第25話⑤ 飛び込み加勢
==杏耶莉=フェアルプの森==
「やっと見つけたわぁ~。 結構な距離を逃げるもんだから発見に手こずっちゃったじゃな~い」
頭上から野太い声がしてその方角を見上げる。すると、翼の生えた筋骨隆々な男性が宙を飛んでいた。
「目撃証言通りの翼のない子、ね? 想像よりも可愛いじゃな~い」
「えぇ……」
ムキムキの手足をくねらせて私を見るその男性に、思わずたじろぐ。
「で~も、これもお仕事だからねぇ? 悪いけど捕まえさせてもらうわよぉ~」
そう言ったこの男性は、急加速して地面に降り立つと、翼を畳んで拳を『パキパキ』と鳴らす。
(不味い……)
何とかドロップでも持っていれば戦えるのだが、生憎そんなものはない。 仕方なくその辺の枝と思わしき棒切れを拾う。
同時に近くの妖精達に下がる様目で指示すると、手に持った棒切れを両手で持って構える。
「あらぁ~? 抵抗の意思があるのね。 恋愛対象ではないけど可愛がってあげるわぁ~?」
「……」
「翼四天が一人、鋼鉄剛腕のヴィーセル! 押して参るわ!」
何度か振れば折れてしまいそうな頼りない棒切れ。それに頼るしかない状態で、戦いが始まった。
「いくわよぉ~」
相手は素手だが、丸太の様に太い腕で殴られれば無事では済まなさそうだ。
畳んだ翼を加速装置の様にはためかせ、急速に接近する。
「くっ……」
棒切れで防ぐが、あまりにも強度が不足している。連続で振るわれる拳を捉えて的確に棒で反撃するのだが、すぐにでも棒が折れると確信した。
「……なかなかやるじゃな~い? でも、それだけね そんな獲物じゃわたしの拳は傷つかないし、あなたはわたしにかてない、わ」
そんなことはわかっている。だが、飛び込んでくるヴィーセルの両腕をいなすしかなかった。
「あ……」
そのやり取りに耐えきれなかった棒切れは、無残にも折れてしまう。
「これで終ね。 粘り強かったからもう少し楽しみたかったわ!」
ヴィーセルがそう言いながら振り上げる拳が、叩き下ろされる瞬間、遠くから鋭い電撃が走る。
「何よ!」
電撃の発生源を向くと、小さな背丈の女の子が手を翳していた。
「今です、飛び込んでください!」
「うおおぉぉぉぉ!」
颯爽と駆け寄る人影が一つ、私とヴィーセルとの間に割り込む。私より頭一つは高い背丈の男性が、私を背にして立っていた。
そして一瞬振り返った彼は、二度見で私を見て驚いた。
「アヤリ!? 何故ここに……」
私は彼に名前を教えた記憶はない。だが、その動きから敵ではない事は理解できた。
「それもよくしてんのひとりなの! たおしてほしーの!」
男性は、自らの頭上で騒ぐ一人の妖精を払う仕草をして、呆れながら答える。
「激しく動くから一旦退いてろ」
「わかったの。 でもあいずがあったらがんばるの」
「あぁ……」
その後、意味ありげにもう一度私を見た彼だったが、私から視線を外して何も言わずに手に持った槍を構える。
「あらぁ~、中々の色男じゃない? わたし結構タイプよぉ?」
「……そりゃどうも」
ヴィーセルに向き直った男性がそう答える。
その後、彼らの戦いが開始されるのだが、味方と思われる男性も、ヴィーセルも次第にどんどん攻撃速度を上げていき、私が打ち合っていた時とは比べものにもならない速度と化していた。
「貴方は大丈夫ですか?」
先程電撃を放った女の子が私に近づくと、心配する仕草で私を見た。
「あ……うん。 怪我はないかな」
「承知しました。 残りは私達に任せてください」
そう答えた女の子は、再度電撃を放って男性への加勢を始める。
「うっとぉしぃわねぇ~。 先にあっちから殺ってしまおうかしらぁ?」
「その暇があればいいな!」
槍の柄で的確に攻撃を防ぎつつ、適度に突きを放つ男性。だが、そんな攻防の途中で、何を思ってか槍を放り投げると、懐から丸いものを二つ取り出す。
(あれって……ドロップ!?)
「リスピラ、頼んだ!」
「わかったの!」
その声に反応した妖精の持つ水晶が光りだすと、男性はドロップを同時にディートした。
そして、二本の槍を同時に生成すると、先程とは比べられない精錬された動きでヴィーセルを圧倒する。
「こん、な……。 何……で」
「理由は知らんが、久しぶりに会ったんだ。 かっこいい所は見せないとな」
「知ら……な……」
完全に防戦一方となったヴィーセルは、無理に距離を取る。その際に槍の一撃が直撃する。
「わたしを……本気にさせたわね!」
ヴィーセルの周囲に黒い靄が発生すると、それを翼や手足に纏った。
「これでわたしは今までの三倍……、いや十倍は早く動けるわ! いい男だから加減してやったのに、後悔しても遅いんだから!」
対する味方と思わしき男性は何の考えなのか、私にドロップを投げ渡す。
「――あの時のお返しだ。 で、頼んだ!」
「え……?」
話が一向に見えてこないが、渡されたドロップは見間違えるはずもない。剣のドロップであった。
「別の女に浮気してんじゃないわよ!」
「――お前は女じゃないだ、ろ!」
先程の言葉通り……十倍かはわからないが、確実に高速化したヴィーセルに男性が襲われる。
彼の槍捌きこそ見事な手際だが、それでも私達に背を向けた位置から動けない彼は次第に押されていく。
「カテ――ぐっ」
電撃の女の子が再度援護をしようと動くが、ヴィーセルから伸びた黒い靄に拘束される。
「――っ!」
迷わず私はディートすると、生成した剣を強く握ってその靄を斬り払う。
何でも斬れる性質のそれは、本来捕らえられない筈のそれすらを切断した。
「何で私のが、斬られ――」
崩れ落ちる女の子を置いて、私は伸びていた靄を横に切断しながら彼らの戦う位置まで駆ける。
「はあぁぁぁぁぁあ!」
そうして接近した私は、ヴィーセルの左翼ごと黒い靄を切断した。
「――ごぶあぁ」
「終わりだ!」
その隙を逃さず捕らえた男性は、両手に持った槍でヴィーセルの胴体を同時に刺し貫いた。




