第29話③ ランケットの知り合い
==杏耶莉=酒場・ウィズターニル==
私達が訪れたのは、自警団ランケットが集まる酒場だった。以前はちょっとした苦手意識から遠ざけていたのだが、その憂いは去っているとカティから聞いていたので、気にする事なく店内へと入った。
「いらっしゃ――ってなんだ小僧か」
「悪かったな、ロンギィス。 でも、客を連れて来たんだから良いだろ?」
想定外に時間を騎士団の所で消費してしまっていたので、この店に着く頃には昼時を少し過ぎた時間帯となっていた。
本来の目的こそあったが、それとは別に昼食を済ませてしまおうと道すがらカティ等と話している。
「……やべぇおっちゃんだな。 さっきの騎士団より強そうだったぞ? 何でレストランなぞやってんだ?」
「だよね……。 カティは何か知ってる?」
瑞紀のそんな問いかけに私は肯定する。
実はしっかりと会話こそした事がないが、見かけた際は気になっていた。カティはこの店に厄介となっているのでそういった事情も知っていないだろうかと尋ねてみた。
「俺から見ても、足の怪我さえなければこの国随一って言われても反論できない程度には実力者だろうな」
「怪我……?」
私は一切気が付かなかったが、言われてみれば若干左足の動きに違和感があった。
何らかの作業をしに入口へと向かう店主を見ながらそんな事を感じた。
「……ここに来た当初にそれとなく訪ねてみたけど、はぐらかされた。 嫌がる相手を詮索するのは主義じゃないから俺も詳しくはないな」
「んだよ使えんなー」
「……悪かったな」
「瑞紀、言い方……」
態度の悪い彼女を窘めると、渋々ながらも「あー、悪い」と謝った。
意図せずこんな態度をしてしまう一因を知っているだけに、怒るに怒れない。
「ちょい立つわ」
微妙に空気が悪くなって居心地を気にしていた瑞紀は店の外へと向かっていく。入れ替わりに店主とすれ違って、外へと出ていってしまった。
「悪気はないんだけど……」
「そうだな。 常にアヤリを守ろうとしてるみたいだし、俺は気にしないぞ?」
「……へ?」
(私が守られる? 瑞紀に?)
カティから意味不明な発言を聞いて頭の中が混乱する。
そんあ事を考えていると、入り口から瑞紀ではなく別の見知った顔が二つ現れた。
「まぁ! あの方――グリッド様から聞いてましたが、本当に戻られていましたのね、アヤリ様」
「……アヤ、久しぶり!」
ランケットに所属する事となったらしいチェルティーナと、少し背の伸びたサフスだった。
「うん! 二人共、久しぶりだね!」
「事情は理解してますが、それでもまた再開できる約束を果たしてくれて嬉しいですわ!!!」
「私もですよー!!!」
『はたっ』と喜びを分かち合って抱き合う。
「(やっぱり、俺の時とは――)」
「……えぇと、僕はどうすれば……」
その隣では若干行き場をなくしたサフスがオロオロしている。カティも何か呟いていたが声が小さかったので聞き取れなかった。
「ん? そういえばグリッドは? 今日はお前らと一緒だったはずだろ?」
「えぇと、グリッド様は少し用事が……」
カティがそう質問すると、チェルティーナがそう答える。グリッドとは、ランケットのリーダーの名前だったはずだ。私は一度も会った事がなかったりするが……。
「それで、アヤリ様はどれ程滞在されるのですか? 詳細は教えてもらっていませんの」
「大体七日に一日か二日滞在ですかね? 向こうでの生活もありますので」
「それは少ないですわね。 ですが、それは仕方がないのでしょう?」
「うん、そうですね。 一応、夏休みみたいな長期休暇とかは長めにこっちに居ると思いますけど」
「そうですのね」
「……僕も楽しみにしとく」
私とチェルティーナの会話に割り込む形でサフスも同意する。
「それにしても、サフスは背が伸びたね」
「……うん。 でも、まだアヤにもチェチェにも追いつかないけど」
「でも、そのうち抜かされちゃうんだろうし……」
年齢からして第二次成長期前であろうサフスはまだまだ可愛いものである。それに引き換え……。
「……どうした、アヤリ?」
「……別にぃ~」
「……?」
あんなに小さくて可愛かったカティはもう居ない。これはこれで頼もしいのだが、どちらかと言えば私の好みではなかった。
(ちょっと不満というか、何と言うか……)
なんだか気にくわなくて、態度が悪くなってしまう。自覚があるのだから矯正していくべきなのだろう。気を付けることにした。
「にしても、チェルティーナさんがランケットに入るなんて、意外ですね」
「……そうでもありませんわよ。 かねてより一枚噛んでみないかと誘われておりましたの。 領地に戻るまであと三年ですもの。 この組織では学べる事は多いのですわ!」
いつの話だったか、彼女はのちに家を継ぐと話していた。その為の社会勉強なのだろう。
因みにこの世界の成人は十八歳……この国言葉に直すなら六周歳らしい。三倍で計算すると覚えておけば分かり易いかもしれない。
「では、なし崩しとはいえ騎士団も退団しているのですから、アヤリ様も折角ならランケットに――」
「おーい!」
チェルティーナがそう言いかけたのと同じタイミングで、店内へと瑞紀が戻ってくる。
その表情を見る限り、先程の状態から気分転換出来たらしい。
「あ、お帰り。 遅かったね」
「それがなー、なんか怪しい勧誘みたいなの受けてだな」
「怪しい勧誘?」
私が頭上にはてなを浮かべていると、チェルティーナが説明を求める。
「……アヤリ様、この方は?」
「この場では人の目があるから簡潔に説明すると、私の同郷で友人ってところですかね」
「おう、瑞紀 六笠ってんだ。 よろしくだな!」
「まぁ、同じ所出身という訳ですのね。 ご丁寧にどうも、私はチェルティーナ・レスタリーチェ。 気安くチェチェとお呼びくださいませ」
「おうよ!」
(……ん?)
「……僕はサフィッド・スリオン。 よろしくね」
「おう!」
(なんだか違和感が……?)
「それで、アヤリ様は友人とおっしゃってましたが……実際はどういったご関係ですの?」
「腐れ縁だな」
「くされ……? それは交際中という意味ですの?」
「へ?」「は?」「ん?」「……ぁ」
私と瑞紀、そしてカティは疑問の顔を。サフスは驚きの声を上げる。
「そこの所、どうですの?」
「いや、わたし女だが」
「あぁ……そうか」「え!?」「まぁ!?」
今度は私は違和感の正体に納得し、他のサフスとチェルティーナは驚きの態度を示す。
自己紹介で愛称をチェルティーナが促して、サフスが言わなかったのでそれがおかしかったのだ。
「そういえば、カティは勘違いしなかったね」
「俺は他国の事情も知ってるからな。 この国では髪の短い女性は珍しかっただろ?」
私は髪を伸ばしているが、瑞紀は短髪だった。それに加えて言動が男性寄りなのも相俟って細身の男性に見えてしまったのだろう。
「……こういう事もあるんだね」
そうこうしていると、私達が注文していた料理が運ばれて来た。




