第28話③ 不機嫌な友人
苗字と名前が入り乱れているので確認用の名前記載
■春宮 杏耶莉
■六笠 瑞紀
■宿理 楓
==杏耶莉=律舞高校・1-B教室==
急いで学校へと向かい、何とか朝のホームルーム開始前に教室へとたどり着く。
直前の時間ともなればクラスメイトもざっと見た感じ揃っており、そうなれば普段から遅刻気味な一人の女子生徒の背中も見つけられた。
そんなどこか哀愁の漂う瑞紀の背中から逃げる様に席へと着くのだが、ふと振り返った彼女に見つかってしまった。
「――っ。 お前、ここ数日何処に……!!!」
「えぇと……」
掴みかかられそうな勢いで迫られるも、その直後に担任の河井先生が教室へと到着した。
「お前らー、席に着けー」
「おい! 杏耶莉!!!」
にも拘わらず、話を続ける瑞紀に河井先生が苦言を呈する。
「六笠~、数日ぶりの学校で嬉しいのはわかるが、一旦席に着け。 な?」
「は!!?」
「別に、お前の大好きな春宮は逃げんだろ? 休み時間にでも話の続きはやってくれ」
河井先生の言葉に肯定すべく私が頷くと、瑞紀は「チッ」と舌打ちしながら渋々席に戻った。
……
その後のホームルーム中も定期的に振り返る瑞紀に引きつつも、短い休み時間へと突入する。
恐々とした雰囲気を纏う瑞紀が向かってくるので、私は覚悟を決めて彼女を迎え入れた。
「どっちみち腹割って話したいから昼休みにする。 ……逃げんなよ?」
「は、はいっ……」
まるで不良の様な物言いに恐怖を覚えつつも、何とか頷いた。
その後、意味有り気に指の関節で肩を叩かれた後、彼女は席へと戻って行った。
(かつてない程怒ってる……)
以前の転移時は心配の感情の方が強かったのだが、今回は寧ろ謝罪をメールで送信してしまったのが逆効果に働いているらしい。
「うわー、六笠さん怖っわー。 春宮さんよくあれと付き合えるね」
「あはは……、今回は私が悪いから……」
偶に話す前の席の女子生徒に話しかけられる。私と瑞紀の仲が良いのはクラス中で周知されているが、それ以外の交友関係が全然違ったりする。
私は他の女子生徒と接点が多いのだが、瑞紀は私以外と話す際には頻繁に男子グループに混ざっているのを見かける。その為男子生徒からの扱いは知らないが、女子生徒からは表裏のなさすぎるその性格も手伝って扱いがほぼ男子になってしまっていた。
「そなの? 休日の約束をすっぽかしたって感じ?」
「大体そんなとこ」
「へー」
そんな問答に満足したのか、前の女子生徒は正面に向き直ってしまった。
(昼休みか……。 お昼はゆっくり取りたいのに……)
週初めの一限目前にも関わらず、既に憂鬱な始まりであった。
……
宣言通りの昼休みに突入すると、瑞紀は予想通りに私の席へと歩み寄る。
因みに彼女は一度休み時間にどこかに向かったのを除いて移動していない。また、私への接触は一度もなかった。
「……来い」
「……今日、お弁当用意出来てないから購買行きたかったんだけど……」
「知らん。 分けてやるから付いて来い」
「……はい」
彼女に連れられて歩いて行くと、階段を上って屋上へと辿り着いた。
「……開いてるの?」
「黙って入れ」
「……はい」
有無を言わせぬ態度に申し訳なさもあった私は素直に従った。
屋上には一人の女子生徒、宿理 楓の姿があった。
「こうして話すのは入学初期以来ですね。 春宮 杏耶莉さん」
「……どうして宿理さんが?」
そうしていると、背後で瑞紀が扉を閉めると鍵を掛けた。屋上の扉は内からも外からも鍵がなければ施錠出来ないので、逃がすつもりはないという意思表示なのだろう。私は逃げるつもりはないのだが……。
「わたし等は連休中に色々あったんだよ」
「そうですね。 六笠さんと共に各地を巡りましたので」
そう言って大きくため息を付いた宿理。同じく疲れた様子の瑞紀。
「つっても、お前はお前で数日でやつれてんな。 同情はしないけど、大変だったのか?」
「それは……」
この場で異世界転移の話をする事は出来ず、言葉を濁す。
「何があったか、言えないか? わたしは知らんが、楽しかったか? レスプディアってのは?」
「!!?」
瑞紀のそんな言葉に私が驚いた顔をすると、彼女は寂しそうに。宿理は納得という表情になる。
「問い詰めるばかりってのもなんだから、わたし等の話からするか――」
そう言って瑞紀は、三日前の出来事について話し始めた。
==楓=天桜市・三日前の瑞紀宅の自室==
連休を利用した春宮 杏耶莉の捜索をして数日。どこに行っても彼女を見つけられる事が出来ずに居た。
「くそっ! あとあいつが行きそうな場所……」
部屋に置かれたパソコンのキーボードを乱暴に叩く彼女、六笠 瑞紀は失踪した春宮の友人である。
「お嬢様! そんなに苛立ってもご友人は見つからないと思いますよ?」
「うっせぇ! ……はぁ、悪い。 八つ当たりだったな……すまん」
彼女と共に暮らしているお手伝いさんと思わしき赤野という女性は、彼女を諫める。
「構いませんよ。 お嬢様が心の優しい方だとワタシは知ってますので」
そう言って、麦茶を二人分置くと、部屋から退室して行った。
乱暴に頭を掻いた六笠は、その麦茶の片方を掴んで一気飲みする。
「……はぁ。 なんかないか? 今なら、悪魔に連れ去られたなんて話でも信じられるぞ?」
彼女は冗談で言ったつもりなのだろう。だが、そんな言葉に今まで黙っていた私は口を開いた。
「六笠さん。 実は一つ隠している事があるのですが……」
「何だって?」
「ですが、平たく言えば荒唐無稽な話です。 正気を疑われる内容なのですが、それでも聞きますか?」
「もう何でもいい、それが冗談でないなら話してみてくれ」
「では――」
そうして私は、異世界に転移したという話をした。その世界の先で別の転移者が残したノートから現在失踪中の春宮の名前を知った事について言い終えると、彼女は黙ってしまう。
「――という理由で私は春宮さんに接触を試みました」
「……つまり何だ? お前と杏耶莉はレスプディアとかいう異世界の国に行った経験があって、今回もそれ絡みじゃねぇかってのか?」
「はい……。 信じてもらえるとは思ってませんが、私は事実としてその世界に転移しました」
「……仮にそんな話が本当なら、あいつはまた行っちまった可能性があると……」
「はい。 向こうでの彼女の手記には、未練らしき文が残されてましたので……」
暫く放心した様子の六笠だったが、ぼんやりした様子で私に尋ねる。
「お前、その世界の言葉って話せるか? いや、話されてもわからんか。 文字って今でも書けるか?」
「えぇ、習得しているので書けます」
「ちょっと書いてみてくれ」
「承知しました」
私は彼女に手渡されたメモ用紙にペンを走らせる。
「……書けました」
「以前、杏耶莉が落書きしていた文字に似てなくもなくは……。 っと、こんな時には文明の利器をだな」
彼女はパソコンを動かして世界中の文字を判別できるというサイトへとアクセスし、私が書いた文字をマウスで打ち込む。
「……入力されないな。 近い文字へと適当に判別されるが、国がバラバラだし意味のある文字になりそうもない。 ……お前適当に書いてないよな?」
「写本に使われる程達筆だという自覚はありませんが……」
「写本て……時代錯誤な」
因みにレスプディアでは印刷技術が発達しているので、流石に写本どうこうという話は聞かなかった。
「まぁ、いいや。 仮に本当だと仮定してそれを打ち明けるのは相当覚悟が必要だろうしな。 もし嘘だったらわたしがお前に抱くのは『言語すら生み出す程に厨二を拗らせたヤバイ奴』だな」
「えぇ……」
それなりに機嫌の良くなった彼女の言葉に、そう答えるしかなかった。




