第27話② 翼の女王
==杏耶莉=フェアルプ・城内王の間==
段差となっている玉座のある位置から降りて来た女王は、私の顔を見るや否や驚いた表情で喚き始める。
「なっ、其方……。 我等は不干渉が基本であろう? 何故妾の邪魔をしておるのだ!」
「我等……? 不干渉って何の事を言ってるんですか?」
要領を得ない質問に私が聞き返すと、女王は一瞬の間を置いてから突然笑い出す。
「その反応は真か!? 其方が何者であるかが気づかずに存在しているというのか!」
「私が何? 言っている意味が――」
「ふっ……ははははははあぁっ! 真に滑稽な存在であるな。 妾が説明する義理もなし、邪魔立てした罪をもって何も知らずに生涯を終えるが良いわ!」
嵌合翼を大きく広げた女王は、同時に影霧を翼の如くこの部屋全体へと広げる。
「アヤリさん、こーげきがくるの!」
「わかってる。 リスピラちゃん!」
「はいなの!」
私は剣と風のドロップを同時にディートする。そして生成された風の剣を構えた。
王女の広げた影霧の翼から大量の尖った羽が射出され、私とリスピラを襲う。
私は風の剣を振るい、風のカーテンでその攻撃を防ぐ。
「ほう、これを凌ぐか。 だが、これは耐えられるか!」
影霧の翼から今度は多くの触手の様なものが伸びると、それが一直線に向かってくる。それを今度は風の刃を放って切断するが、全てを捌くことは出来ずに残った二つが私を捕らえた。
「ぐっ……」
両腕に絡みついた触手が、私の腕を引きちぎろうと違う方向へと引っ張ってくる。
「その邪魔な腕をまずは貰おうか!」
「アヤリさん、まずいの!」
締め付けられた触手は藻掻いても外れそうもなく、握力を失った腕は風の剣を落とす。
(いや、これなら――)
ドロップの特性を利用する事を考えた私は、落下する風の剣を一旦消失させ、僅かに伸ばした右手の先に下向きに再生成した風の剣を落下させる。
「なぬっ!」
風との相乗効果もあって鋭さを増していた剣は重力のみで触手の片方を斬り裂き、自由になった右腕で掴んだ風の剣を使って、引っ張られる左腕の触手を斬り裂く。
片側のみ引っ張られた勢いそのままに女王の翼へと突っ込んだ私は、空中で回転して体制を整えると、風の剣で翼を半分に斬り裂く。
「なんという鋭さ。 それで尚力を使わずであるか……」
「力? ドロップとリスピラちゃんの力は使ってますが?」
翼を裂かれたにも関わらず、大した驚きもない女王はそう呟く。私は、空中から落下する速度を生成した風で和らげて安全に着地した。
「答える義理はないと申したであろう。 して、血気盛んな小娘だが、才こそあれど実戦経験はまだまだであるな」
「そういうあなたは年齢も経験も豊富って感じですね」
見た目年齢三十代半ば。見た目こそ整った顔立ちでかつ、化粧もしている事から実際はもっと高齢かもしれない。
「減らず口を。 若さは誰しもに平等に与えられるが、同時に平等に失われるもの。 その様な貴重なものをこのような場で無駄に消費している其方に言われとうないわ!」
年齢の話題は禁句だったらしい。想像の数倍は勢いそのままにした王女は、今度は影霧の雫を落とす様にして影の兵士を三体生み出した。
「行け! あの不躾な小娘を滅ぼせ!」
意思を感じない影の兵士は、同じく影の剣を構えると、一斉に私へと向かってくる。
「――人の形をしてるなら!」
私はその影の兵士の攻撃を掻い潜り、全ての兵士の胴体を斬り裂いた。
「えっ!」
「ふはっ、無駄よ」
胴体を裂かれた兵士だったが、その部分はすぐに繋がり、影の剣を向けてくる。
(――違う。 この兵士の対処はこうじゃない!)
影霧の体で出来た兵士は、影霧と同じ性質と考えるべきだろう。そう思い付いた私は、風を巻き起こしてその存在ごと霧散させた。
「ふーん、やるのぅ」
大した驚きもなくその様子を見ていた女王は、そう呟いた。
==カーティス=フェアルプ・都市大通り==
幾度となく放った火は兵士へと直撃し、その命を奪う。
「カティさん、もう残存エネルギーが限界です!」
「奇遇だな。 俺もそうだ!」
「巫山戯てる場合じゃないですよね!?」
陽動なのであえて目立つ必要があり、そうなれば集まる兵士は少なくない。俺もメグミもドロップによる戦いは苛烈を極めた。
「メグミは水のドロップを使ってくれ。 俺は弓で対処する!」
「承知しました!」
残存エネルギーを適当に翼兵士が集まっている位置に放ると、続けて弓をディートする。その矢を番えると、近づく兵士の額目掛けて射る。
背後では、メグミが水球を勢いよく飛ばして兵士を遠くの塊になだれ込ませる。水のドロップは一見殺傷能力に向かないと思われるが、こうして水圧で敵方を弾丸にすればそれなりの火力を生み出せる。
余談だが、水を操り窒息させるのも可能だが、こうした乱戦には向かないだろう。
「前から思ってるが、こいつら恐怖とかないのかよ! 目の前で仲間が殺られても一切怯まねぇ!」
「ぼやかないでください。 次が来ます!」
これだけ一直線に近くに迫ってくるなら、外しはしない。俺は次々と急所に矢を命中させていく。
本来こうした戦争では、倒した兵士が壁となり、進軍に影響が出る。だが、この兵士は翼で空を使って向かってくるので、それもなく、俺達の移動を阻む障害になるのみである。
(陽動には成功している。 アヤリがどれだけの時間で女王を倒せるかは知らんが、こうも退きながらの戦いができなければ消耗するだけだ。 どうする……?)
そう考えた俺は、少しでも時間を稼ぐべく敢えて弓で狙う先を急所から翼へと変更する。今まで一撃で屠っていた兵士は翼の制御を失って地上へと落下する。
致命傷ではないその様子を見た他の兵士が、墜落した兵士の救援へと向かい、肩を貸しながら一度距離を取って移動していく。
(よし、狙い通りだ)
戦闘では怯むことこそないものの、人の心を失っている訳ではない兵士は、仲間を助ける選択を選んだ。
戦場で最も厄介なのは戦死した兵より負傷兵である。そんな狙いを知ってか知らずか、一思いに殺さない非道な選択をしながらでも時間を稼ぐ事にした。
そんなやり取りを続けていると、上空から明らかに他の兵士とは違う雰囲気を纏った一人の男性が現れた。
「王女様の御膝元へと現れるとは不届き千万! わたしがその罪を遮断してくれよう!」
「お前は……」
「わたしは翼四天が一人、一刀修羅のサムドラス。 貴様等の命もここまでだ!」
現れた最後の翼四天に、俺は手にしていた弓を構え直した。




