第26話② 三年間の距離
==杏耶莉=フェアルプの森==
「私を元の世界に返す事って出来ないかな?」
フェアルプの町へと向かう道中、私はリスピラにそう質問した。
彼女がカティやメグミをこの世界へと転移させた本人と聞いていたので、衝動的にここに来てしまった私は今の戦いを終えたら戻りたいと思っていた。
「……むずかしーの。 カーティスさんのとこへはつなげられるけど、アヤリさんのとこがどこかわからないの」
「そっか……」
「……アヤリは、レスプディアに戻るのじゃ不満なのか? 前みたいにあっちで暮らせば……」
カティと偶然出会えたのは幸運だったし、このままレスプディアに居付くというのも悪い話ではなさそうである。
「けどなー」
百パーセント私が悪いのだが、中途半端に一方的な連絡をしてしまった瑞紀の事が気にかかっていた。
こっちに来て二夜過ごしているが、向こうでどんな状態になっているかは想像もしたくない。
「理想は行き来できるようになんだけど、また戻れるまではそっちで過ごすしかないか……」
「あ……あぁ! それが良い! それが良いな、アヤリ!」
「う、うん……」
やはり、背の伸びたカティに慣れておらず、突然迫られたことで一方後ろに引き下がってしまう。
「もう、カティさん! そう女性に対して距離を詰めるものではありませんよ?」
「だが、アヤリだしな……。 それに、昔は寧ろ向こうから――」
「そういう話ではありません。 男性は女性の歩幅に合わせるべきだという話です」
「……チェチェみたいな物言いだな」
「当然です。 チェルティーナ姉様の思想が、私の人格形成に影響してますので」
「それを自分で言うか……」
カティとメグミのやり取りに出てきたチェルティーナという名前に懐かしさを覚えた私は、彼らの会話に加わった。
「チェルティーナさんは今でも元気なの?」
「そりゃもう、元気ですね。 今ではランケットの一員としてやりたいほうだ――自由に過ごしてます」
「……そうなんだ」
やりたい放題と言いかけたのを受けて、彼女は私の知る変わらぬ存在であるのに安心感を感じる。
「そろそろきゅーけーにするの。 わたしはつかれたの」
「お前は歩いても飛んでもいないだろ?」
そんなやり取りをしていると、リスピラからそう提案される。実際数時間は歩き通しだったので、戦う余力を残した状態で休みを取るべきだろう。
因みに疲れたと言ったリスピラ本人は、カティの頭上に座り込んでいた。
「のってるだけでもつかれるの。 カーティスさんはあるきかたがらんぼーなの」
「そうでもないだろ」
そう言いつつも、近くに見通しの良い広場を見つけると、その位置に立ち止まって周囲の警戒をするカティ。
一旦問題なしの合図をメグミに送ると、今度は彼女がてきぱきと野営準備を始めた。
(手際が良いよね。 慣れてる訳じゃなくて、要領が良いって感じだけど)
時折どうすべきかカティに相談する様子から、野外活動の経験に乏しい事は読み取れる。だが、それを差し引いても最適化しつつ準備をするメグミは優秀な子なのだろう。
(おっと……、私も手伝わないと)
焚火に使用する乾燥した枝を集める為に、周辺を歩き回った。
……
「ぐわぁ!」
最後の一人をカティが槍で貫く。白色だった敵の翼が自らの血飛沫で赤く染まる。
だが、その悲惨な末路を目の当たりにしても、何の感情も湧かなかった。
(この人達は、リスピラの町を襲った犯罪者。 死んで当然の人種だし……)
「これで四度目ですね。 どうにも町に近づくと敵方も増えますか」
「そりゃそうだろ」
フェアルプの町に近づくにつれ、翼兵士と遭遇する頻度は増えていた。昨日は一日二度の遭遇だったのに、今日に入って午前中だが既に四回目の交戦だった。
「やっぱり、カティだけに任せっきりってのは……」
「けどな……、ドロップも有限だから節約したいだろ?」
残りの翼四天や彼らの女王とやらと戦うことを考えれば余力は確保しておきたいというのは私達共通の認識ではある。これでも道中は極力節約していたのだが、事前準備がされずに転移してきたのもあって、彼の持つドロップはもう数える程しか残っていなかった。
「でも、これだと敵を倒すのは無理だし……」
私が手にしているのは木刀である。夜の見張り中に暇だったメグミが丈夫な木を加工して準備した品だ。それでも、打撃傷ならつくれそうだが戦闘不能に持っていくには殺傷力が物足りないので、私は戦闘中に牽制しかしていなかった。
なお、メグミはそこらの石を投擲していた。どうにも空に逃げる相手が多いので、高精度で当てられている彼女は、私よりは活躍しているだろう。
「今でもそれなりの助けにはなってるぞ? あんまりアヤリが気にすることはない。 基本的に背中を守ってくれる信頼できる相手ってだけで俺にとっては十分だ」
「そうかな……。 まぁ、カティが言うなら良いけど……」
私はカティの戦いを間近で見て、改めてその強さを実感した。特別なものではないどころか、若干凹み始めいている槍を使った戦いなのだが、その精練された動きは鬼気迫るものがあった。
三年までは私が未熟だったからこそ気づかなかった部分の、工夫された動作の数々を見せ付けられる。実際は縮まったはずの技術面において私が思っていたよりも大きな差があったことに気が付き、以前よりも能力に距離を感じていた。
「……? どうした、アヤリ?」
「何でもない……」
三年間、必死に欠かさず騎士団やカティから教わった鍛錬方法をこなしていた身としては悔しかった。私は守られるだけの存在じゃないと胸を張って言いたかったのに、これでは意味がない。
(もっと強くならなきゃ。 もっと、もっと、もっと……)
私はそう決心して、転がっていた兵士の亡骸の片付けに加わった。




