、彼女の言い分は最もなので反論できなかった。
「私からは以上です。 後はカエデにお願いします」
「承知しました。 では、私についてもしっかりお話しさせてもらいます」
妙に畏まっていて若干の緊張を含む言い方に、私も瑞紀大人しく話を聞く姿勢となる。
「実は私、記憶喪失なんです。 春宮さんには間接的に教えてしまっていますが……」
「は……?」「やっぱり本当だったんだ……」
本日何度目かわからない驚きの声を上げる瑞紀に対し、私は納得という態度で話を聞いた。
「この世界に来る際……正確には裂け目に触れる直前より前の記憶がありません。 宿理 楓……こっちの世界ではカエデ・ファルスフという名ですが、そのどちらも本名ではなく仮の名前……偽名です」
「……それで、学校でのあの奇行か」
「奇行って……」
瑞紀の尖った言い方に私がツッコミをする。
「いえ、正常な行動とは言えませんでしたので構いません。 御二人には知って置いてもらいたいと思いましたので、この場で話させてもらいました。 あ、極力他言はしない様お願いします」
「そう、だよね……」
「……流石に他人の傷に塩は塗らんぞ」
私も瑞紀も、他人の傷……精神的なダメージには敏感なので、二つ返事で約束した。
「ありがとうございます。 何か手掛かりになりそうなものがあればお教え下さればと思います」
「だな。 わかったことはわたしも協力する」
「私も同じ。 手伝える事は相談してね」
「はい! ありがとうございます!」
……
話が一段落したのを見計らって、私はメグミ達に質問をした。
「そういえば、マークは? いつもの研究室?」
「……先日褒賞として受け取ったステアクリスタル。 それのデュアルディートにご執心で、ここ数日は研究に熱が入っているみたいです」
「あぁ……そうだよね」
メグミが受け取っていたステアクリスタルは彼の手にある。それに興味が引かれるのは何となくわかっていた事だった。
「……今日何度か聞いてたが、ドロップって何だ?」
そもそもの話題に付いて行けない瑞紀にそう尋ねられる。
「……そういえば、瑞紀が好きそうな物だよね」
「ん?」
ドロップもそうだが、この世界の事も教えなければならない。それに、宿理も含めて私のステアクリスタルを今後どう運用していくかを話し合う必要があった。その為、この日の夜から明日朝に掛けてそうした話をメグミを含めた四人で話し合った。
この世界について、ドロップについて瑞紀は想像通りにとてもドロップに興味を示した。そんな彼女を宥めて話し合いをした結果、当初の想定通りに行きたい人だけで土日に訪れるという約束で決まった。
こうした方針をマークやカティにしっかり伝えると、日曜の昼頃向こうに帰還する運びとなった。
「また五日後」
「うん、じゃーね」
カティに手を振りながら、出現させた扉に触れた。
――
「よし、早速来週は異世界名物のドロップを堪能するぜ!」
「はいはい、瑞紀は行くのね。 宿理さんは?」
「私もお願いします。 メグミとは話したい事がまだまだありますので」
「そっか」
「杏耶莉はどうするんだ?」
「私? 私は当然行くよ。 というより、基本行くからね」
こうして私達の、二つの世界を行き来する奇妙な高校生活が始まった。




