第28話② 二度目の帰還
==杏耶莉=マクリルロ宅・リビング==
直近の方針が決まった後、マークとそれ程嫌なのか……落ち込んだ様子のカティはデュアルディートの実演をすべく庭へと消えていった。
こうして残された私だったが……。
(まさか、外出禁止を言い渡されるとは……)
私がこの世界からすれば異世界出身だという事は一部の知り合いしか知らない。それ以外の人には他国から来ていて、他国に帰った事になっていたりするのだ。
そんな折、突如またエルリーンに滞在しているのが知られれば面倒事になりかねない。だからこそ、根回しが必要なので見つからない様にしてほしいとマークから告げられてしまった。
(仮にチェルティーナさんみたいに事情を知ってる人に会いに行っても、町中でばったりなんて可能性もあるし、仕方ないか……)
マークにステアクリスタルの調整をしてもらう間はのんびりマーク宅で過ごす事にした。
一件三年前と変わらないと思ったが、よく目を凝らせば様々な変化があった。物の配置だったり、増えた物やなくなっている物が目につく。半年は過ごしていた場所なので若干の寂しさを感じた。
(今の家事全般はメグミがやってるんだよね? ……仕方ないかもだけど、掃除が大雑把かなー)
一見綺麗に整えられてそうに見えるが、部屋の端に埃が溜まっていたりする。また、背丈の関係なのか、足元より高さのある位置は特に酷い。
(これは駄目だね。 メグミには春宮流お掃除術を伝授するのもいいかもしれない)
そんな本人は疲労からか宣言通り自室で就寝していた。見た目年齢十にも満たない子供には私が思っているより過酷な数日だったのだろう。今はそっとしておいた。
「仕方ない、掃除は私がやりますか!」
久しぶりの大仕事に気合を入れた。
……
部屋の荒探しを終えた頃、意識こそしていなかったが私もそれなりに疲れていたらしい。眠気で半分寝ている様な状態になっていると、実演を終えたカティとマークが戻ってくる。
「実に凄いね。 この技術を応用すればあれが――」
「そういう専門的な話は面倒だから一人でしてくれ。 んで、俺は手持ちのないドロップ補充に町に出る。 アヤリも付いて……って、駄目だったな」
そう言って、カティはマーク宅を後にした。
「そういえば、彼からキミが怪我をしたらしいという話だけ聞いたんだけど、一度見せて貰えるかな?」
「え? ……あーこれか。 一応直してもらってるけどしっかり診てもらった方が良いって言われたかも。 ここの脚を切断したんだけど……」
「切断!? キミは全く……どうしてこう後先を考えないんだろうね。 ……傷はないけど、内側で僅かに炎症を起こしているね」
聴診器を豪華にしたみたいな機械を持ちだしたマークが、私が切断していた部分を調べると、そう告げる。
「そのままでも完治する可能性あるけど、大事を取って治療器具を使おうか」
彼の世界で最先端の技術を使った再生装置ともいうべきものがあったらしい。以前は怪我らしい怪我をしていなかったので知りもしなかった。
「専用の衣があるからそれに着替えておいてもらえるかな。 ……中の肌着は脱いでね」
「りょーかい」
受け取った白色のガウンへと着替える。こういった配慮は出来るマークは私に手渡すと一度研究室へと戻った。
(移動するのも面倒だし、ここで着替えちゃおう)
そう言って水浴び以外数日着続けていた制服を脱ぐ。上半身裸の状態で下半身に手を掛けようとした瞬間、玄関の扉が開いた。
「あ……」「え……」
私が首だけで振り返ると、外に出ていたカティが戻ってきていた。
「す、すまん!!!」
私が何かを言う前にカティは一度玄関を閉めて外に出てしまった。角度的に丸まった背中が見えただけの筈であるが、そんな出来事に恥ずかしさから顔が熱くなる。
「――っうっ……」
一度ガウンを羽織ってから、玄関に背を向けて何も見えない状態を維持しつつ、着替えを手早く終わらせた。
……
一度も目を合わせず気まずい雰囲気ではあるものの、私が心配だという理由でカティはマーク宅に一泊していた。
そして私は、治療器具を使っている間は安静にして過ごさなければならないので、ベッドの上で一晩過ごした。
その間にリスピラの世界との交流についてカティからマークに話をしていたらしく、一旦彼女を迎える手筈をマークは整えていた。
「それで、もう出来たの?」
「手を加える部分は単純だからね。 これで、キミは世界を行き来する術を得た訳だね」
「うん、何から何までありがとう」
「アヤリ、もう行ってしまうのか? リスピラを待ったり、もう一日位こっちに居ても……」
カティのそんな言葉に私は首を振った。
「さっきも言ったけど、日数計算が間違ってなければ今日連休が終わってて学校に行かなきゃなんだよね。 それに、調整して貰ったこのステアクリスタルの試運転もしてみたいし……」
リスピラの話によれば、これを使えるのは一日一回。健全な学生なら平日にこの世界に来るのは無理である。
「稼働に問題なければ五日後、その時に会えれば良いでしょ?」
「だがな……!」
感情的になったカティは私の顔を見るが、昨日の出来事を思い出してかすぐに顔を逸らしてしまった。
因みにその横で「稼働に問題が発生する訳がないだろう?」と自信満々なマークが立っていたりする。
「それに、もう戻らないと学校に遅刻しちゃうから。 リスピラにもまた会いたかったけど、仕方ないでしょ?」
「あ、あぁ……」
私はそう言って、教わった通りにステアクリスタルに軽く触れる。そして、遥か遠くの日本、その自宅へと思いを馳せる。
「――開いた!」
扉と呼ばれる、どこか不安定な裂け目とは違って四角く空間を切り取られた様なそれが目の前に出現する。
「アヤリさん、また数日後」
「それじゃ、お大事にね」
「アヤリ……。 また、な……」
「うん、またね」
見送りの三人を背にして、私は扉を潜った。
――
歪んだ視界が整うのを待ってから周囲を見渡すと、想像した通りの自宅へと戻ってきていた。
鞄から取り出した電源を切っていた携帯に電源を入れると、連続した振動と共に夥しい量の着信履歴とメールが送られる。相手は予想通り瑞紀からのものが殆どだった。
(何事もない顔で登校したら……許してもらえなさそうだなー)
申し訳なさと面倒臭さ半分の感情で、予備の制服に着替えた私は学校へと走り出した。




